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せめてお前だけでも逃がしてやりたかったぜ

 正直言って絶体絶命だった。俺の倍くらいの身長がある妖怪の頭には当然だがこの手に握る鎌は届かない。一発逆転で頭狙いをキメたくても、物理的にどうしようもない状況なのである。加えて梨依里にしがみ付かれているので、妖怪の攻撃を(かわ)すことも出来そうにない。


 こりゃ死んだな。童貞のまま死ぬなんて、こんなことならさっさと梨依里とイッパツ決めときゃよかったよ。目前に迫った妖怪を目にしても俺はどこか冷静だった。ここで死んでしまうなんていう実感が湧いてこなかったからだと思う。


久埜猪(くのい)さん、伏せて!」


 その時背後から壬生(みぶ)の声が聞こえた。俺は条件反射的に雨と雷で震えている猫の姿のままの梨依里を(かば)うようにして、その場に突っ伏した。刹那、俺の背中の上を青白い光の玉が駆け抜けていく。壬生たちの放った光の玉は、そのまま見事に妖怪の喉元辺りに命中していた。


 全速力でこちらに向かってきていた妖怪は衝撃で急停止させられ、慣性の法則に従い頭だけが俺の背中の上を通り過ぎていく。残された胴体は仰向けに倒れ、司令塔を失ってのたうち回っていた。


「壬生でも倉持でもいい! 梨依里を頼む!」

「梨依里さま、失礼します」

「いやあ! かまくん、いやあ!」


 壬生と倉持が二人がかりで俺から梨依里を引っぺがそうとするが、怯え切ったアホ猫は離されまいと力いっぱいしがみ付いてくる。まるで猛獣に抑え込まれたような気分だ。


「落ち着け梨依里! アイツを倒したらいくらでもしがみ付かせてやるからいったん離れてくれ。じゃないと俺が死んじまう」


 頭だけになった妖怪はそれでもこちらを向き、攻撃を仕掛けてこようとしていた。そんなんでよく動けるもんだと感心するよ。


 しかし壬生たちが何とか梨依里を引き離してくれたので、ようやく俺は自由に動けるようになった。もっとも嫌がるバカ猫を無理やり俺から引き離したせいで、壬生も倉持も爪で引っかかれまくっている。それなのに二人は何でそんなに幸せそうな顔をしてるんだよってくらいに嬉しそうだった。アイツらヘンタイか。


「さて、不本意だがお前の相手は俺だ。きやがれ!」


 俺の声に猛り狂った頭だけの妖怪は、すごい速さで地を這って襲いかかってきた。マジかよ、足もねえのに何でコイツこんなに速く動けるんだ。不意をつかれた俺は、ほんの少しの差でよけきれず足に牙の一撃をくらってしまった。


「つっ!」


 それでも傷はそれほど深くなかったので、動けないというわけではない。あとヤツの動きの速さも分かったから次はないぞ。


「ボンクラ、何してやがる! ほら、かかってこい!」


 俺は鎌を右手で背中に隠すように構え、妖怪の次の攻撃を待った。地を這って俺の足に食らいつこうとした瞬間に、横から頭に鎌を突き刺してやろうという作戦だ。簡単に言うとゴルフの要領である。やったことはないがな。


 ちなみに胴体の方は壬生と倉持以外の生徒たちで浄化を行っている最中のようだった。元は頭に取り憑いた悪霊に操られていた胴体なのだから、切り離されてしまえばどうということはないのだろう。


 熊頭の妖怪が第二撃を仕掛けてきた。先ほどと同じく恐ろしい速さで地を這って俺に襲いかかってくる。


「ここだ!」


 鎌を握る手に力をこめ、俺が狙いを定めた時だった。頭が予想外の動きを見せたのである。


「なっ!」


 妖怪は目先一メートルの辺りで突然跳ね上がり、俺の顔をめがけて牙を()いていた。俺は咄嗟(とっさ)に体を逸らしたが、避けきれずに右肩に噛みつかれてしまう。その恐ろしいほどの激痛は、鎌を握る握力さえ俺から奪い取っていた。だが妖怪はそれでも容赦なく肩に食い込んだ牙に力を入れ、俺の耳に鎖骨が折れる嫌な音が聞こえた。


 俺の首に食らいついて息の根を止めにかかる熊の頭を、左手で押さえるのが精一杯だった。しかしそれも間もなく力尽きそうである。鎖骨が折れた痛みに、俺の本来の腕力さえ失っていたのである。


 こりゃ本格的に終わったな。そもそも妖怪相手に生身の人間が勝てるわけがなかったのだ。ちくしょー、痛ぇ。俺は自分の血がどんどん流れ出て、徐々に力が入らなくなっていくのを感じていた。


「梨依里、せめてお前だけでも逃がしてやりたかったぜ」


 最後に梨依里の姿を一目見ようと振り返ったのと、妖怪の牙が俺の首に突き刺さろうとしていたのはほぼ同時だった。

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