カロンちゃん
『――そうですか』
俺の答えを聞いたアステルは杖を数回振って青い線を描いた。
『かわいそうに』
アステルの上空に巨大な水玉が形成される。
『アクアブラスト』
俺達に杖が向くとソレはゆっくり落下してきた。
「ど、どうしますか!」
強大な魔法に対する回答を女の子が聞いてくる。
魔力がないって言われた俺に聞くのかよ!
「凍らせれないか」
単純に処理するなら土の壁で身を守ってもいいが。
三人なら無駄な手間を踏むべきだと俺は考える。
「あんなに大きいものは無理です!」
マジかよ!
『じゃあオレが凍らせるよ』
魔力が一万もあるスカーなら確かに行けそう。
「じゃあ風を起こして落ちてこないようにする役を頼む」
「風なら得意なので任せてください!」
じゃあ俺は……いや、その時でいいか。
「任せたぞ」
役割が決まり、それぞれ行動に移る。
『凍れ』
スカーは水に手をかざすと。
口元から冷たそうな煙を吐く。その瞬間、太陽の光をうっすら映していた塊はカチカチと白に染まる。
女の子は氷に風を下から当てて氷塊の落下を遅らせる。
相当な風力に髪が揺れまくる。
踏ん張らないと吹き飛ばされそうな風圧。
「あなたは何をするんですか!?」
「まあ見てろって」
指で鉄砲の形を作り、人差し指を対象に向ける。
――お前なら、俺がしたい事なんて分かるよな!
『ばーん』
わざとらしく肘を曲げて。ありもしない反動を吸収する。
その瞬間、氷の塊が砕け散る。凄まじい音に俺達は咄嗟に耳を塞いだ。
冷たい粉が周囲に舞う。
破片が飛ばないほど木っ端微塵になったらしい。
これは俺が魔法を使っているとしか思ってないだろ。
「クリアしてやったぞ」
「爆発魔法が使える人は少ないはずですが……」
疑われるのは当たり前。
「魔力0の俺がやった」
「そうは思えません、そもそも詠唱なしで使える種類ではないのです」
そうだったのか!
「でも俺がやったのは変わらない」
「なぜそう思うのでしょうか」
「危険を冒してまで他所から魔法を打ってくれる奴は居るのか?」
俺は更に「ライバルは、減らしておくべきだろ?」と言った。
アステルは少し考えた上で俺達の隣に扉を作る。
「良いでしょう、行きなさい」
気分が変わられない内に俺は素早くドアを蹴破った。
ここは草原に入る前に居た場所で。
『……一人多いな』
いつもの男が待っていた。
「三人でクリアすることになって一緒に出てきたんだ」
事情を説明すると女の子が口を開く。
「つ、ついて行ってもいいですか!」
男は肯定だけすると「次はこっちだ」と言って歩き始めた。
先が遠い廊下を歩きながら、スカーが話を始める。
「オレはスカー、コイツは……リュウキだな」
「カロンです!」
「この人の名前は、実は知らないんだ」
そう言って男を指さした。
「俺も知らないな」
『名前など不要、好きに呼ぶがいい』
そこからしばらく歩いていると。
「そう言えば、どうやって魔法を使ったんですか?」
カロンがさっきの仕組みについて聞いてきた。
俺の魔力はないことになってたな。
まあ、ないんだけどな!
「えっ? ああ、みんなには秘密だぞ」
「気になります!」
「そもそも俺は魔法を使ってないんだ」
「ふぇ?」
カロンは目をパチクリさせる。
「使えない、が正しいか。コイツに発動も何もかもして貰って演出したってわけ」
指差すと「魔力ないくせに偉そうだな」とスカーに言われてしまった。
「それって騙したってことじゃ」
「でも、アステル先生の驚いた顔は良かっただろ?」
「それは……たしかに」
途中で廊下を曲がり、机が並ぶ部屋に入った。
教室っぽい。学校はどこも変わらないのか。
さっき一番に試験を受けた男子と数人の係員が居る。
「お前達の代わりに書いておく」
「ワタクシは自分でできますので!」
自分でその世界の字が書けないのは少し悲しくなる。
「はぁ……」
スカーも同じ気持ちみたいでため息を吐いていた。
順番に紙を受け取った男は羽根のペンを素早く走らせる。
スカーはともかく、何も喋ってない俺の情報はいらないのか?
「名前はどうする」
「リュウキだが」
「それは知っている」
悩ましいな……どうしよう。
いっそ名前自体を変えてみたい!
そんなことを思っているとスカーが口を挟んだ。
「エオルア・リュウキにした方がいい気がする」
「ほう、それは楽でよろしいな」
そんなの許されるわけ!
もう書き始めてるのか!
「なんでそんな事を提案したんだ!」
「苗字が合ってないと死ぬぞ? 魔力ないんだからオレとの共通点は要る」
女に守られるなんて恥ずかしいだろ!
「なんも言えねえ」
反論する実力はなかった。
「となると部屋も一緒にしておいた方がいい」
「え、嫌なんだけど」
男の真っ当な提案にスカーが難色を示す。
「嫌とかいうなよ」
「嫌に決まってんだろ、自分と一緒の部屋はちょっとな」
「俺は弱いんだぞ、寝込みを襲われたらどうすんだ」
小さな事で事を言い合っていると横槍が入る。
『……ワタクシも部屋に入れていただけませんか』
カロンだ。
「三人部屋ってできるのか?」
「部屋の広さは十分確保される、可能だ」
「カロンちゃんが来るならオレは文句ねえな……」
止まっていた男のペンが走り始める。
四角の中には、三人の名前が記されていた。