天才の氷像
スカーが「むー」っと全体図とにらめっこしている。
「別に食堂でもいいんじゃないか?」
屋台しか食ってないし、食堂があるなら行ってみたい。
「ダメ、ご飯はもう決定してる」
「そうなのか……」
「ここにしよ」
そう言って指を置いたのは図書館。
「本なんか読んで楽しいか?」
「読むんじゃなくて、見るんだよ」
「変わんねえだろ」
まあ行きたいなら行くけど。
現在地を確認して歩き出す。
なぜか、少し歩くだけで視線をヒシヒシ感じる。
すれ違う奴が時々小声で何か言っている。
「かわいい」
「強くて綺麗だなんて……」
めちゃくちゃ聞こえるんだが。しかも俺の事じゃなくてスカーの事だし!
「手繋がない?」
「繋いだらみんなに嫌われちゃうだろ」
まさか、このヒソヒソ話が聞こえてない?
「自慢したくてたまらん」
「何がだよ」
『こんな男にスカーちゃんは取られてるんですよーってみんなをバカにしたい』
「俺のことディスってる?」
「ディスってないディスってない」
そう言って手を繋ぐと。
すれ違う奴らに見せつけるように腕を振りながら歩く。
「ほら、驚いた目でリュウキを見てる」
誰かが「美女が野獣に襲われてる」と言った。
ヤバすぎる美女に野獣が襲われてるパターンも考えて欲しい。
「襲われてる……」
スカーがぼそりと呟く。
「最悪だわ」
「最高じゃん、良い意味で勘違いされるなんて」
どう考えたらそういう結論になるんだ?
「意味わからんわ」
途中のドアを開けて図書館に入る。
室内は思った以上に静かでペラペラと紙を捲る音だけが響いていた。
なるべく静かに歩いて棚の本を物色する。
できればこの世界について知れる本が読みたいな。
「この本読んで」
俺の考えをよそに、スカーが持ってきた本はどっかのロマンスモノ。
「こんなんが好きなのか」
「表紙が良かった」
確かに表紙はアニメ調で素晴らしい。他の本は絵すらないのに不思議だ。
「まあな」
「読まないの?」
「読むなら自分で読め」
「ちぇ」
スカーがスタスタ棚に隠れていく。
……この本なんか良さそうだな。
俺が手に取ったのは剣の勇者と書かれた本。
イラストなんてありもしない。
椅子に座ってパラパラめくってみる。
気づいたらスカーが俺の隣にちょこんと座っていた。
「……」
横目でスカーを見る。なぜか本じゃなくて俺を見ている。
「ねえねえ」
「なんだ」
「音読してくれ」
「はあ?」
こんな静かなところで音読なんてできるわけないだろ。
「耳元で本の内容囁いてくれよ」
「ええ……」
「泣いてもいいの?」
そう言って瞳にうるうると涙を貯め始める。
悪魔のような技術はどこで手に入れたんだ。
「わかったから」
口が開かれる前に手で封じ込め、仕方なく耳元で本の言葉を囁くことにした。
『勇者が剣を振った。その度に次元が裂け、空間が歪む』
『飛び散る地面の欠片。悪の大王が奥歯を噛み殺して剣を水平に構える』
『無数の一閃を弾いて、弾いて、最後に鮮血が舞う。防ぎ損ねた斬撃が大王の手を切り落とした』
俺はスカーの耳にため息を吹く。
「ふー」
「うっうわ」
「満足したか?」
聞いてみると静かにこくこく頷いた。
「じゃあ続き読むから」
「危ない!」
不意にスカーが叫びながら俺の胸に飛び込む。
受け止めきれなかった俺は、そのまま後ろに倒れて頭を床に打つ。
「な、なにしやが――」
その瞬間、光の刃がテーブルの上を駆け抜けた。
風を起こしながら突き進んだ刃が本棚を斬り裂いていく。
俺がそのまま本を読んでたら、首が吹き飛んでいたかもしれない。
「……気づけてよかった」
スカーはそう言って立ち上がる。
『死ねばよかったのに』
唐突に図書館で響く殺意宣言。
俺もなんとか立って周りを見た。
他の人も魔法に気づいて伏せていたみたいだ。
「なんでこんなことするんだ!」
スカーが珍しく声を荒らげる。キッとした目で睨む方向には同じ制服姿の長い黒髪の女の子が。
「なんでって、あなたを解放したかったからよ」
「解放?」
「あなた、弱みでも握られてそいつの奴隷にされてるんでしょう? そう聞いたよ」
黒髪の子が長い爪を俺に向ける。
……俺の方が奴隷なんだが!
『そんなんじゃない』
スカーの左手に冷気が漏れる。
「なぜ? あなたは天才、あれは天災よ? 関わる理由がない」
『黙れ』
冷気を纏う左手が黒髪の子に向けられる。
その瞬間、相手の足元がピキピキと凍りつく。
相手は咄嗟に火を足元に当てたが、既に氷が膝まで包んでいた。
「あ、アレよりも良い年上を紹介しようと思っただけなのに」
「アレとか言うな……!!」
氷が腰まで女の子を包む。
強烈な冷気が周りの壁に氷を張り、天井に氷柱を作る。
図書館に広がる人工的な銀世界。
「やば」
このままでは氷漬けにされてもおかしくない。それに気づいた黒髪の子が態度を改める。
「ゆ、許して? こっちも頼まれてしたのだよ? ね?」
「許さない」
氷が首元まで伸びていく。顔が凍れば息はできなくなる。
スカーは女の子を殺す気だ。
『もうやめろって!』
俺はスカーの手を強引に下ろさせ、両手を縛るように抱きしめた。
ここは魔法空間じゃない。死にかけたらそのまま死んで終わる。
こいつに死人を出されたら、俺まで困る。
「でも……」
「俺は別に、なんて言われてもいいんだ」
この学園で俺が最下位なのは真実。傍から見れば、お前が脅されて仕方なく付き合ってるように見えるのは当たり前なんだ。
脅されてるのは俺なのに。
「それに、こいつはこのまま廊下に置かれた方が死ぬより苦しいだろ」
氷漬けにされて人目のつく場所に放置される。
……俺だったらめちゃくちゃ嫌だ。
「リュウキがそう言うならいいや」
「絶対苦しいって、あの子も嫌そうな顔してた」
スカーをなだめた俺は、凍って動けない黒髪の子を担ぐ。
「ちょ、やめなさい! ゴミ! 下ろせ!」
全身まで凍ると体を溶かすにも時間かかるだろうな。
「廊下の冷房になってもらおうか」
「……いやほんとごめんなさい、お願いします許してください」
「許さんわ、俺だって死にかけたからな」
仕返しとしてどこに置こうかな。
「今日は暑いから入口に置いたらみんな喜ぶよー」
スカーの意見に賛成だ、早速向かおう。
『やめてっ! 恥ずかしいから! 仲間に見られたら死んじゃう!』