謁見
俺の言葉を聞いた王は椅子から降りて歩み寄る。
「こんな短時間で見つかるわけなかろう?」
「見つけたのです」
「何十人も人間を使って何日かけても見つけれなかった」
王が「この奇跡が、お前の僅かな時だけで成立することとは思えぬ」俺の奇跡を否定する。
「では、本人か確認してみては」
俺の後ろに隠れていたスカーが髪を揺らして前に出る。
「そうさせてもらおう」
王は俺の時よりも時間をかけてスカーを吟味する。
顔を凝視すると後ろに回って銀色の髪に触れる。
「……もう怒っとらぬ、娘ならば何か言ってくれはしないか?」
突然のアドリブを振られたスカーが俺をチラッと見る。
お前が安全そうなセリフを考えろ!
もし違うって言われたら俺は殺されてもおかしくない。責任重大だぞ!
『……心配かけてごめんなさい』
めちゃくちゃ安全なセリフじゃん!
「おお、その声は!」
「ただいま……」
スカーがそう言って頭を下げると王は優しく抱きしめた。
「まさか、本当に見つけたとは」
「いえいえ」
「疑ってすまんかった」
シワシワになった手で、愛娘の指を宝のように包む。
「あの時は悪かった、許してくれるか?」
「うん」
「そうかそうか、今回ばかりはお前の希望にしてやろう」
王は娘を見つめて言う。
『少し、見ない間に瞳が力強くなったか?』
「……」
やばい、スカーの中身はまだ王とあったことがない。
当たり障りのないセリフ以外はもっと怪しまれるリスクがある。
俺がカバーするしかねえ!
「そ、そうでしょうか? とても優しい目をしているように思いますが」
俺はそれから「優しい目」を三回繰り返して誤魔化した。
「それもそうか……リュウキよ、本当に良くやってくれた」
ゴリ押しに納得した王は、そう言って俺を労うとさらに言葉を続ける。
「褒美は何がいい? 酒、女、欲望の全てを叶えてやろう」
「要りません」
簡単に見つけれた俺が受け取る資格はねえ。
「ならば、いつでも言うがいい」
王は近くの人を呼び寄せると指示を出した。
「彼に安息の部屋を与えなさい」
俺の前を横切った男は『ついてこい』それだけ言って歩き始めた。
謁見の間を出てから別の階段を上がる。
しばらく歩くと男は立ち止まった。
『この部屋でしばらく休むといい』
そう言って去ろうとする男に声をかける。
「少し聞きたい」
「……なんだ」
「王はスカー様を大事にされているのか?」
男は「なんだその事か」と言いながら腕を組むと話を続けた。
『とても寵愛している事だろう、そうでなければ学び舎選びで喧嘩するなどありえない』
『まあ、さすがに今回は娘の意見を尊重するみたいだが』と付け加えた。
「娘の意見って?」
「国民に混じって寮内で寝泊まりがしたいらしい」
そう言い残して男は背を向けて歩き始めた。
部屋に入った俺は最速でベッドに飛び込む!
モフモフツルツルで完璧!
こんな良いベッドで寝たことないから楽しみだ。
体を起こして、金色のテーブルに置かれた水差しの中身をコップに注いでみる。
透明な液体が溜まっていく。匂いは特にない。
飲んでみるとただの水だった。
スカーの様子を見に行く事も考えたが、ベッドに心を奪われた俺はその身を委ねることを優先。
眠いわけじゃないけど、このベッドでとにかく寝てみたい。
つらつらと目を閉じた。
揺らされる感じがして、ゆっくり目を開く。
ぼやけた視界に赤い色が映り込んだ。
『起きろ、起きろー!』
もうちょっとだけ。揺らすな〜。
ユサユサ! ユサユサユサ!
女の声とは思えない力強さ。嫌でも目が覚めてくる。
あまりのウザさに俺は体を起こした。
「…………何か用か?」
「知らないけど、なんか出発するみたいなんだ」
高度な魔法研修とか王が言ってたしな。
「学校とかの試験だろ、それがどうかしたか?」
スカーは深いため息をついた。
「オレってこんなに意地悪だったのか……なあ、オレなら分かるだろ?」
「言ってみろ」
「ああもう! 一緒に来てくれよ!」
かわいい声で言われると仕方ないな。
『じゃあ条件がある』
かわいい、これってちょっと価値があるんじゃないか?
「条件?」
「そうだ、キスとかどうかな」
「い、いやだ……」
スカーはそう言って一歩下がる。
えっ? そんなに否定されたら泣きそう。
「じゃ、じゃあもう行かねーから」
ムッときた俺も張り合う。
「そ、それはやだよ……」
「ふんっ!」
「わ、分かったから!」
スカーはそう言うと俺に近づいてくる。
「キスしたら、一緒に来てくれるの?」
「ま、まあな?」
思ったよりマジな空気になってしまい、引くに引けない。
もしここで引いたら「童貞だからそうなると思ってた」とか言われてもおかしくない!
俺だってやる時はやるんだぞ!
「じゃあ、そっちがしてくれよ」
スカーが目を閉じてその場で静止する。
俺は深呼吸してから顔を近づけ、唇で一番柔らかい部分に触れる。
スカーの感触が口先から手に取るように伝わる。
強固に閉じられた唇を舌先で舐め、チュッチュと何度か吸いつく。
不意にスカーが俺を突き飛ばした。
「……」
その場で唇を拭うと軽蔑の眼差しを向けてくる。
「オレで興奮すんの? どうかしてる」
「そ、そうじゃねえけど……」
「気持ち悪くて、我慢できなかった」
やっぱり、自分とそういうのするって禁忌だよな。
価値観が同じでむしろ安心した。
「約束通り来いよ」
「ああ……」
「言い過ぎた、これで仲直りしよう」
そう言って俺の手を握る。
「別に気にしてねえ、俺も良い事だとは思ってないし」
「ならいいや」
部屋を出た俺達は階段を駆け下りる。
「昨日、どうだった」
「入念にマッサージとか魔法とか掛けられたよ、ファンタジーだった」
「そうか」
謁見の間に行くと、そこには忙しなく指示を出す王の姿があった。
それでもスカーを認めるとその場を離れて歩み寄ってくる。
娘の事が最優先らしい。
「準備は出来たのか?」
スカーはどう答えるつもりなんだろう。
『……お願いがあります』
かわいい声から飛び出たのは女の子らしい口調だった。
「なんだ? 申せ」
「この方と魔法研修に望みたいです」
そう言ってスカーは俺の肩を叩く。
俺も研修に行くの? 来いってそういうこと?
「ほう……それは共に学びたいという事か?」
「はい、お願いしまぁす」
なにその猫なで声。
「分かった、急いで手配させよう。リュウキもそれでいいのか?」
横の美少女を見てみると。
『良いだろ……?』
普通の声でおねだりしてきた。
俺にも使えよ猫なで声!
陰湿にも手の甲を摘んで威圧してくる。めちゃくちゃ痛え。
断ったら引きちぎられそうだ。
「構いません」
「そうか……先に小さな褒美を与えておこう」
王は服のポケットから指輪を取り出すと。
俺を見て左手を出すように言ってきた。
「僅かながら魔力が宿っておる、お守りにはなるだろう」
左手を持っていくと薬指に通してくれた。
顔に近づけて見た時、赤い宝石がキラキラ輝く。
「ならば、あとは彼に任せるとしよう」
王は男を呼び寄せる。
その人は俺に部屋を案内してくれた人だった。
「我が娘達をアスタロト・アカデミーまで頼めるか?」
『御意』
男は先に歩き始めると少しだけ振り返る。
『ついてこい』