十六夜さんを押し倒しているところですが……
「堀田オヤジよ、俺が何をしたかって聞いてるんだよ! てめえはてっぺんだけじゃなくて中身まで不毛なのか、ああ?」
「何だと!」
そもそも教師がどれだけ偉いってんだ。特にこの堀田オヤジのように一方から聞いた事情のみで一人の生徒を犯罪者に仕立て上げようとするような奴は、俺にとっては先生でも何でもねえ。梨依里が俺の袖をちょいちょいと引っ張るが、頭に血が上っていたので気にしているどころではなかった。
「うるせえよクソオヤジ、何をしたか早く言えよ!」
「この不良!」
堀田オヤジも頭に血が上っていたのだろう。いきなり俺の顔をめがけてストレートを繰り出してきやがった。おいおい、胸ぐら掴んで投げ飛ばすんじゃなかったのかよ。しかし相手は柔道家であってボクサーではない。多分柔道技を仕掛けられたら避けようがなかったと思うが、仮にも中年オヤジの大ぶりなストレートを黙って食らうような俺ではないのだ。横に動いて華麗に躱してやったつもりだったのだが、それがいけなかった。こともあろうにバランスを崩した堀田オヤジは梨依里に体当たりをする形で突っ込んでいったのである。
「梨依里!」
「きゃあ!」
見事に堀田オヤジは梨依里を下敷きにしてのしかかる格好になっていた。傍から見れば梨依里を襲っているようにしか見えない。しかし梨依里も梨依里でさすがは妖猫というべきか、そんな状態でも痛がるフリをして堀田オヤジに見えないように俺にウインクして見せた。
「何事ですか?」
よほど大きな音がしたと見えて、慌てて生徒指導室の扉を開けたのは生徒思いで定評のある馬頭教頭先生だった。この教頭、名前は馬頭だがどちらかというと温厚な狸面という感じで、こと髪の毛に関しては堀田オヤジよりはるかにふさふさしている。それがきれいに白く染まって手入れもきちんとされているので、上品に見えることこの上なかった。身長は男性としてはごく一般的な百七十センチちょっとで、体格も太っているわけでもなく痩せているわけでもない。とにかく普通の中年男性という風体なのだが、生徒には何かと人気のある先生だ。
「堀田先生、十六夜さんに何やってるんですか!」
俺はここぞとばかりに堀田オヤジが梨依里に襲いかかったという演出を試みた。話の真偽を見極めようとしなかったばかりか、俺を冤罪で犯罪者に仕立てようとまでした愚かなオヤジだ。これで職を失うことになっても自業自得だろう。
「ち、違うんだ、違います、教頭先生!」
「堀田先生、ではあなたの手は何をされようとしているのですか?」
馬頭教頭先生は冷めた目つきで堀田オヤジを見下ろしていたが、すぐに堀田の尻を蹴とばして梨依里の上から払い除けた。堀田の手は梨依里の胸に届こうとしており、それに梨依里が必死に抵抗しているような体勢になっていたのだ。にしても堀田の巨体をひと蹴りで吹き飛ばすとは。そういえばこの教頭先生も何かの武術をやっていたと聞いた覚えがある。ちなみに堀田の手が絶妙な位置で梨依里の胸付近にあったのは、おそらくあの猫力を使ったからだろう。もっとも触れていたら俺がタダじゃおかなかったけどな。
「君、大丈夫かね?」
馬頭教頭は梨依里に手を貸し、その手を取って梨依里は立ち上がったが、すぐに俺の方に駆け寄ってきて泣き真似を始めた。
「えーん、怖かったよー」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 今のは違う、違うよな、久埜猪!」
こうなると堀田オヤジも必死で、俺にすがりつくしかないようだ。馬鹿な奴だ。アンタに比べればまだバカトの方がマシに見えてくるよ。
「違うって、俺が見たのは堀田先生が梨依里……十六夜さんを押し倒しているところですが……」
堀田オヤジの顔から血の気が引いていく。俺は別に嘘を言っているわけではない。ちょっと話を端折っただけだ。
「君、久埜猪君と言ったか、それとそちらは十六夜さんと言ったかな。後で話を聞かせてもらうが、ひとまず今は教室に戻りなさい。堀田先生は私と一緒に来て下さい」
堀田オヤジめ、これで詰んだな。梨依里の演技もなかなかだった。今日はツナ缶を余計に買ってやることにしよう。




