貴様教師に向かって何という口の利き方だ!
「久埜猪はいるか!」
登校して早々、俺の名を呼んだのは学年主任の堀田オヤジだ。この先生は名前を親仁と書いてちかひとと読むのだが、四十五歳にしてすでにてっぺんに直径十センチほどの不毛地帯があり、見た目もオヤジっぽいことから生徒の間では堀田オヤジと呼ばれているのである。
しかし俺ほどではないがガタイが大きく、百八十センチを超える巨体は柔道の顧問で実際ガチムチだ。昔はインターハイにも出たことがあるとか、そんなことを自慢してたっけ。耳なんか柔道が原因だと思うが変形してるもんな。年齢のせいで全盛期に比べれば衰えてはいるだろうが、もし俺がこの先生と真剣勝負してもきっと勝てないと思う。
「何すか?」
「ちょっと生徒指導室までついてこい」
生徒指導室って、俺何もやってねえぞ。それとも俺の存在そのものが悪ってんなら分からないでもねえが、心は善人のつもりでいるからな。
「はあ? これからホームルームなんすけど」
「水池先生には了解を取ってある。分かったらさっさと来い!」
堀田オヤジの様子から見て、普段の善行を褒められるとかそういうことではなさそうだ。梨依里も心配そうな表情で俺を見ている、と思ったら違った。あの顔はワクワクしながら自分も呼ばれるのを待っている顔だ。誰が呼んでやるもんか。
「それから十六夜、悪いがお前も来てくれるか?」
「はい!」
ところが俺の思いなどお構いなしに、堀田オヤジは梨依里にも声をかけやがった。当然だが教室内が一気にざわめく。どうでもいいが堀田のオッサン、俺の時と違って梨依里にはずい分優しく声をかけるじゃねえか。梨依里も朗らかに返事してんじゃねえよ。俺は仕方なく梨依里と共に堀田オヤジの後に続いて生徒指導室に向かった。
「久埜猪、先生はお前を信じているが、一応教師として聞かなければならない。正直に答えろよ」
教師がお前を信じているなどと枕詞を口にするときは十中八九疑いを持っているということだ。俺にしてみれば思い当たることは、相変わらず勝ち目がないくせにケンカを売ってくるバカトにゲンコツをくれてやっていることくらいだ。
ちなみにバカトってのはクラスメイトで、本名は鳥飼心人だ。コイツのことは機会があれば話すが、とにかくバカなので俺はバカトって呼んでる。
しかしバカトがそのことで先生に言いつけるなどということは考えにくい。もしかしてこないだおでこにゲンコツを食らわした時にタンコブが出来てたから、親が出張ってきたということだろうか。それなら生徒指導室に呼ばれた理由に辻褄が合うが、梨依里まで一緒というのは解せない。
「何すか?」
「お前、二年の大滝を知ってるな?」
「大滝? ああ、あの演劇部の先輩っすね」
「惚けるな久埜猪! お前が大滝を襲ったということは分かっているんだぞ!」
「はあ?」
さっきアンタ俺を信じてるって言ったばかりだよな。それなのにまるっきり犯罪者扱いじゃねえか、気に入らねえ。
「おい堀田オヤジ、俺が何をやったって?」
俺は腹の底からドスの利いた声で堀田オヤジに詰め寄った。相手はこれで大抵ひるむのだが、そこはさすが柔道部顧問で元インターハイ選手だ。一寸も引く気配を見せない。
「先日お前の教室に大滝が倒れているのを同じ演劇部の二年生が見つけてな、大滝はお前にやられたって言ったそうだ。これでもシラを切るのか?」
なるほど、あの時のことか。しかしあれは勝手に大滝先輩がビビって倒れただけで、俺が何かしたというわけではない。まあ脅かしたというのは確かではあるが、殴ったりしたわけではないし、むしろ頭を打ちつけないように支えてやったくらいだ。それを暴力でも振るったかのように言われるのは非常に心外である。
「俺は何もしてねえぞ。俺が何かしたってんなら証拠を出してみろや」
「久埜猪、貴様教師に向かって何という口の利き方だ!」
堀田オヤジは今にも俺の胸ぐらを掴もうという勢いだった。しめしめ、これなら逆にコイツを暴力教師として吊しあげることも出来そうである。そう考えた俺は、更にこのバカ教師を煽ることにしたのだった。




