前編
「梨依里、忘れ物はないか?」
今日は世間で言うところのクリスマスイブという日だ。うちは母ちゃんが死んで以来、誕生日もクリスマスも特別な日という認識がない。盆や暮れ、正月には親父は飲んだくれているか旅行に行っているかだし、俺としても日常生活に何ら変化をもたらすようなことはなかったのである。
それが今年はちょっと違う。梨依里が今夜学校で行われるクリスマスパーティーを心待ちにしていたからだ。演劇部は例の事件のせいで活動停止中なので出し物が出せないが、代わりに有志で何かやろうということになり、そこに梨依里と俺も参加することになってしまったのであった。
「かまくん、今日は先に泣いちゃだめですよ」
「お前こそ、冒頭で泣き出すのやめろよな」
俺たち有志の出し物というのは、実は演劇部がやる予定だった演劇である。台本は実話に基づいた話らしく、これが実に素晴らしいから是非にと水池先生が持って来たのだった。主役は若いカップル、そこに俺と梨依里が抜擢されたというわけだ。
「それにしても役名に実名を使うってのはな……」
「いいじゃないですか。かまくんはかまくんのままの方が私は呼びやすいです」
「ところでお前はいいとして、相手役に俺が選ばれたのは例の力を使ったからだろ」
「えへへ、バレました?」
「そういう不正はだな」
「じゃ、かまくんは私が他の人とキスしてもよかったんですか?」
「よ、よくねえよ……って、キスシーンなんてねえだろ!」
楽しそうに笑いながら、梨依里はぴょんぴょんと跳ね回っていた。
そして、俺たちの演劇がスタートする。
ナレーション。この声は俺の心の語りとして壬生が担当している。
『俺には付き合って一年の彼女がいる。特に見た目が可愛いというわけでもなく俺は何とも思っていなかったが、向こうから告白された時に誰とも付き合っていなかったので、暇つぶしにでもなればと思って付き合い始めたのがキッカケだ』
そこで俺に駆け寄ってくる梨依里にスポットライトが当てられる。
「かまくん、今日もお弁当作ってきたから食べてね」
「ああ、いつも悪いな」
『これが俺の彼女の十六夜梨依里だ。梨依里は付き合い始めてしばらくしてから、毎日手作り弁当を俺に手渡してくれるようになった』
「毎朝大変だろ? 体弱いんだし、あんまり無理するなよ」
「えへへ、平気だよ。かまくんに食べてもらえると思うと元気が出るから」
『梨依里は生まれつき体が弱いとのことだった。しかしあまり興味がなかったので詳しく聞いたことはない。正直それほど好きでもないのに付き合い続けているのは、病弱な彼女に同情してのことだ。それがなかったらとっくに別れていたと思う』
「それじゃ私、次移動教室だから行くね」
「おう、がんばってな」
そこで梨依里がその場を離れようとするが、持っていた教材を床にばらまいてしまう。もちろんこれは劇中の演技だ。
「おいおい、何やってんだよ。大丈夫か?」
「ご、ごめんね、すぐに拾うから」
梨依里は散らばった教材をかき集めて、その後に舞台袖に消えた。
『いつからだろう。彼女はよく持っているものを落とすようになっていた。最初の頃は一応俺も彼氏ということで拾うのを手伝ったりしていたが、あまりに頻繁すぎるので今では少し腹立たしささえ感じていたのである』
一度照明が落ちて、背景が屋上のものに変わってから再び俺にスポットライトが当たる。
「はあ……」
弁当を開けて深いため息をつく俺。
「またかよ、嫌がらせか?」
俺は弁当の中身をゴミ箱に捨て、ポケットからパンを出して食べ始める。
『梨依里が作る弁当はいつからか見栄えの悪いものになっていた。それが恥ずかしくて、お陰でお俺は彼女のてべんと言ってからかう友達と一緒に飯を食うことが出来なくなっていた』
「もう弁当はいらないって断るかな」
ここでまた照明が落ち、キッチンのセットに入れ替わる。そこで弁当のおかずを作っている梨依里。何度も野菜を落としたりしながら、一生懸命コロッケを作ろうとしている。
「かまくん、コロッケ大好きだって言ってたから」
その様子を心配そうに眺める母親役の倉持。
照明が落ち、学校の廊下のセットに戻る。そこでまた俺に弁当を手渡す梨依里。
「かまくん、今日はかまくんの大好きなコロッケ入れたから食べてね」
「あ、ああ、うん」
『コロッケか、今日は期待出来るかな』
「じゃ、またね」
梨依里が舞台袖に消え、再度屋上のセットに切り替わる。
「さて、コロッケコロッケ……」
俺は弁当箱を開けた瞬間にしかめっ面になった。
「こんなもの食えるか!」
そして怒りにまかせたように弁当の中身をゴミ箱に投げ捨てていた。
後編は明日、公開します。




