今宵
『これもお食べ』
サラは酒を飲むと性格が変わるタイプだった。
薄く切った肉のツマミを人差し指と中指で挟んで持ち上げると。
グイグイ俺の口に押し込んでくる。
俺に座ったサラの方が高い位置に居るせいで食べ物攻撃を避けれない!
「というか俺飲んでいいのかな」
「他の国では一定の時までダメと聞くわ」
「だからここも……」
「コキュートス王国では子供も全て楽しめるの、心配しないで?」
サラがジョッキを傾けてリスのように液体を口に含む。
何を思ったのか顔を俺に近づけてきて。
「えっ?」
「……」
唇を重ねるとそのまま口を開けられ、シュワシュワした液体が俺の口に流れ込んでくる。
全てを受け取らされた俺は口を閉ざして飲み干す。
返品したかったが、物理的に返す事ができない。
「おいしい?」
色的にビールみたいな苦い飲み物かと思っていたが、割と甘い飲み物だった。
「ああ、おいしいよ」
本当に良かったので手に持ったジョッキも傾ける。
その間にサラは通りかかったマリを呼び止めた。
「おかわり」
「いつもよりはっやいね……」
『今宵は肴が多いの』
マリが水袋を傾けてジョッキに甘い酒を注いでいく。
「はいはい、前みたいにぶっ倒れないでね」
マリはスタスタ消えていく。
「リュウキくんは飲まないの?」
「飲んでるよ」
目の前でクイッと飲むが四分の一も減らない。
「飲め、飲め〜」
サラがツマミをグイグイ持ってきやがる。
食べはするけど飲む時間もねえ。
「俺は見るほうが好きなんだよ」
「ご、ごめん……」
素に戻ったサラが申し訳程度に謝る。
「ほら、食べさせてあげるから」
赤い実を口元に近づけたら指ごと食われてしまった。
「もぐもぐ」
わざとらしく俺の指をしゃぶる。
いたっ。
「マジ噛みはやめてくれ」
それから俺は酒を飲まずにサラのサポートに徹した。
真っ赤になったサラはただでさえ大きいジョッキを七回空っぽにしている。
「今回はありがとぉ」
俺の飲みかけに手をつけたサラは、そう言って俺に抱きつく。
お礼とでも言うように口角に軽くキスをしてもらった。
それにしても酒の臭いがきっつい。
ちょっとでも飲んだ俺でさえ、この臭いがえぐいと分かる。
うわ、もうキスしてくんな!
『もう終わり?』
ひょっこり現れたマリが聞いてくる。
「ああ、そうだが」
「……ツケでいいよ、覚えてるから」
「助かる」
「それより、この子をよろしくね。いっつも寂しそうにしてるから」
なんだよ、サラが思う以上に友達想いじゃん。
「知ってる」
俺はサラを抱っこしたまま席を立ち、路地裏に帰る。
面倒だから魔力の糸を頼りたい。
魔力の前で立ち止まると。
「こっちじゃないよぉ……」
耳元でサラが囁いてくる。たまに耳たぶをかじられてつらい。
本気で寝てもらわないとバレるな。
バレたら今後、サラに対する勝ち目がなくなる。
「サラ、おやすみ」
背中を一定のリズムで優しく叩く。
トン、トン、トン。
「……んんー」
しばらくすると何も言わなくなった。
この間に魔力の糸を掴む。
スイスイと空を進んでいき、ストンとサラの部屋に立った。
便利な能力だ。
そのままベッドに寝かせる。
「リュウキくん……」
サラの手が俺から離れない。
「こ、こ」
掠れそうな声で何かを指示する。空いた手が唇に触れる。
キスをしろということらしい。
しないと解放してくれそうにない、サッと口を付けて離れる。
「どう、よかった」
問うようにサラが喋る。手はするりと抜けていた。
「柔らかかったよ」
……スカーに会いに行こう。
眠い体を押して窓の魔力に触れる。
外から学園に入り直すとスカーの部屋に向かう。
ドアノブを回す前に鍵を刺して入る。
『待ってたよ』
スカーが椅子に座っていた。
近づくと素早く抱きついてくる。
暗闇の中で至近距離のスカーはかわいく見える。
「……なんか、お酒臭いよ」
「飲ませられたんだ」
被害者ぶって見るが、スカーは首を傾げて疑いの眼差しを向けてくる。
「本当に?」
「そ、そんなことどうでもいいじゃないか」
適当にスカーをイスに座らせて話を流す。
俺は後ろに回ってスキンシップを取る。
頭を撫でたり、手遊びをスカーの手でしたり。
しないと物欲しそうな目で振り返ってくるんだ。
「今日はどんなテストをしたんだ?」
「五人でチームを組んでね〜」
スカーは楽しそうに話をしてくれた。
最終的には優勝したこと、ガロードが活躍したこと。
カロンのミスを金髪ちゃんがカバーしたとか。
でも最後は一人で全て片付けたから褒められたらしい。
「偉いなスカー!」
ヨシヨシと撫でて称える。俺なんかよりよっぽど偉いよ。
「そうかな」
「俺が人気者になった気分だ、よくやった」
嬉しさのあまり、肩に触れていた手がスカーの胸に流れ込む。
「ひゃ!」
「ごめんごめん」
「いまの、いやらしかった……」
スカーが自分の胸を腕で守りながらじっと俺を見る。
頬が僅かに赤くなっている。
「そういう意味じゃないから、許してくれ」
「もっと触って」
そう言って手を胸まで強引に寄せられてしまった。
本当にそういう意味じゃないんだけど、有難く触らせてもらいます。
今からそういう意味を持って触ることにした。
「罪悪感はある」
「オレは気にしてないよ」
「この気持ち伝えてえわ」
手を離して、スカーの前で屈む。
「な、なんだよ?」
「服の中に手を入れて好きにしてみろよ」
「いいのか……」
「ああ、してみろ」
スカーはシャツの中に恐る恐る手を入れて、ぴとぴと触れ始める。
冷たい手が蒸れたシャツの中でちょうどいい。
「どうだ」
「リュウキにこんなことしてるオレって最低だってなる」
「そうだろ?」
「思う以上にオレはリュウキの体が好きらしい」
「えっ」
突然の言葉に反応が遅れる。
「ドキドキする、これって興奮かな」
「純粋に分析できてるのに?」
「言い方を変えよう、もっと触ってもいい?」
「ダメだな、お前の触り方はガチすぎる」
途端にスカーは手を服の中から出した。
目を逸らしてモジモジしている。一向に合わせてくれない。
「……も、もう帰って」
「なんでだよ、酷いな」
『今から致す事がある』
ある言葉に気づいた俺は素直にドアへ向かった。
「じゃ、明日も来るからな」
「うん」
部屋を出た俺は足早にその場を後にする。
致す。この言葉を思った後にはもう、俺は自室の真ん中でズボンをよく下ろしていたんだ。