カラオケって何ですか?
「いりちゃん、これから友達とカラオケ行くんだけど、いりちゃんも一緒に行かない? 久埜猪も一緒でいいよ」
翌日の金曜日、ホームルームが終わったところで梨依里が宮崎から誘いを受けていた。学校の最寄り駅にわりと大きなカラオケボックスがあるのだ。俺も一緒でいいと言うが、俺の意思はどうするつもりだよ。もっとも普段であればその誘い方は正解ではある。
「そ、それなら僕も一緒に行きたい」
俺が同行するなら梨依里も来ると踏んだのか、いきなり横尾が手を挙げてきた。しかし残念だったな。今日はこれから俺と梨依里は行くところがあるのだ。
「宮崎、せっかくだが俺たちは予定があってな。横尾を連れて行ってこい」
梨依里もごめんね、と宮崎たちに軽く頭を下げる。
「そ、そうなんだ。ちなみにどこに行くの?」
「えっとね、それは……」
「お前には関係ない。行くぞ、梨依里」
梨依里が答えそうだったので、途中で言葉を遮った。教えたら付いてくると言いかねないからである。梨依里もすぐに気づいたようで、俺に向かってペロッと舌を出した。それ、可愛すぎて萌えるからやめろ。
「かまくん、カラオケって何ですか?」
「あ? お前カラオケ知らねえの?」
学校から駅に向かう途中で、梨依里が俺の前に回って後ろ向きに歩きながら尋ねてきた。鞄を両手で後ろに持って、少し前屈みになりながらである。これ、梨依里がやるとめちゃくちゃドキドキする。
「だって、教えてもらったことないですよ」
「それもそうか。お前春先まで猫だったもんな」
今も猫、というか妖猫であることは変わらないのだろうが、俺はそれをほとんど意識せずに人間の女子として接している。だから時々梨依里の質問に拍子抜けしてしまうことがあるのだ。
「簡単に言うとな、好きな歌を歌えるところだ。音楽だけ流れるから、それに合わせて歌うってヤツだな」
「うーん、分かったような分からないような……」
「買い物終わったら寄ってみるか?」
その前に水着売り場という名の戦場で戦った後でも、俺に気力と体力が残っていたらな。
「はい! 行ってみたいです!」
梨依里が嬉しそうに俺の隣に来て、腕を組んで体を預けてくる。
「そう言えばお前、歌なんか歌えるのか?」
「しっつれいですね! 音楽の授業の時に聴いててくれなかったんですか?」
「単独で歌ったことなんかねえだろ。お前の声だけ聞き分けることなんか出来ねえって」
「私はかまくんの声だけを聴くようにしてますよ」
それはお前が妖猫だから出来る芸当だろう。俺はそう思ったが言葉には出さなかった。言っても梨依里は気にしないだろうが、言う必要のない言葉だからである。
「しかしそれなら一時間くらい宮崎たちに付き合ってやってもよかったな」
「そうですね……あ、でもほら、陽ちゃんたち後ろから歩いてきてますよ」
梨依里にならって振り向くと、宮崎の他に友達と思われる女子三人の合わせて四人が歩いているのが見えた。いつもなら俺と梨依里は山越えの道を帰るので一緒になることはないが、今日はこれから二人で電車に乗ってショッピングモールへ行く。学校の最寄り駅は一つなので、カラオケボックスに向かう彼女たちと目的地が重なるのは当然であろう。俺たちは立ち止まって宮崎たちが追いつくのを待った。
「あれ? いりちゃんどうしたの?」
「カラオケ、一時間くらいでよければご一緒しようかと思いまして。いいですか?」
「ぜんぜん! 用事は平気なの?」
「はい。カラオケしてからでも間に合いますので。ところで横尾君は一緒じゃなかったんですか?」
宮崎によると、横尾は梨依里が行かないと知って参加を辞退したらしい。そんなことしてるから他の女子にも見向きされなくなるんだよ。それにしても宮崎の汚らわしそうな物言いには少し笑ってしまった。
ちなみに宮崎の友達は青山清美、妹尾翔子、田村レイというバレー部の部員だそうだ。三人とも宮崎より十センチから十五センチくらい背が高い。田村はそこそこ長い髪をポニーテールにしているが、残りの二人は宮崎同様ショートである。ちゃんと向き合ってこうして顔を見ると皆なかなか可愛いし、宮崎と違って俺に敵対心を持っていないので愛想もいい。その上普段の宮崎の俺に対する態度も知っているのか、宮崎に見えないところでごめんねと謝られた。
「お前たちが謝ることじゃないだろ」
「うん、そうなんだけど一応、ね」
カラオケボックスに入る直前に俺たち六人の姿を見つけて横尾が近寄ってきたが、誰も彼の呼びかけに応じようとはしなかった。それどころか話しかけられてもガン無視という感じだ。お前、宮崎たちにどんな断り方したんだ?
「ね、ねえ、僕も一緒に……」
「お呼びじゃないそうだぞ。ウザいから消えろ」
俺はそう言うと、梨依里を連れて宮崎たちの後に続いた。




