恋は下に心あり 前編
「ところでさ、俺はなんでこんなにお前に好かれてるんだ? 俺お前に好かれるようなこと何かしたか?」
俺にまとわりついて離れようとしない梨衣里に疑問だったことを尋ねてみた。怪我しているところを助けたくらいで、条件付きながらも体まで許すと言うほど相手を好きになるとは思えなかったからである。
「だってかまくん、ずっと私を抱いて撫でてくれてたじゃないですか。すっごく気持ちよかったし、安心出来たんですよ。今までであんな風に優しくしてもらったのは初めてでしたし、かまくんの手がおっきくて温かかったから」
梨衣里はそう言って俺の手を自分の頬に当て、気持ちよさそうに目を閉じる。俺は身長だけでなく、体のどこもかしこもデカい。梨衣里の顔の方が俺の掌より小さいくらいだ。
「あれはお前が動いて傷口が広がらないようにしていただけなんだけどな」
改めて言われると照れくさかったので、俺は顔を背けてもごもごと言い訳した。
「喉はくすぐったくて仕方なかったですよ?」
そんな俺の顔を追いかけて、クスクスと笑いながら梨衣里がのぞき込んでくる。コイツあの時、意識があったということか。もっとも傷ついた体で見ず知らずの者が近くにいれば、警戒して息を潜めるというのは納得できる。
「そ、そうだ、その好きって気持ちはどんな気持ちなんだ?」
「あー、話を逸らしましたね」
何が楽しいのか分からないが、梨衣里はずっと笑っている。こうしているとコイツが妖猫だということを忘れてしまいそうだ。ま、人間だろうが妖猫だろうが今は俺の彼女だってことに変わりはない。
「気にするな」
「そうですね、私の好きは恋の好きですからね、何と説明しましょうか」
「恋か、余計ややこしいな」
「かまくんは愛しいって気持ちなら理解出来ますか?」
「うーん、子供や動物を見て可愛らしいな、微笑ましいなとかいうのなら何となく分かる」
「似たようなものですが、かまくんが私に向ける劣情を抜きにして、逢いたいとかぎゅーっとしたいとか、温もりを感じたいとか匂いを嗅ぎたいとか、そういう気持ちだと思って下さい」
分かったような分からないような。だいたいコイツの温もりを感じたり匂いを嗅いだりしたら、それだけでヤリたくなるのは思春期男子の性なのだ。それを抜きにしろと言う方に無理がある。
「まあいいや、それで?」
「恋という字は昔は戀と書いたんです。これを分解しますとね、糸しい糸しいと言う心、となるんですよ」
梨衣里は俺の掌に人差し指で戀をいう文字を書いて説明してくれた。糸しいは愛しいに読み替えろということだろう。それにしてもこれは知らなかった。
「ですから私の好きはかまくんに逢いたいとかぎゅーっとされたいとか、いつも傍にいて温もりを感じていたいとか、そういう感じなんです」
なんかこの説明でほんの少し梨衣里の気持ちが分かったような気がする。しかしそれはそれでちょっと悔しい。
「俺が聞いたことがあるのは恋は下に心あり、つまり下心だっていうことだぞ。それと恋心は二心とも……」
「はい、私にもかまくんに愛されたいって下心がありますよ。私の二つの心は恋と愛です。ほら、これで二つ」
きれいに切り返されてしまった。エロ猫のくせに、百年以上生きているのは伊達じゃないってことか。それはいいとして、さっきから俺の掌に文字を書くコイツの指が可愛らしくて気持ちいい。
その上指が這う度にゾクゾクするのだが、これも恋というものなのだろうか。
「それは劣情というものです」
「おま、俺の心読みやがったのか?」
「読まなくても分かりますよ。嫌われたくないので無断で心を読んだりはしません」
「そ、そうか」
怪しい。だが本人がそう言っているのだから、これ以上突くと藪蛇になりそうだ。しかし読もうと思えば心を読めるのか、コイツ。
「今の説明で少しは理解出来そうですか?」
「まあ、気持ちは別として意味は何となく分かったような気がするよ」
「それはよかったです! かまくんが私の中に白く濁ったドロドロの欲望をぶちまける日も近いということですね」
今すぐお前の顔にぶちまけてやろうか。
「少し言葉を慎めよ。正直引くぞ」
「そうなんですか? その目はすぐにでも私とまぐわいたいと言っているようにしか見えないのですが」
どうしてコイツは俺がせっかくまじめに考えているのに水を差すようなことばかり言いやがるんだ。しかしまあ、女子とこんな話をするのも悪くないもんだ。俺はそう考えて梨依里を膝の上に乗せてやった。