血を歩む
肉が裂ける音はしなかった。
溢れる赤い液体から、何をしてしまったのか認識した。
『早く舐めて……勿体ないよ……?』
スカーの頬が笑う。
俺は舌を伸ばして血液を盗む。
「もっと、もっと」
微かに出てきては表面を汚す液体。
掃除をするような感覚。
「はあ、はあ……」
息を荒らげたスカーの手が震える。
血が止まるまでずっと舐めた。
魔力が欲しくて。
スカーに喜んで欲しくて。
手から離れるとスカーは味を聞いてきた。
「おいしかったよ」
「本当のこと言って?」
「まずかった」
『……リュウキえらい』
俺の顔を綺麗な手が触れる。
花を愛でるような触り方。
「ご褒美あげる」
そう言ってジャケットを開くとシャツ越しの胸を見せる。
「触って」
自慢げに揺れる胸に手だけ添える。
「もっとえっちに触って欲しいよ……」
俺は知っている。
血を飲んだ俺じゃなくて、血を出したスカーのご褒美だって。
「ああ」
口を開けたら、吐いてしまいそうだ。
血の後味は最悪。
「魔法は使えるかな?」
俺の唇を奪いながらスカーは言う。
手に力を込めても初歩的な炎が上がることはない。
俺には、この胸を温めてやれる力がない。
「ダメだ」
「明日になれば消化されて魔力になるかも」
「……」
「明日も飲もう? 約束だよ?」
スカーは俺をギュッと抱きしめて、動かなくなる。
全体重を俺に預けていて重い。
それからすーすー寝息が聞こえてくる。
寝てないのは本当らしくて、起きる素振りは見えない。
体を倒してスカーを横に寝かせる。
起こさないように背中に回った細い腕を解く。
「さむいよぉ……」
スカーと重なってその上から軽い毛布を掛ける。
一緒に暖かく寝てやったら、スカーの気持ちも良くなるかもしれない。
ついでにスカーでキスの練習をする。
下心はある。たまにはする側になりたい。
唇を重ねて舌を差し込む。
歯で閉じられた空間への侵入は叶わない。
妥協案でスカーの柔らかい唇を堪能した。
それから数時間、スカーの寝息に耳を立てる。
「すーすー」
寝言は特になかった。
幸せそうに寝ている。
撫でるとかわいいなって感じる。
そろそろキスして離れよう。
唇を合わせて……。
『んん』
スカーの瞼が上がってしまう。
起こしてしまった事に気づいてサッと顔から離れる。
「一緒だね」
「何が」
「寝てたリュウキにいっぱいチューしたんだ」
仕返しと言わんばかりにスカーが体を起こしてキスしてくる。
「……風邪引いてたから移しちゃった」
それが原因であんな苦しい目にあったのか!
「やってくれたな」
「か、体で払うから、許して」
そう言って恥ずかしそうに目を逸らす。
「じゃあ体で払って貰おうか」
スカーの足がモジモジしている。
「優しく、触ってね……?」
蒸れた毛布の空間から飛び出して、ベッドから下りる。
「行くぞ」
寝ているスカーに手を伸ばすと。
「……ばか!」
「えっ?」
怒られてしまった。
「あの状況でする事ってエッチだから!」
「そんな事言われてもな」
「童貞! 鈍感! あとはえっと、優しい!」
散々な言われようだった。
「……何処に行くの?」
「行くつもりなんだな」
「行かなくてもいいケド……」
行きたそうにチラチラ見てくる。
「じゃあ一人で行くわ」
「スカーちゃんはパーティから外せない!」
「はいはい」
出かけるってなるとスカーは元気になるらしい。
「寝なくていいのか? 寝てないんだろ」
「リュウキが居ない時に寝ても寂しいよ」
「カロンが居るじゃないか」
「リュウキが居ない=寂しいの!」
怒り気味なスカーが「それくらい分かれ!」ってプンプン追撃してくる。
「直接的に言って来るな……」
「はっきり言った方がいいかなって」
出かける前に床に落ちた氷の刃を拾う。
「踏むと不味いもんね」
適当に自分のズボンを刃で裂く。
長めに切り抜いたせいでダサいダメージジーンズみたいになった。
「な、なにして」
埃がないか、汚れてないか。
指で布を拭って確認してからスカーの手首に巻き付ける。
傷を隠す為に必要だ。
「……バイ菌が入ったら困るだろ」
「ありがと!」
力強く頷いたスカーを連れて玄関に向かう。
「そこの剣は付けないの?」
スカーが不思議そうに見ている。
「別になくてもいいだろ」
「つけてー」
「なんでだよ」
重そうに剣を持ってくると背中にカチッとはめてくる。
制服の便利さをこんな所で損に思うとは。
『女の子を守る為に必要……だよ?』
キラキラとした目で言われた。
「女の子? お前が?」
「そうだよ?」
「中身は俺だしな」
おちょくっていると、スカーが鋭い目で睨んできた。
『……傍から見れば女の子だから!!』
「俺よりも強いのに」
スカーの瞳が揺れる。
「ばか、ばか……!」
そっぽを向いて機嫌を損ねてしまった。
「ああ、言いすぎた、謝るから、な?」
そこまでスカーを傷つけるつもりじゃなかった。
思った以上に女の子扱いされないのは嫌らしい。
最初は女の子扱いを嫌がってた気がするんだが。
「……後ろからハグして」
スカーとの付き合い方を変える必要があるみたいだ。
一歩、二歩、三歩。
「これで満足か」
腕をクロスさせてスカーを包む。
「耳元でかわいいって言って」
右耳に息が掛かりそうな距離で囁く。
「……かわいい」
「愛してるって言って」
「愛してる」
「スカーちゃんに食べられたいって言って」
「……注文の多いお姫様だな?」
最終的に俺は食べられてしまうかもしれない。
「リュウキの左腕食べたい」
「ジョークは下準備の時に済ませとけよ」
スカーの下顎から手を入れ、中指と親指で頬を挟む。
『むっ』
強引にならないように軽い力でこっちを向かせる。
輝く瞳に吸い込まれるように唇を奪った。