西園寺の姉妹
「肝試しですか?」
「うん、いりちゃんもどうかな?」
「それは構いませんが、肝試しって夏の暑さを凌ぐための行事ではありませんでしたか?」
宮崎が梨依里を肝試しなんかに誘ってやがる。どうでもいいがそいつ自体が妖猫なんだから、思いっきり誘う相手を間違えてるぞ。それに今は梨依里の言う通り十一月も半ばを過ぎた晩秋だ。とても肝試しをやるような季節ではない。しかし俺は宮崎の次の言葉に、耳を傾けずにはいられなかった。
「学校の裏山があるでしょ? あの奥に死人の校舎っていうのがあるらしいのよ」
その噂なら俺も聞いたことがある。昔そこに校舎があったが火事で焼けて多くの死人が出たとか、そういう陰気な噂ではない。見た目がどこの金持ち学校だよってくらいに豪華で、目撃される生徒も一見美男美女ばかりなんだそうだ。ところが彼らに話しかけても返事がなく、よく見ると眼球が大きくくぼんだ死人のようだったということからそう噂されているのである。
「で、でもさ、なんで今なのかな」
言ったのは今でも懲りずに梨依里にちょっかいを出そうとする横尾だ。ここに集まっているのは俺と梨依里の他、宮崎に横尾、それに野々村と西園寺流々華という大金持ちの令嬢だった。
西園寺はクラス一、いやこの地域一の金持ちと言っても過言ではない西園寺家の次女である。一学期が始まってまだ間もない頃、一度登校時に出くわしたことがある。
その時彼女はどう見ても大型の乗用車の二倍はありそうな長さのリムジンから降りてきやがった。さらに校門の前までは四人の護衛に囲まれながら歩いていたのだ。さすがにあれには正直引いたね。いくら金持ちだからって、こんな田舎で襲われたり攫われたりすることなんてないだろうに。
あともう一人、リムジンから一緒に降りてきたのがいたが、そっちは二年生で姉の流華というらしい。二人とも金髪ロングに端正な顔立ちで、制服を着ていなければ高校生とは思えない美人である。何でもお袋さんが北欧系の確かスウェーデン人なので、ハーフの二人が金髪なのは母親の血を受け継いだからだそうだ。加えて二人の下に中学三年生と二年生の妹がいるとのことだから、もしかしたらお袋さんはすげえ美人なのかも知れない。四人の年子とか、親父さんがんばっちゃったな。
「すごい美人さんですよね」
「そうだな」
梨依里が二人を見て呟くが、俺にとっては流々華がクラスメイトであるということ以外、この姉妹との接点はないし興味もない。流々華は教室では俺の席から離れたほぼど真ん中にいるので、忘れ物の貸し借りでさえこの令嬢と話す機会はなかった。
そんなある日のこと、確かあれは一学期の期末試験が終わってそろそろ夏休みに入ろうかという頃のことだったと思う。下校時に俺と梨依里、それから梨依里に腰巾着のようにつきまとう宮崎と三人で教室から出たところに、西園寺がつかつかと歩み寄ってきたのである。
「宮崎さん、私もご一緒してよろしいかしら?」
その時西園寺が声をかけたのは俺でも梨依里でもなく宮崎だった。当然、宮崎も虚を突かれて驚いた表情を見せていたのを覚えている。何故ならこういう場合は大抵、最初に声をかけられるのは梨依里だからだ。
「え? 私? も、もちろんいいけど……」
「よかったですわ。では参りましょう」
西園寺は俺や梨依里に一瞥をくれることもなく、宮崎の腕を取って歩き出した。
「あ、ちょ、ちょっと、いりちゃんも一緒に……」
「まあ、そうでしたわね。それでは皆さんもご一緒に」
このご令嬢、俺と梨依里が眼中になかったようだ。まあ俺としてはそれで何の問題もないけどな。梨依里から金魚の糞を遠ざけてくれる金髪の存在はむしろウェルカムだ。俺と梨衣里は互いに顔を見合わせ、笑いを堪えながら二人の後に続いた。
「宮崎さん、肌がとてもおきれいですのね」
「宮崎さん、バレーボールをなさっているのでしたっけ。私にも出来ますでしょうか」
「宮崎さん、私も陽ちゃんとお呼びしてもよろしいかしら。私のことはお気軽にるるちゃん、とお呼び下さってかまいませんわよ」
「陽ちゃんさん、今度うちに遊びにいらっしゃらない?」
「陽ちゃんさん、うなじがとても艶っぽいですわ」
あ、最後のセリフは俺の妄想だ。とにかく西園寺はしきりに宮崎に話しかけ、宮崎は歯切れの悪い受け答えになっていた。それもそのはず、西園寺の宮崎に対する距離感がゼロに等しいのである。
あれは間違いなく百合なんじゃないかと思う。宮崎は俺に対しての態度はともかく、比較的さっぱりした性格のようだから女子には人気があるみたいだし、西園寺みたいなのが現れても不思議はないだろう。加えて宮崎自身も梨依里への距離感がおかしいので、百合的な素質を持っているのかも知れない。
よかったな宮崎、西園寺は大金持ちだから梨依里のことは忘れてそっちと仲良くしてやった方がお前にとっても得だと思うぞ。
「あの、西園寺さん?」
「嫌ですわ、るるちゃんとお呼びになって」
「る、るるちゃん、ちょっと近い……」
何かにつけ俺に辛辣な宮崎が困っている様を見るのは気分がいい。さすがに梨依里の方はざまあとか思ってないだろうが、前を歩く二人を見ながらおかしくてたまらないようだ。
ところが突然、西園寺がまるで何かに怯えたようにその場に立ち止まった。西園寺の大きく見開かれた視線の先を目で追うと、前方から姉の流華が二人ほど女子を従えて歩いてくるのが見えた。
金持ちってのは常に誰かを従えてないと気が済まないらしい。むろん俺の勝手な思い込みではあるが。
「お、お姉様……!」
気のせいか、流々華の声が震えているように聞こえた。姉妹間で何か確執でもあるのだろうか。何にしても面白そうな展開であることに変わりはない。俺は梨依里とともに状況を見守ることにした。




