えっち
『そうか?』
不思議な目をカロンはしていた。
「リュウキさんがいない時、スカーさんはずっと泣いてたんですよ」
えっ、泣いてたの?
「小さなベッドに入って泣いてました」
なんでカロンと寝なかったんだ。
「今はリュウキさんの胸に収まってますよね」
「……」
「そんな関係が羨ましくて」
カロンは確か、ゲーテの出身だったか。
闇の軍勢に占領されてるって言ってたっけ。
一人で来たのかな。寂しいとかあるんだろうな。
「俺とスカーはそんなに良い関係じゃないんだぞ」
「そうは見えないです」
言ってやろう。俺達の秘密。
『スカーはもう一人の俺なんだ』
「はい?」
ジョークを言ったと錯覚してしまいそうな視線。
「……冗談だ」
怖くてなった俺は、さっきの話をなかったことにした。
「ですよね、頭がおかしくなったのかと」
「はは……」
「自分がもう一人居たとしても、愛してるなんてナルシストもいい所です」
「…………」
ナルシスト、か。
「そりゃそうだな」
「もし後で出かけたら、これ買ってきてください」
カロンは紙とコインを置いて寝室に消えていく。
「んん……」
スカーがもぞもぞ動いて、重そうに瞼を上げる。
『リュウキ、悲しい顔してる』
「そうか?」
「スカーは笑ってるリュウキがすき」
そう言って頭を撫でてくれた。
「よしよーし」
髪に残る感触が身に染みる。
「……俺の事どう思ってる?」
『リュウキが居ない世界はありえないよ』
突飛な言葉にも、スカーは眠そうに答えてくれた。
「長生きしてね」
「そっちこそ」
今にも寝そうなスカーに、もう少し起きてもらうことを提案する。
「なんで」
「トイレに行きたいんだ」
「スカーもついてく」
「来なくていい」
スカーを椅子に座らせてもふらりと立ち上がる。
「……ついてく」
何を言っても無駄か。
トイレに入って、閉めようとするとその隙間を縫うようにスカーが侵入してきた。
「なにしてんだよ」
「えへへ」
「出てけ」
「泣いてもいいの?」
ここで泣かれたらカロンがどんな顔をしてくるのか分からない。
「下手したらこの部屋で寝れなくなるな……」
俺は座って用を足すことにした。
立ってしてたら、後ろから襲われそうで怖い。
「あれ? リュウキって座ってするっけ?」
「お前のせいだ」
「仲間みたいで嬉しい」
スカーは女の子になったから座ってしなきゃ行けないのか。
「そうだな」
済ませた俺は立ってズボンを履き直す。
ベルトを閉めて離れると、スカーがトイレに座り始めた。
「なにしてんの?」
「スカーもトイレするし……」
確かにズボンを下ろして座っている。
「じゃあ流しといてくれ」
ドアを開けようとするとスカーは止めてきた。
「行かないで」
「なんでだよ、見られるのは嫌だろ?」
「見えなくなった瞬間にどっか行っちゃう、ダメだから」
「しないって」
本当に行くつもりはないからドアを開けよう。
「じゃあ居てよ……!」
「本当に行かねえよ」
「行かないならここに居てもいいじゃんか」
「ああ、わかった」
仕方なく退出は諦めた。
「居てよね」
魔力を吹き込んでいる間に逃げる素振りを見せる。
『いっちゃだめ!』
結構な声量で呼び止められてしまった。
「冗談だって」
「むう」
スカーの近くに戻ってじーっと見つめる。
「……ジロジロ見ないで」
ポッと顔が赤くなる。
スっと立ったスカーがズボンを上げる。
「リュウキ、ベルト閉めて」
当たり前のように命令してきた。
スカーに俺のズボンは大きすぎて、スカーが手を放すとダボって落ちる。
「だらしないぞ」
仕方なく膝をついてズボンを腰まで引き上げる。
「えへへ」
「何笑ってんだ」
「リュウキ、あそこ見たもんね」
「……うるせえ、落ちないように持ってろ」
「はぁーいっ」
社会の窓を閉めて、ベルトをカチャカチャ閉める。
「キツかったら言えよ」
「きつくないよー」
「じゃあこれで」
立ち上がるとスカーは今更のように言う。
面倒な奴だ。
「きついよー」
「嘘つけ」
ズボンに指先を突っ込むとすんなり入ってく。
「ほら、余裕あるだろ」
『……えっち!』
ペチンと音が鳴った時には頬がぶたれていた。
大して痛くはなかった。
「あっ、悪いことしたな」
手を抜きながら謝る。
もう女の子みたいなもんだしな。
そういうノリは嫌でもおかしくない。
ちょっと申し訳ない気がした。
「……」
何も言ってくれないし、ジト目で見られてる。
複雑な心境。
どんよりした空間。
今すぐに、ここから出たい。
出たら怒られる。最悪だ。
ジト目で一歩一歩近づいてくる。
カツ、カツ、カツ。
靴の音に押されて一歩下がる。
追い上げるような一歩で更に近づかれた。
似たような身長のせいで、スカーの顔が目の前に迫る。
「な、なんだよ」
『リュウキきらい!』
ぷいっとそっぽを向いたスカーが、風のように横を通り抜けていく。
バタンとトイレのドアが閉まった。
振り返るとスカーはもう居ない。
許して欲しくてドアを開く。
なぜか、スカーが待っていた。
来ることを見越して待ち伏せされていたのか!
「本当は、好きだけど、今は嫌い」
スカーの目がキョロキョロ泳ぐ。
「だから口はもう聞かない!」
ぷくーっと膨らんでいく頬。
スカーは背を向けて長い銀髪を見せつけてくる。
「どういうこと?」
「……スカーもわかんない」
「口聞いてるじゃん」
「はっ!」
振り返ったスカーが「騙したな〜!」って言ってくる。
「自爆だろ」
「む〜!」
「何がしたいんだよ」
椅子に座って考えるか。
そう思って横を抜けて椅子に腰を下ろすと。
スカーが当たり前のように、ちょこんと俺の太ももに座ってきた。
「そこは座るのか」
口は聞かないつもりなのか、振り返ってくるが何も言ってこない。
背を向けて座られるとスカーは猫背じゃないんだな、悔しいな。
こんなことしてる間に日が沈んでいる。
打開する為に、スカーに聞こえるような声で独り言を呟く。
『重たいなー、太った?』
わざとらしく膝を揺すって重さを強調してみた。
実際は軽い。何を食ったらこんなに軽くなるんだってレベル。
「太ってないもんっ」
チョロすぎるスカーは簡単に振り返って睨んでくる。
「本当かよ、揺らしにくいしなあ」
ユラユラ攻撃を仕掛けると俺の足に手を置いて一緒に揺れ始める。
「うわーおもいわー」
『そんなこと、いわないでよぉ……』