転生
『聞こえますか?』
女性の声で目が覚める。体を起こすと俺は白い空間に居た。
「ここは?」
「あなたは死にました、生き返りたいですか」
「死んだ?」
何かがあってここに来た?
言われてふと感じる喪失感。
確かに、死んだような。何かを失った気がする。
確信は持てないけど、家の自転車に乗ってから思い出せない。
そんなことを思っていると何かが救われたとか言い始め、俺には二択の道があると言ってきた。
新たな世界で生き返るか、全てを忘却して元の世界に帰るか。
時間がないみたいでさっさと決めて欲しいらしい。
…………決めた。
『生き返りたい』
「今までの世界とはまるで違いますよ?」
もう二度と嘘が交差する陰湿な世界に行きたくない。
嘘が交差? なんで俺はそう思ったんだろう。
まあいいか。記憶が消えるって俺が消えるってこと、それは怖い。
「構わない」
肯定すると指を弾く音が鳴った。
円形の水溜まりが目の前に現れ、光を周囲に振りまく。
透明度の高い綺麗な水で泳げたら気持ちよさそうだ。
「行きなさい」
飛び込むと次第に眠気が襲う。水を掻きながら、瞼が下がっていく。
や、やばい。死ぬ奴か?
……ふと気がつくと視界は白に染まっていた。
水の中に入ってから、気がついたらどこかに立っているらしい。
ゆっくり晴れていき、だんだんと見えるようになってきた。
辺りを見てみる。数人が俺を囲んでいて、足元には図形が書かれている。
建物の中みたいだが、外が伺えそうな窓はこの部屋にはない。
叫んでも助けは来なさそうだ。
俺は威嚇するように手刀を構えて、不意打ちされないように背後を警戒する。
灯りを得る為の火が微かに揺れる。
『成功した』
誰かがそう呟く。
「まずはこれを着てもらう」
ローブを身に纏う男が、折り畳まれた布を指さした。
自分の体を見てみると何一つ身に纏っていない。
俺は服を着てないのか!
恥ずかしい。素早く服を手に取って片足をズボンに突っ込む。
触ったことがない質感の衣類に袖も通す。
シャツも無ければパンツもねぇ。
これが違う世界ということか?
最後に革のベルトみたいなものを肩から斜めに掛けさせられた。
遠くで俺を見る男の背には、この革を通して剣を背負っている。
悔しい事だが、俺には付いてない。
代わりに魔法とかは使えたりとか?
もしかしたら不思議な力で現状が打開できるかもしれない。
ファイヤー!
手をかざして思ってみた。
何も起きなかった。
……当たり前だ。
男が「着たか」と言って重そうなドアを引き、手を招く。
ついて来いってことらしい。
歩き始めた俺の後ろを数人の男が歩く。
威圧するように金属音を鳴らしてきやがる。
埃が舞う階段を上がりながら、俺は聞いてみることにした。
『俺はなんでここに居るんだ』
「貴様は少なくとも天に昇った命であろう」
「……そうだな」
「なら分からないか? 大半はこれで納得するのだが」
転生、か。
「結論に至っただろう」
そう言うとまた一つドアを開けて広い空間に出る。
清潔感のある白い壁が視界に映り込む。明るさに目を覆った。
赤いカーペットが高級感を演出する。
向こうから見える窓からは青空が。
「驚かないやつはそう居まい」
前に見える階段を上がると一際大きな両扉を男が押す。
静かに、ゆっくりと開かれていった。
「……王の前では失礼がないように」
男は足音を殺して歩みを進める。
俺も少し後ろをコソコソ歩く。
カーペットが示す道の先に金色の椅子が一つ。そこには白い髭を蓄えた老人が座っている。
周囲には槍を立てた屈強な男達が佇んでいる。
この人が王なのか。
男は立ち止まって膝をつくと口を開いた。
『コキュートスの儀式は成功しました』
言葉を聞いた王が椅子から降りて俺に歩み寄る。
「この者が……?」
「はい」
俺は全身を舐めるように見続けられた。
沈黙してヒリつく空間。
この人の発言次第では俺を今から殺す事もできるのか。
そう思うと心臓の鼓動が収まってくれない。
「呼んだのは他でもない、頼みたい事があるからだ」
「頼みたい事……」
俺は少し遅れて「ですか」と言い加える。
隣の男が俺を睨んだ気がした。
『ワシには娘が居るんだが』
話によると、些細な喧嘩で娘がここを飛び出してから数日は帰ってきていないらしい。
高度な魔法研修の試験に間に合わないから明日には連れ戻して欲しいとか。
意味は分からないが、人探しなのは分かった。
だとしたら疑問が残る。
『何故、俺なのでしょうか』
俺はこの世界を何も知らないし、娘さんが行きそうな場所も知らない。
「それは単純だ、探せる奴は一人でも多い方がいい。貴殿の本来の役目は別にある」
俺の扱いは居ないよりはマシ程度らしい。
「早速で悪いが動いてもらいたい。そこのお主、この者に用意した品を」
「はっ」
高級そうな赤い衣服を纏った男が俺の前で立ち止まる。
手には鞘に収まった武器と膨らんだ小袋を持っている。
武器を床に置くと袋を俺の腰に巻き付け、背を向けるよう言ってきた。
後ろを向くとカチッという音が響く。背中がずっしりと重くなる。
「袋には金銭と娘の模写、その武器は剣である。金は情報に使うとよい」
俺に見つけることはできるのか? いや、別にしなくてもいいか?
「最後に名前を聞いておきたい」
『春風龍樹』
「……なるほど、頼んだぞリュウキよ」
一歩下がってクルッとターンを決めた俺は、逃げるようにその場を後にした。
城を出て、大きな門を潜る。
『そなたか』
「そうです」
衛兵に何か言われて適当に言葉を返す。
袋に娘の絵があるとか言っていたな、見ておこう。
俺は一枚の紙を取り出した。