梨依里、俺な……その……
しばらく梨依里と布団の中でモゾモゾしていたが、さすがに腹が減ってきたので朝飯の支度をすることにした。
「粥の方がいいか?」
「いえ、普通でいいですよ」
梨依里は自分が作ると言ったが、まさか体調が悪いのにそこまでやらせるわけにはいかないだろう。朝から凝った料理を作る気はないが、梨依里がやるようになるまでは俺が料理していたのだ。手早くスクランブルエッグとベーコン、生野菜とトーストを食卓に並べた。あと梨依里にはツナ缶を開けてやる。
「ミルク少し熱めだから気を付けてな」
「はーい」
梨依里はバターは塗らずにスクランブルエッグをトーストの上に乗せ、さらにその上にツナを乗せている。そしてベーコンはレタスに挟んで食べるのが、コイツが好む朝の定番メニューだ。
「かまくん、美味しいです」
「そうか、よかった」
少し顔色は赤いが、にっこりと微笑む表情からは体調の悪さは感じられない。この分なら話をするくらいは問題ないだろう。朝食を終えて居間でくつろぎながら、俺はいい機会なので梨依里に気になっていたことを聞くことにした。
「なあ梨依里、聞きたいことがあるんだが」
「なんですか? 私なら処女ですよ」
「そういうことじゃねえよ!」
いや、実はそれも気にはなっていたんだけどな。おそらくは百年以上生きているはずの梨依里は、本当はすでに非処女なのではないかと思ったこともあったし。ちょっと安心したよ。
「お前雨とか雷とかをすげえ怖がるだろ。俺と違って直撃でも死なねえのに、どうしてそこまで怖がるんだ?」
「いやですねえ、私だって直撃なら死ぬかも知れませんよ」
死なない可能性もあるってところが俺と大違いじゃねえか。
「まあ、それにつきましては過去に色々ありまして。実は私がまだ妖猫になる前のことなんですよ」
梨依里が普通の猫だった頃のことか。
「当時私は人に飼われていたんです。それはもう優しいご主人さまで。あ、女の人ですよ」
「そ、そうか」
猫だった頃の飼い主の性別までは気にしねえって。
「でもその時住んでいた家に雷が落ちて、火事になってご主人さまも亡くなってしまったんです」
「ま、マジか。それは悪いことを聞いたな」
梨依里の口調はいつも通りだったが、どこか寂しげな雰囲気を漂わせている。よく猫は家につくと言われるが、コイツの場合はその家も飼い主も同時に失ったのだ。さぞ辛かっただろう。
「その時も雨が降っていたので、私にとっては雨が降ると雷が鳴るんじゃないかと思って、それでまた全てを失ってしまうんじゃないかと怖くなるんです」
俺は隣に腰掛けていた梨依里をそっと抱き寄せた。いつも明るく振る舞い、時には挑発さえしてくるこの妖猫が、本当はとても弱々しく、そして愛おしく感じたのである。
「かまくん?」
俺は梨依里の飼い主というわけではないが、今の話でコイツが俺から片時も離れたがらない理由も分かったような気がする。非常事態が起こった時にいつでも俺を助けられるようにということだろう。前に倉持が言っていた愛されているというのは、こういうことなのかも知れない。
「梨依里、愛ってなんなのか、何となくだがようやく分かった気がするよ」
俺は抱きしめた梨依里の髪を丁寧に撫でてやった。梨依里にも俺の気持ちが伝わったのか、力を抜いて完全に体を任せてきている。
「梨依里、俺な……その……」
「はい……」
「あ、あのな……」
「はい……」
「俺、お前を……愛してるぞ……」
「はい……」
俺の胸に顔を埋める梨依里の瞳の辺りから熱いものを感じる。細い肩に両手を添えて顔が見えるように軽く離すと、梨依里の瞳からは大粒の涙が溢れていた。
「梨依里……」
「かまくん……私もかまくんを愛しています」
それから俺たちは、永遠に続くのではないかというくらいの長い時間、互いの唇を重ねて抱き合っていた。
次回、最終回?
いえその前に、ショートストーリーを前後編でお届けします。




