こっそり
『おきてください!』
パチンッ! 乾いた音とつんざく痛み。
カッと目を開けて周囲を見る。
カロンが立っていた。
「起きましたか?」
「あ、ああ」
「とにかく起きてもらいます」
腕を引っ張られて起きる。
スカーはベッドに居ないが、水の音が風呂の方向から聞こえる。
「対抗戦、応援してますよ」
痛む頬を冷たい魔法で冷やしてくれた。
なんだか優しいカロン。
首から下げられた小さな皮袋にローザ様がひょっこり姿を見せている。
「ああ、頑張るよ」
冷気を纏った手が離れていく。
「一緒に寝てましたよね?」
カロンがさっきまでスカーが寝ていた空間を見る。
そこはシワシワで、手を置いてみると微かに温もりがあった。
「スカーさんは合意してるんですか?」
「合意だ」
「怪しい気がします」
カロンが疑うのも無理はない。
最初は本当に俺を嫌っていて、床に寝させようとしてきたからな!
「本人に聞いてみた方がいい」
「そうします」
もしかしたら、本当は嫌かもしれないしな!
「カロンも俺と寝たいのかー」
『ありえません』
マジトーンで言われてしまった。
「うそは良くないぞ」
「マジで寝たくないです」
カロンからマジって言葉が出るのか!
「そんな……」
ちょっとだけ凹んでいると。
制服姿のスカーが寝室に入ってきた。
『リュウキ〜!』
トコトコ駆け寄ってくると飛び込んできた。
なんとか受け止める。
「髪サラサラにしてきた!」
水気を微かに残した銀色の髪。
「触ってー」
指を通して軽く溶かす。
一束すくって唇を押しつけると頬を緩ませてくれた。
「えへへ……あ!」
スカーが俺の手を引っぱってくる。
「なんだ?」
立って欲しそうだから立ってみる。
「お湯入れてきたから浸かって欲しいなあ〜」
ニコニコ笑顔を裏切るわけにはいかない!
「ありがとう、行ってくるよ」
「うん!」
寝室を出て脱衣所に入る。
服を脱いで風呂場を覗くとジメジメしていた。
スカーが入ってたから仕方ないな。
張られた湯船に足を突っ込んで座る。
熱い湯がヒリヒリ刺さる気がして、そこが気持ちいい。
不意に視線に気づいて小さな小窓を見上げる。
『どうも』
黒くて長い髪が揺れる。
「さ、サラ……!?」
「ええ、お久しぶり」
サラは器用に小窓から侵入すると土足で踏み込んできた。
「リュウキくんに会いたくて」
湯船に浸かる俺の近くに来て膝を畳むように軽く座る。
スカートの中が……!
「そ、そうか」
見えそう! チラ、チラチラ。
「夜は酷く寂しい」
見えないだと!
「……」
「もし私に力があれば、夜を消すのに」
表情を変えないサラは平然と話しているが、声は震えているような気がした。
『にゃー』
「ど、どうした?」
サラが猫のような手を作ってクネクネ招く。
「私は傷ついた猫です」
そう言って沈黙が流れる。
濡れた手で猫に触れるわけにはいかない。
「もっと近くで顔を見たいな」
「はい」
倒れるように近づいてくる顔を迎えるように口付けを送る。
スッと離れるとサラは下唇を舐めた。
「……欲しいものをいつもくれますね」
立ち上がったサラが魔力の糸を小窓から外に垂らす。
『必ず、勝ちましょう』
サラが魔力の糸を掴んで消える。
ガラガラとドアが開く。
入れ替わるようにスカーが入ってきた。
「リュウキ〜」
「あ、ああ……」
「もしかして、のぼせた?」
「そんなわけ」
「顔赤いよー」
サラとキスしたなんて言えない。
もし言ったら、スカーが逆上せてもおかしくない!
「やっぱのぼせたわ」
のぼせたことにしよう。
「じゃあ早く出よ?」
「……」
「肩貸してあげるから」
「いや、いらん」
フラフラ立つ。
「なんでえ……」
「落ち着けって」
「スカーのこと嫌いだから、触ってくれないっ」
妙な事を言ってポロポロ泣き出してしまった。
「違う、俺は濡れてるだろ? 濡れて欲しくないから自力で立ったんだ」
脱衣所に入ってスカーを慰める。
そうしないと体を乾かして貰えない。
「ほんとう?」
指で涙を拭うとチラチラ見てくる。
「それより、いつからそんな泣き虫になったんだ」
『だってね、泣いたらね』
「……」
『リュウキが優しくしてくれるんだもんっ!』
優しさって毒なんだなあ。
「今日は元気だな」
「いい夢見たから!」
「どんな夢を見たんだ?」
「リュウキがぎゅーってしてくれて、ずーっとぬくぬくしてたんだ〜」
「それはいい夢だな」
風のオーラに一瞬吸われて後ろに下がる。
その瞬間には体の水滴が消える。
「明日は髪洗お」
「そうだな」
軽く髪も乾かしてもらって、服を着直す。
「リュウキー」
ギューって聞こえそうなほど右腕がスカーの犠牲になっている。
寝室にはもうカロンはいなくて、部屋の椅子に座っていた。
「頑張ってくださーい」
応援を背中から受けながら、玄関に向かう。
どうやらクラス対抗戦に選出されなかった人は休日扱いらしい。
「羨ましい」
こっそり呟いてスカーを見た。
「ぶき、武器つけて」
「どうしよーかなー」
『女の子だから、えこすーと……』
「エスコート、だろ?」
まあ万が一もあるかもしれないしな。
三本の剣とサラに作ってもらった伝説の剣。
王様から貰った剣も忘れない。
ゴリゴリの重装備って感じ。
「かっこいい!」
「そうか」
ドアを開けて。
「いってきまーす」
外に出た俺は鍵を閉めた。
いつもの男がいる。
『アステル先生に会ったらクラス対抗戦の概要を必ず聞け』
「わかった」
「エオルアに伝わる言葉を貴様に送る」
男は俺とスカーを交互に見て、頷く。
『華奢な姿は、杜撰な負けよりも恥だと知れ』
「意味は?」
「どんな負け方をしても良いが、弱気な姿は話にならない。華々しく散れということだ」
なるほど。
「良い言葉だな」
「健闘を祈る、王も娘の登場を知って見るそうだ」
活躍しないと殺されるかもしれないな。
男と別れて教室に向かう。
ふと、走ってくる金髪ちゃんに気づいた。
ユサユサ、ユサユサ。
ウェーブを描く髪はまるで踊ってそうな。
『が、ガロードが!』
声色はなにやら焦ってる様子で、俺達の前で何度も息を吐く。
「ガロードがボコられてるから助けて欲しい」
「なんだと!?」
クラス対抗戦を控えてるってのに、なんて問題を起こしやがったんだ。
馬鹿なヤツを早く助けに行かないと。
「案内してくれ」
「きてっ!」
スカーは後で来る。
そう判断した俺はとにかく金髪ちゃんの後を追った。