スカーの弱み
「……ください」
何かが聞こえてくるような。
それでいて体がゆりかごのように揺らされている感覚。
『起きてください!』
その瞬間、右頬に衝撃が!
「な、なんだ」
誰かに襲われた?
素早く体を起こして左右に視線を送る。
「はあ」
前を見るとカロンが居た。
『起きないのでぶっちゃいました』
なんでだよ。
「痛えー」
未だにじんじんと痛む頬を摩っていると、カロンに手を掴まれた。
俺の頬から引き剥がされる俺の手。
「なにをするんだ」
その代わり、柔らかい手が頬に当たる。
「これでマシになるかと……」
そう言ってから段々とカロンの手が冷たくなるのを感じた。
しばらくして手が離れる。
冷やしてくれたおかげで痛みは引いていた。
「ありがとう」
「もう少し冷たくします?」
「いや、いいよ」
魔法ってすげー。
感心しているとドアがガチャりと開く。
『ようやく起きたのか』
学校で着ていくような制服姿のスカーが現れた。
チェック柄のスカートから見える細身の美脚は目の保養として使える。
スタイル良すぎ……!
『お前もさっさと風呂入ってこい』
よく見てみるとカロンも制服だった。
カロンは胸に目が行くから一目で分からなかった。
こんな事言ったら殴られそうだから心の中に仕舞っておく。
「魔力が無いからだるいなあ」
「そう思って事前にお湯を張っといたぞ」
「魔法で?」
「魔法で」
なんでもありかよ。
してくれた事に感謝しつつ、カロンから手渡された制服を脱衣場に持ち込んだ。
服を脱いで風呂に入る。
隅っこに囲いがあることに気づいた。
近くで見てみると土が固まってできているのが分かる。
その中には湯が貼られていて白い熱がモクモク昇っていく。
これも魔法か?
手を突っ込んで温度を確かめる。
俺の大好きな熱い湯だった。
桶みたいなものは見つからない、直接入れってことか。
片足を入れてもう片方も入れる。
ゆっくり腰を下ろすと水位が上がり、溢れ出した湯が逃げてしまう。
ザバァー。
……気持ちいいなあ。
しばらくゆったりしていると更衣室のドアが開いた。
「溺れてないかー?」
スカーだった。
「別にー」
ちょっと眠いなって思ったけどな!
「髪、洗ってやろうか?」
「いや、いいよ。制服が濡れちまうだろ」
「そ、そうか……そうか?」
「湯船に浸かれるだけで満足だ」
土の囲いに手を置いてよいしょと立ち上がる。
微かに足がふらついた。
のぼせたかな?
「大丈夫か?」
「ああ」
湯船作ってもらって魔法で体の水分を弾かせてもらって……してもらってばかりだ。
「服も着せてやるよ」
「今日は優しいな」
「いや、別に」
逆に気味が悪い。
そう感じつつもスカーが広げるズボンに足を通した。
「あとはこれも」
白い肌着を着て、ダサいチェック柄のジャケットに身を包む。
少し重い制服だ。
「助かったわ」
「じゃ、さっさと行くぞ」
脱衣場から出るとカロンが既に待機していた。
『行きましょう』
そう言って二人は部屋を飛び出す。
元気だなー、寝起きだから走る気にならねえ。
最後に出た俺が仕方なく鍵を閉める。
いくら急いでも金持ってる俺が居ないと意味ねえのに。
屋台に向かうと二人が手を振っていた。
「おーい」
「遅いですよー」
合流するとそこには前のおっさんが。
『また来やがったか』
いつものように注文すると串に肉を刺し始めた。
「デザート無しで」
「ワタクシも」
「オレも」
それを聞いたおっさんが「ははっ」と笑った。
先に俺の元に串が渡る。
次にカロン。
「嬢ちゃんまたせたな」
「たすかる!」
最後にスカー。
昨日は気づかなかったが、よく見てみると両手で串を持っている。
確かに大きい串だけどカロンと俺は片手だ。
「……片手で持てないのか?」
斜めに持つと両手なのに串がフラフラしてしまっている。
俺の目には異常として映る。
「持てねえよ、力が全然ないんだ」
「……相当ですよ?」
カロンの言う通りだ。
これを片手で持てない人間に、何が持てると言うのか。
魔力でサポートはして貰ってるんだし、俺は力仕事を手伝ってあげよう。
「持っててやろうか?」
「食いたいからがんばる」
部屋の前まで戻ってくるといつもの男が居た。
「肉を食う暇はないぞ」
腕を組んで真剣そうな口調で言う。
まだ一口しか食えてないのに。
「何がある?」
「もう少しで魔法知識の復習が始まる」
「入学式はないのか?」
「アスタロトには誰でも入れる事を祝う風習などない」
俺は大変だったのに!
「肉は冷やして保存しろ」
仕方なく、俺達は言われた通り魔法で凍らせて保存性が高そうな箱に入れて部屋から出た。
スカーが念入りに氷の塊も置いてきた。
「うう、お腹空いてるんですが」
「オレも」
『……ついてこい』
そう言って無慈悲にも男は歩き始める。
ああ、俺も腹減ってきた。