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見えないもの、見えるモノ

作者: 柚子飴

私の目が見えるようになったことを、彼女は物凄く喜んでくれた。

包帯が取れ、今日初めて彼女の姿を目にすることになるのである。

期待がないわけではない。

ぼんやりと輪郭が浮かび、目にしたものは、なるほど人とはこういう姿を

しているのかと思った。

ふわふわで耳が長く、この色が肌色なのだなと思った。

はて?彼女はこんなに毛深かっただろうか。

鏡を渡されて、自分の姿を見ると、不可解な気持ちになった。彼女と私は外見が大きく違うのである。

男女の差とはこういうものなのだろうか、何処かおかしくないか。


結果を言うと、彼女はウサギの着ぐるみを着ていた。

顔を隠し、身体を隠し、私にわからないようにするのは何故だ?

「もちろん、最高の私をイメージしてほしいから」

「僕が幻滅すると思ったのかい」

「しないわ、私は最高だもの」

「だったらその着ぐるみを脱いでくれ」

「いやらしい」おいおい、そういう意味じゃない。中が裸というわけではないだろう。

「正論で諭すのは最低の人がすることだわ」

「えー」


困惑する私を前にして、ウサギはぺこりと頭を下げた。

「すみません、今私は虚勢を張りました。本当は自分に自信がないの」

「でも、好きになってほしいの、だから・・・」

ウサギのその仕草を可愛らしいなと思った。

目が見えない間、彼女はこんな所作で私に触れてくれていたのだな。


「そうだね。ウサギの着ぐるみは有無を言わさず可愛らしいな」

「そうなのよ」困るわよね。

ぬいぐるみのウサギの表情は変わらないが目の光と少し傾げた頭が彼女の気持ちを伝えている。

目が見えるというのは便利であり、困ったものだ。全ての情報が目から入ってきてしまうのだから。

見たくないもの、知りたくない情報でさえも有無を言わせず脳に運ばれてしまうのだろう。

「私自身が有無を言わさず可愛いとは思えないのよ」

「なるほど」

そう言ったウサギの目から大粒の涙がぽろぽろとこぼれた。

不覚にも目が見えるようになって初めて見たウサギの涙を

「美しい」と思ってしまった。

可愛らしい外見から滴り落ちる水滴は実にいろめかしく、艶やかに映る。

感情の発露を味わうかのような心地なのだ。

実際に、私が初めて味わう感情なのだろう。これが美しいということなのだろうか。

「目が見えなかったときの方が安心だったなんて皮肉ね。私も見えなくなったら安心できるかしら」

「そんなことは言わないでくれ」

「見て欲しいのに、触れてほしいのに」

「もう一度見えなくなろうか、僕はそれでも構わない」

「そんなこと、言わないで」


「ごめんなさい」

彼女は走って部屋を出ていった。追いかけようとしたが、ベッドから飛び出すことはできなかった。

視界に慣れない私は、残念だがまだ走ることができない。


「急に目を開き続けることは良くない。徐々に慣れていきましょう」

30分ほど目を開いていたが、また閉じて包帯をつけた。

初めて見た担当医の顔は皺の線が多く、皮膚が垂れ気味で、色も悪い。

ああ、これが老人の顔なのだなと認識した。


ガラガラとドアの開く音がする。覚えがあるいつもの音。

夕方になって、彼女は戻ってきたようだ。

私が目に包帯をしていて、おそらく安心したに違いない。


いつものように、彼女は私に気遣って、静かに横に座った。

「これがスタートでいいんじゃないかな?」

私はそれまでに考えていたことを告げる。

「え?」

「僕のことを君はみてくれていて、そして好きになってくれたのだと思う」

「君のことを僕はこれから見る。少しずつ。それで好きになるもならないも仕方がないんじゃないかって」

「好きにならないのも自由だものね」


「外見が気に入らないからと、僕が自身の目を潰そうとしたら?」

「意味がないわ。一度でも見てしまったのだから、記憶は消せない」

「それに、私のことを嫌いになっても、目は見えてほしいから」

「そう思ってくれる、君のことが好きだよ」

「でも・・・外見は大事だわ」

「貴方の想像の中の私より、綺麗な私はありえない」

「想像って、目が見えるからできることなんだよ。僕は君の姿形というものを想像することができない。想像の種が無いから」


「それでも、現実のウサギは可愛かったな」少しおどけてそう答えた。

雰囲気でわかる。彼女の周りの空気が少し柔らかくなった。

私は横に置いてあったお饅頭の入った箱の位置に手を伸ばす。

先ほど目で存在を確認していた。

そこに箱が必ずあるとわかっているということは、なんと心強いことだろうか。

これも初めての感覚だな、そう思った。

「これ、貰ったんだけどさ。」

「外は入れ物だよ。箱や包装紙のようなもので中身は心」

「僕は外が見えなかった。でも饅頭は美味しかった」

「もちろん外もとても大切だと思うけど、本当に好きになるか一生添い遂げられるかは、中身の問題じゃないかな」

「お店で、手に取るまでと、手に取った後の時間、どちらが長いと思う?」

「僕は目が見えないことで、先に中身を吟味できたと思うんだ」

「そうだといいね」

彼女は私の手を握ってこう告げる

「嫌いになったら、正直に言って欲しい」

それだけは違わないでください、と。

外に出ている間、いや、僕の目が見えるようになると聞いたその日から彼女はずっと苦悩を重ねていたに違いない。

そう言うことで彼女は彼女自身を納得させたのだろう。

震えている手を、強く握りしめる。


衣擦れの音が聞こえた。

「本当はね、外も中も愛してほしいの」

彼女はウサギの皮を脱ぎ捨てた。


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