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手についた油を俺の袖で拭いただろ

流々華(るるか)さん、そちらの方たちはお友達ですか?」


 西園寺(さいおんじ)の姉は宮崎を見ながら言葉の端にうっすらと(とげ)を含ませているように聞こえた。ファイトだ宮崎、負けるな宮崎。そしてもう梨依里につきまとうな。


「姉の私にも紹介して下さらないこと?」

「こ、ここ、こちらは宮崎(みやざき)陽子(ようこ)さんとお、おっしゃいまして……わ、私のクラスメイトです」

「宮崎陽子さん、覚えておきますわ。それで、後ろのお二人は?」

「はい? 後ろ? あ、ああ、そちらもクラスメイトですわ」


 ああって、おいちょっと待て、俺と梨依里は眼中にないどころか存在さえ認識されてなかったってことかよ。


「あなた、大きい(かた)、お名前は?」


 ところが姉の方から俺に言葉をかけてきた。光栄だね。だが金持ちの令嬢のくせに礼を失した振る舞いは俺が最も忌み嫌う行為だ。


「先輩だろうと何だろうと、人に名を尋ねるならまず先に自分が名乗るべきじゃないか?」

「あら、これは失礼いたしました。てっきり私のことはご存じかと思いましたので」


 自分は有名人だとでも言いたいのかね。見知っていても言葉を交わすのはこれが初めてだ。妹が関わっていなければこちらを歯牙(しが)にもかけないくせに、その口がよく言ったものである。しかしそんなやり取りの中にあっても、流々華の方は顔面蒼白だった。よほどこの姉が怖いと見える。


「私は西園寺流華(るか)、そちらの流々華の姉ですわ。以後、お見知りおきを」

「俺は久埜猪(くのい)カマラだ」

「久埜猪……お山をいくつかお持ちのあの久埜猪さんですか?」


 あの、というのがどれなのかは知らないが、この辺りで久埜猪という苗字はうちしかない。そんなこと聞かなくても分かるはずだ。俺に答える義務はないだろう。


「ところで流々華さん、帰ったらお話しがございますから、私のお部屋を訪ねて下さいね。それでは皆さま、ごきげんよう」


 姉の流華は結局梨依里をガン無視しやがった。どうせなら小さくて見えませんでしたわとか、お約束くらいやってくれたら少しは相手してやってもよかったんだがな。




 それから西園寺流華とは口をきく機会もなかった。いれば目立つのだが、こちらも向こうも互いにわざわざ近寄ったりすることはない。妹の方はクラスメイトだし宮崎にくっついているので、梨依里に付きまとう宮崎のせいで近くにいることは多い。しかし流々華も特に俺や梨依里とコミュニケーションを取ろうとすることはほとんどなかった。


「そうです。わ、私も今は肝試しの季節ではないと思います」


 言ったのは入学初日に俺にコクろうとして未遂に終わった野々村(ののむら)恭子(きょうこ)だ。少し青ざめているので、おそらくそういうのが苦手なんだろう。


「梨依里、お前何か知ってるか?」


 俺は皆に聞こえないように小声で囁いた。妖猫(あやかし)の梨依里なら噂の幽霊がいるかいないかくらいは知っているかも知れない。


「いえ何も。ただこの辺りは幽霊とか妖怪もそこそこいるみたいですし」


 そうなのか。すると親父が死んだ母ちゃんとしゃべったというのも、必ずしも気のせいというわけではないってことだ。ただいくら相手が幽霊だとしても、物見遊山(ものみゆさん)気分で見に行くのは気が進まない。もし俺が幽霊の立場なら、面白半分に見に来られたら迷惑に思うからだ。仕返しに(たた)れるものなら祟ってやろうとさえ思うだろう。


「宮崎、俺も気が進まないぞ」

「アンタなんかに聞いてないわよ。帰りたければ一人で帰れば? 私はいりちゃんを誘ってるの!」


 そのいりちゃんは俺がいないと行かないぞ。この前のUSGで分かっただろうに、脳筋(のうきん)女め。


「いりちゃん、これなーんだ」


 ところが脳筋女が鞄から取り出したのはなんとツナ缶、それも四個パックのやつだった。よせ梨依里、そんなの帰りに買ってやる。


「かまくん! 行こっ!」


 すでに梨依里は俺の方なんか見ちゃいなかった。宮崎め、脳筋だ脳筋だと思っていたがいつの間にか梨依里を手なづける能力を身につけていたらしい。しかもご丁寧に割り箸まで出したもんだから、梨依里はあっという間に缶を開けてまっしぐら状態だ。


十六夜(いざよい)さんが行くなら僕も……」

「久埜猪君が行くなら私も……」


 横尾と野々村が言ったのはほぼ同時で、宮崎目当ての西園寺は鉄板だろう。それにしても横尾はその場でツナ缶を開けて食い始めた梨依里を見ても引かないのかね。俺だったら好きになった女子のそんな姿を見たら、いっぺんに冷めそうなもんだが。


「かまくん!」


 一瞬でツナ缶四つを平らげた梨依里が俺の腕を引っ張る。おま、手についた油を俺の袖で拭いただろ。


「久埜猪は帰ってもいいわよ」

「るせえな、行くよ、行けばいいんだろ!」


 こうして俺たち六人は、宮崎の提案した肝試しに行くこととなった。祟られても知らねえからな。

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