愛しい人に付けられた愛しい傷
ガバッと体を起こす。
俺の足にスカーがちょこんと座っていた。
『寝てないのか?』
スカーは頷いて目線を下げる。
鳥のチュンチュン鳴く音、カーテンの隙間から明るい日差し。
何故か俺はズボンを下ろしたまま寝ていた。
酔ってたからなんかしたのか。
とにかくスカーが俺を見ている。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
ズリズリ履き直してスカーを見つめ返す。
ゆっくり近づいて顔を見てみる。
「な、なに?」
恥ずかしそうに右腕で胸を隠す。
「ここに白いのが付いてるぞ」
拭ってあげようと手を伸ばすと。
『い、いいから!』
スカーは怒鳴るように親指で拭う。
チュッと舐めてはチラチラ俺を見る。
不審な動き。
「何食ってたんだ」
「……えっと、ヨーグルト的な?」
この異世界にヨーグルトが存在していたのか!
「食いたかったな」
異世界ヨーグルトめっちゃ気になる。
「ごめん」
「今からチューしたら味わかるかな」
さっきまで食べてたんだろうし、口に含んでた今なら間に合う。
顔を近づけると。
ペちっ。
ビンタされた。
「今はしたくない……」
変な奴だなあ。
「本当にしたくないとかじゃなくて」
マジで変だわ、もしかして酔ってる時に俺が何かした?
酒飲んで酔うなんてほとんどなかったし、何かあってもおかしくない。
というか、カードゲームに負け続けてから記憶がねえ。
「なあ、俺ってなんかした?」
「してないよ」
「お前、おかしいぞ? 俺がなんかしたんだろ」
スカーは首を横に振って否定する。
『オレがやっちゃったんだ……』
「えっ?」
「言ったら絶対に怒るから、言いたくない」
まあでも、俺に異常はないからいいか。
「じゃあいいわ」
肌寒い朝にスカーを抱きしめる。
理由は特にない。
スカーがいつも嗅いでくるように、俺も首筋に鼻を近づける。
「や、やめてぇ」
「なんでだよ」
くねらせて否定してくる中、強引に嗅ぐと妙な匂いがした。
嗅いだことない不思議な匂い。
「……」
スカーの体から鼓動が聞こえてくる。
『臭くて、ごめん』
俺の手から離れると部屋を出ていった。
カタンと風呂場のドアが鳴る。
別に臭いとは言ってないんだけどな。
その間にカロン起こすか。
スッと顔を覗いてみる。
幸せそうに寝てる。
起こすのがもったいない。
不思議と胸に手を伸ばす気が起きなかった。
なんでだろう、寝てる時は毎回触ろうってあの時から決めてたのに。
「カロン!」
揺さぶって起こすと嫌そうに唸る。
さらに揺すると目をパチパチさせて目尻を中指で擦る。
「今日は予定ないですよ……」
「えっ? そうなの?」
「クラス対抗の前なので当たり前です……」
アステル先生はいつになったらクラス対抗戦の話をしてくれるんだろう。
後日するとか言ってたから、今日のはずなんだが。
「もう起こさないでください」
カロンから離れて部屋を出た。
なんとなく脱衣所に入る。
風呂場を開けると全裸のスカーが居た。
魔力で体を綺麗にしていたのか、手から水魔法が流れている。
「きゃ……」
スカーはそう言って胸と下半身を腕で隠す。
「きゃってなんだよ、俺だぞ?」
「見るなぁ……!」
俺はスカーに対してなんとも思わないのに。
その反応は違和感ある。
「消えろスケベマン!」
本当に恥ずかしいのか、罵声を浴びせられてしまった。
風呂場を閉じるとビシャビシャ水の魔法が撃ち当たる。
ずぶ濡れになるところだった。
普通にトイレを済ませて部屋に戻る。
「……」
水の音とカロンの寝息。
なんだか、ちょっと寂しいな。
俺が居ない時のスカーもこんな感じなのかな。
しばらくするとホカホカのスカーが部屋に戻ってきた。
「今なら、見せてもいいよ」
ベッドに上がり込んだスカーは、のぼせたのか頬を赤らめる。
慣れた手つきで制服のボタンを片手でポツリ。
ポツリと外していく。
「そういう目的で覗いたわけじゃないんだ」
外しきられる前に俺の手で抑止する。
「えっ」
「今日って何もないのか?」
外れたボタンを俺が両手で付け直していく。
「ないよ」
「ないのか……」
ボタンを止め終えるとスカーが胸のボタンをわざと外す。
『つ、け、て』
猫なで声でねだってくる。
「はっ?」
自分で外したじゃん。
「おねがい」
脇を閉じて胸元を強調してくる。
妙な奴だな。
止めてあげると満足そうにニヤついていた。
コンコンコン。
ドアのノック音が聞こえる。
誰か分からないが、出るしかない。
立ち上がると。
「ダメっ」
スカーに掴まれて引き寄せられる。
ドスンとベッドに座らせられる。
「もごもごもご」
口まで塞がれてしまった。
「行かないで」
男の用事かもしれないし、料理かもしれないじゃん。
もごもごしてみると。
「サラに拐われてほしくない」
「もごもご?」
サラだけに?
「ばか」
スカーはそう言って俺の首に噛み付く。
強く噛んだのか、結構痛い。
「今日はずっと一緒に居たいんだ〜」
背中にスカーの胸、お腹、何もかもがピッタリくっつく。
柔らかい頬が銀色の髪を巻き込んで俺に触れてくる。
耳元で甘い言葉が囁かれた。
「チューしたい」
スカーが言うと口元が解放される。
「どこにも行かないから離してくれ」
「してくれる?」
「ああ、してやるから」
ほどかれて自由になった体。
スカーと目を合わせて隣に座る。
『舌を噛んで』
「噛む?」
「うん、強く噛んで欲しい」
スカーの舌がチロりと出てくる。
「尖った歯で舌先をギッて」
「……いいのか?」
「して欲しい」
頼まれたからやるけど、俺はよく思わないな。
出てきた舌の先に犬歯を合わせる。
一瞬で済むように強く噛んで離した。
「あぅ……」
スカーが痛そうに舌を曲げて目尻に涙を貯める。
「や、やりすぎたか」
舌先がしっかり凹んでしまって、遅れて腫れがやってくる。
謝る気持ちを乗せてスカーの頭をよしよし撫でる。
「いたいぃ……」
「ごめんごめん」
「いたいからなめて」
凹んだ部分に舌を当ててぺろぺろ舐める。
リクエストに応えて腫れた舌に吸われた唾液を絞り出す。
口を離すとスカーは満足そうに舌をチュッチュ鳴らす。
「……なんで噛んで欲しいんだ?」
「リュウキに傷つけられたかった」
「えっ?」
「口内炎もリュウキのせいでできちゃうんだよね」
スカーの頬が赤くなる。
「えへへ、嬉しいなあ……」
綺麗な人差し指の爪が舌の腫れた部分を撫でる。
微かな痛みからか、スカーの体が震えた。
「待ってくれ」
理解が追いつかない。
何を言ってるんだこいつは。
口内炎ってめちゃくちゃ痛いのに。
「きもいかな? できちゃった婚って言ったら」
めちゃくちゃキモイです。
「ああ、キモイぞ」
「傷ついた……これもいい」
こいつはもう手遅れかもしれない。
「変わったな、お前」
「今ならMの気持ちが分かる」
「へえ?」
「好きな人に付けられた傷に価値を見出しちゃう」
どうかしてる。
「俺にはわからないな」
「リュウキ選んでよ」
スカーはそう言って俺の手を首元に引き寄せる。
『愛を示して』
俺は、この瞬間だけお前の気持ちが分かった。
『この小さくて細い首を握り潰せって?』
それを酷く嫌悪した。




