囁いた言葉
サラの部屋に戻った俺は寝言に気づいた。
『助けて……』
既にうなされているのか。さすがにもう寝てえ。
『こわい』
でも夢の中に俺が現れて楽になるならやってやるよ。
ベッドに跪いてサラの手を握る。微かに握り返された気がした。
途端に瞼が重くなっていく。視界が縮んでいく。
な、なんだ? この感覚……。
だ、ダメだ。自分のベッドで寝なきゃ。
体を起こすが途中で力尽き、ベッドの上でサラと重なった。
これは後でサラに怒られそうだな……。
上がらない瞼に意識が持っていかれてしまった。
黒い空間に居る事に俺は気づいた。
ここはどこなんだ?
周囲を見てみるとサラが近くに倒れている。
サラの体が光って見えるからすぐ分かった。
『大丈夫か!』
サラの体を起こし、揺さぶってみる。
「に、逃げて」
「逃げるってなんだよ!」
「もう無理なの……」
そう言ってポロポロと涙を流して泣きじゃくる。
「ごめん、なさい……」
不意に気配を感じて振り返る。
『グ、ギ、ギ』
そこには形容し難い真っ暗な怪物が居た。
このどこまで続いているかわからない暗黒空間で、ハッキリ分かるドス黒い存在。
黒の中の黒。背筋がぞぞぞっと震えた。
怖い、なんなんだコイツ。
サラを抱えて、一歩、一歩と距離を取っていく。
「おいて、置いてって」
こんな怪物に置いていけるわけないだろ!
「……」
ゴクリと生唾を飲む。
黒い奴はゆっくり詰めてきてて。
黒い足が一気に沈む、飛び出しながら俺に鋭利な爪を向けてきた。
左に逸れながらなんとか避け、すれ違うように一気に走り抜けた。
ずっと、ずっとずっとずっと。
グチャ。
足が沼に絡み取られる。
こんな時に……!
「くそっ!」
吸われた右足を上げると踏ん張った左足が更に飲み込まれる。
その間にも黒い存在が近づいているのを感じる。
「来るな!」
振り返ると目の前に居た。
『ああっ!』
叫ぶと同時に周囲がサラの部屋に変わる。
遅れてサラの手が俺を縛った。起きようとする前に、抱きしめられてしまった。
『悪い夢を見せてしまいました』
そう言って俺の背中を優しく撫でてくれる。
トク、トク、トク。
サラの胸に耳を当てると心地良い安心感が聞こえてくる。
「……」
「私の手はもう繋がないで」
警告のように囁く声。
「それはできない」
「なんで?」
「握らないとうるせえんだよ」
隣で寝たくないくらいには寝言がひどい。
この夢が原因なら仕方ない気はした。
「……ごめんなさい」
「俺が守ってやるよ」
まだ外は暗い。サラの音を聞きながら寝るのもいいかもしれない。
『リュウキくんの事が好き』
「えっ?」
「あの子とは彼女じゃないんでしょ? じゃあ私が君を貰う」
「待ってくれ」
好意的に取られるのはもちろん嬉しい。
だが、早計が過ぎないか? もっと手順とかあるだろ。
「俺の事を全て知ってるわけじゃないし、決断が早いぞ?」
「そう? 他人を好きになったことがないから……」
それもそうだった。サラはあまり友達が居ない。
「変なら考え直すわ、さっきのは無かったことに――」
それから先の言葉をサラの唇を塞ぐ形で言わせない。
「……ッ」
口を離して耳を済ませると。
サラのドッドッドッと変化した速い鼓動が聞こえてくる。
「こんなにドキドキしてる、考え直す必要は無いのかもな」
あぁ、言ってしまった。
「……うう」
次第に顔を隠して唸り始めた。
「大丈夫か?」
「今、凄く悲しいんです」
ちらりと見えた瞳は月の光でキラキラしている。
「なんでだよ」
「殺そうとした人に優しくしてもらって、好きになった」
サラは『酷い皮肉です』と言う。
「そんなに優しいか?」
「……比べる事はできないので、一番はあなたです」
「確かに」
『二度と比べるつもりはありませんが』
そう言って俺を胸に抱くと横に寝返りを打つ。
そのまま俺はサラに覆われ、有利な位置から見下げられる。
「あなたの答えを聞いてもいいですか」
目を合わせて俺は応える。
手をサラの背中に出してクロスさせる。
そのまま腕を落とすとサラの体が俺と密着する。
サラの耳元で言葉を囁いた。
「……おやすみなさい」
サラはそう言って俺の耳を甘く噛む。
また、急に、眠くなる。
嫌な夢、最悪な夢。ベットリと足が汚れる感覚。
もう見たくねえよ。サラはいつも見てたのか? こんな夢。
怖く感じた俺は腕の力を強くして目を閉じた。