お前もう戦力外な
凍てついた空気が俺たちの周囲を取り囲んだ。それと共に黒く大きな影がゆっくりとこちらに向かってくる。
「おい、あの熊、前に梨依里が倒した時よりデカくなってねえか?」
現れた影はどう見ても俺の二倍近くの大きさになっていた。とはいえ、頭の部分は体の大きさとは不釣り合いに元のままのようである。小顔の熊ったって、妖怪じゃ可愛げもへったくれもない。
「それだけ僕たちの仲間がたくさん食われたってことです。お二人が前に来てくれた時にいた仲間も大勢食われました」
壬生が悔しそうに唇を噛んでいる。
「それを浄化しちまったら、仲間も死ん……いなくなっちまわねえか?」
元々コイツらは生者ではないのだから、死ぬという言い方は正しくないと思って言い直した。
「いえ、悪霊に穢された魂は三度ほど人としての生をまっとうしなければならなくなります。それでも存在がなくなるということはありません」
「壬生さん、行きますよ!」
倉持の掛け声が合図になったかのように、俺たちの周りに数十人の白い制服を着た生徒たちが現れた。ホント頼むからそのいきなり姿を現すのはやめてくれよ。
「かまくんは下がっていて下さい」
やがて校舎の明かりで妖怪の姿が浮かび上がると、梨依里の瞳孔が金色に染まって縦に割れる。そして俺が瞬きした次の瞬間、彼女は最初に見つけた時と同じ真っ白な毛に覆われた大きな猫の姿になり、俺を庇うように前に出た。拾った時には意識していなかったがえらく毛艶が美しい。
「梨依里、お前……」
「驚きました? この姿じゃないと本気出せませんので」
猫の顔のままで梨依里が振り向いた。
「そうじゃなくてだな……」
「どうしたんですか? もしかして妖怪が怖いんですか?」
「いや違う」
「じゃ、何ですか?」
「後でもふらせろ」
「……」
この大事な時に何を言ってるんだ、というジト目を猫姿の梨依里に向けられてしまった。しかしそのまま大きくため息をついて梨依里が答える。
「ちょっとだけですよ」
「っしゃあ! やる気出てきた!」
思わず俺が大声でガッツポーズをしたので、妖怪がこちらの存在に気づいたようだ。壬生や倉持を始めとする純タマたちが妖怪を取り囲んで必死に応戦しているが、巨体のわりに敏捷な妖怪に手こずっている。すでに数人の生徒が熊の爪に傷つき白い制服を血に染めていた。
「何で大声出すんですか!」
「す、すまん、つい……」
「こっちに来ますよ」
梨依里の言葉より早く、俺は妖怪が牙をむき出しにしてこちらに向かってくるのを見ていた。梨依里の毛は逆立ち、姿勢を低くして攻撃の機会を窺っているようである。
「あやかし様、頭を!」
壬生たちは一斉に妖怪の後を追うが、足の速さでは敵わないようだ。
「シャーッ!」
いよいよ妖怪が目前に迫り、梨依里の猫らしい威嚇が始まる。以前のうにゃーとは段違いの迫力だ。俺も少しビビったぞ。しかし妖怪は怯むことなく突進を続けていた。その時だ、俺は顔に何かが当たったのを感じた。
「まずい、雨だ……」
梨依里にも雨が降り始めたのが分かったようだ。いきなり妖怪への対峙をやめて俺の方に飛んできてしまった。突然標的を失った妖怪はギリギリのところで俺の横をかすめて行ったが、すぐに振り返って梨依里と俺の方に狙いを定める。
「お、おい、梨依里……」
「かまくーん、雨ですぅ」
「お前もう戦力外な」
降り出した雨はすぐに本降りになり、俺たちはびしょ濡れになっていた。さらに遠くの方で雷も鳴っているようだ。これはますます梨依里を当てにできなくなってしまった。
「俺が戦うのかよ」
そんな俺の気も知らず、熊の頭は俺に飛びかかってきていた。




