ゴキゲンナナメ
部屋のドアに鍵を差し込む。
カチャリ。軽い音が響いた。
部屋に入っていつものように武器を外すとスカーはもう居なかった。
もう寝てるんだろうな。
プレゼントケースを近くの机に置いて座り込む。
たまにスカーが普通の女の子だったらって考える。
この学園生活は有り得ないまま俺は外の世界に放り出されて終わるって結論が何回も出る。
俺の同行が成立したのはもう一人の俺が父に頼んだからでしかない。
俺なんて別に居なくても、スカーはチート持ちだからやっていけてしまう。
……。
…………もう考えるのはやめよう。
それから長い時間を一人で過ごした。
武器を眺めたり、トイレに行ったり。
トイレは行く度に臭いがきつくなっていた。
二人が行った後はそういう感じはしてない。なぜ?
ひたすらゴロゴロしていると部屋が暗いことに気づく。
俺は魔力がないから吊るされたランプに火を注ぐ事もできない。
暗闇に従って俺はもう寝ることにした。
寝室のベッドに行って目を閉じる。
さあ、明日は何があるのかな?
もう戦いはしたくないなー。
……寝れねぇ。
眠気がまだ来ない。
ファンタジーな世界に来て不眠症とか有り得ていいのか?
目を閉じて長い時間が経つ。
どうすれば寝れるのか。そんな事を考えながら寝返りを打つ。
手を伸ばすと何かに当たった。
ぬいぐるみかな? 引き寄せて軽く抱いてみる。
……なにこれ。
ぬいぐるみにしては暖かい代物。
恐る恐る目を開けてみる。
ぼんやりする視界に銀色の髪が揺れる。
「……なんでここに居るんだ」
スカーだった。
『ちょっと目が覚めちゃったんだよー』
そんな事を言いながら俺の体をぽんぽん触る。
「じゃあ帰って」
「嫌だ、寂しい」
「カロンとダブルじゃん」
「そういう意味じゃない」
「お前おかしいぞ」
前まで床に寝ろとか言ってた奴が俺のベッドに潜り込んでくるってなんなんだよ。
「おかしくていいもん」
「もんってなんだよ、狭ぇんだわ」
「なんかさ、足が冷えるからリュウキの所行こっかなって」
スカーが距離を縮めてくると、俺の足に冷たいモノが絡まる。
「へえ」
「でさ、最近コトを致してるか?」
「致してるって?」
スカーの手が段々下半身の方へなぞっていく。
「待てよ」
俺はその手を取り上げた。
「オレにとってこのゾウさんはもはや親友も同然なんだよ、気になるだろ?」
「だからって触る事は」
「こっちだって喪失感があるんだよ……いいじゃねえか」
風呂の時に見飽きたとか言って冷水ぶっかけたくせに。
でもまあ、喪失感。そう言われると同情したくなる。
なりたくもないのに女になって、あったモノがなくなるなんて考えたくもない。
冷水はこいつなりの嫌味だったのかもな。
「じゃあ勝手にしろ」
「ありがとう……」
別に触られるくらいなら、なんとも思わない。
「感謝するなら寝る方法教えてくれ」
「一個ある」
「なんだ」
「オレの胸元に飛び込むこと」
真剣な顔で何言ってんの?
「なんでだよ」
『心臓の音って安心するから』
「いや、いい」
「じゃあオレがする」
そう言って俺の胸に耳を当てて何も言わなくなった。
「……すやー」
寝たのか。俺は眠くないのに。
体制変えて振りほどくのは可哀想だし、しばらくこのままか。
どうせすることもない。せっかくならスカーを撫でておこう。
眠れない代わりに暖かい夜が続いた。
ああ、眠くねえ。
そんな事を思いながらスカーを撫でて撫でまくる。
閉じられたカーテンの隙間から外の光が漏れている。
俺はずっとスカーを撫でて誤魔化してきた。
何時間も撫でる覚悟で行けば、神様も諦めて寝させてくれるんじゃないかと。
それは空想に終わったけどな。
不意にスカーの頭が揺れる。スカーの顔を見てみると目が合う。
『起きてんじゃん』
「なでなで気持ちよかったよ」
「そうか」
「もっと撫でてー」
「嫌だ」
もう寝れないって事は決まったんだ。撫でる必要はない。
「じゃ、風呂ってくる」
「湯を貯めといてくれ」
「分かった」
ベッドから這い出たスカーが重い足取りで部屋から出ていく。
カロン起こすか!
ダブルベッドに歩み寄って大の字で眠るカロンを揺する。
「起きろー」
全然起きない。
「ころします〜」
物騒な事を言いながら、俺の手に噛みつく。
「いてっ」
寝相悪すぎだろ! 俺はこんな奴に殴って起こされたのか!
なんか腹立つな……。
この巨乳を揉んでもバレないんじゃね?
仕返し。そう割り切って胸に手を伸ばす。
手のひら一杯に柔らかい感触が広がる。
おお……。
「ころします」
気にしない気にしない。
もみもみ。異世界って悪くないなあ。
『殺しますよ』
やけに呂律が回った声。
ちらっと顔を見てみると重そうな瞼が上がっていた。
「あ……」
手を離してギラギラ睨むカロンに謝罪する。
「ごめんなさい」
「次からは許可取ってください!」
『触っても、よろしいでしょうか』
「許可する人がいると思いますか?」
ダメなのかよ。
怖い姉御肌に怯えていると何も知らないスカーが制服姿で戻ってくる。
「ふー、次は……ってバチバチしてんな」
「胸を触られたので怒ってます」
「欲求不満ならオレの触ったらいいのに」
「あなたは彼に対して甘すぎです」
視線が痛いぜ!
「それではワタクシが風呂に参ります」
「いいよー……やっぱダメ!」
「何故ですか」
「ダメなのはダメ、リュウキが先に行け!」
犯罪を冒したような俺が先に入る権利あるのか!
とりあえず制服を持ち出して風呂場に向かった。
不服そうなカロンの声が脱衣所から聞こえてくる。
服を脱ぎ捨てて突入する。
隅っこに構えられた湯船に素早く足を入れる。
座ってみるとめちゃくちゃぬるくて湯も溢れない。
なんか変だ。
水面を見てみると細長い物が浮かんでいた。
持ち上げてみると銀色なのは分かった。
感触は……。
『髪?』
汗を流した俺は脱衣所に戻る。
見計らったようにスカーが出てきて魔法で水滴を飛ばしてくれた。
「妙に笑顔だな」
カロンにセクハラを働いたというのに、スカーは俺に対してニコニコしている。
『べーつに〜』
歌うようにそう言うと脱衣所から出ていった。
俺も制服を着て後を追う。
部屋に戻るとカロンが不機嫌そうに制服を持って待ち構えていた。
『行ってきます』
「いてら」
今日はずっとこのまま……いや、プレゼントがあるぞ!
まだ挽回のチャンスはある。落ち着け俺。
「オレの揉めば良かったのにな」
「あの爆乳は揉まざるをえないから」
『……ふん』
急にスカーも機嫌を損ねる。
――はぅあっ!?
「ウグ……!」
ギュルギュル。突然の腹痛が俺を襲う。
溜まりきった何かが解放を求めて体内を叩いているッ!
『トイレ行ってくるッ!!』
「あっそ」
寝室を飛び出して左側にある扉、そこがメシア!
慣性ドリフトで素早く侵入し、ズボンを片手でカチャカチャ!
カチャカチャカチャ!
……やっぱ両手で下ろすわ!
「はぁー」
ようやくケツが落ち着いてきた。
トイレッツペーパーは何処だろう?
……。
…………。
『紙がねえ』