名づけ親は俺なんだぞ 前編
「俺は久埜猪カマラ、森野中中から来た。スポーツはやってねえし部活にも入るつもりはない。以上」
この後、気安く話しかけるなとか右腕が疼くとか言えば立派な厨二病だよな。そんなことを思いながら俺は短い自己紹介を終えた。もちろん俺に厨二的な趣味はない。ただし梨衣里のせいで生活環境は厨二の世界そのものだけどな。
「久埜猪君、もう少し何かないかしら? 皆もうちょっと色々教えてくれてるんだし」
この人は担任の水池喜美先生だ。現国を担当していて今年で三十六歳らしい。先生のプロフィールには興味なかったが本人がまず最初に自己紹介をして、その時に言っていたのだから間違いはないだろう。
スラッとして背の高い美人だが、胸までスラッとしているのが俺個人としてはちょっと残念だ。優しそうな雰囲気で、生徒からも好かれるんじゃないかとは思う。
「俺のスリーサイズに興味でもあるんですか? セクハラで訴えますよ」
「そうね、あなたの身長には興味あるわよ」
さすが大人だ。さらっと交わしやがった。
「二メートル三センチです」
これにはちょっと教室がざわついた。高校一年生で二メートル超えはさすがに珍しいと俺も思う。しかし俺の身長くらい、職員室で確認すればいいことだ。
「先生、聞かれたから言いますが、この机と椅子は俺には小さいので、早めにデカいのを用意して下さい」
俺は別に笑いを取るつもりはなかったが、それを聞いて何人かの生徒が笑っていた。こっちは冗談抜きでキツいんだけどな。
「分かりました。校長先生には伝えておきますね」
これで俺の順番は終わった。ちなみに俺は無闇に反抗的な態度を取っているわけではない。面倒なことが嫌いなだけで、授業でも行事でも必要なことはちゃんとやる。
それから梨依里には乗せられまくりでよくしゃべるが、本来は無口なのだ。しゃべってもぶっきらぼうなので、いい印象を持たれたこともない。別に他人が俺のことをどう思おうがどうでもいいが、わざわざ相手を不快にさせる必要もないだろう。
そういう意味もあってなるべく興味を持たれないように、初見から馴れ合わないようにしているというわけだ。
「それじゃ最後は十六夜さんね。あなた、可愛らしい子ね」
「ありがとうございます」
ここからは見えないが梨依里の奴、きっと満面の笑みを浮かべているのだろう。そしてくるっと百八十度体を回転させ、皆の方に向き直って軽く会釈して見せた。その仕草だけで男子はすっかりお熱のようだ。
「えっと、十六夜梨依里です。私は身長百四十センチありますが、皆さん大きいので驚いてます」
嘘つけ、お前こないだ計った時は百三十八センチしかなかったじゃねえか。しかしクラスメイトたちはそれが梨依里の自虐ネタだとでも思ったのだろう。教室内は好意的な空気に包まれていた。
「好きなのは漱石先生です。嫌いなのはミカンの皮です」
何の脈絡もなしにミカンの皮なんて言ったものだから、皆から笑いが起きていた。そういや猫ってミカンの皮というか匂いが苦手みたいだな。前にどこかの動画で見たことがある気がする。悪さしたらミカンの皮を思いっきり目の前で絞ってやることにしよう。
「先生、十六夜さんに質問したいんですけどいいですか?」
手を挙げたのは梨依里の右斜め後ろに座っている宮崎陽子だ。おい宮崎、お前まさか余計なこと言おうとしてねえよな。
「あら、十六夜さん、いいかしら?」
「はい!」
梨依里はニッコリ笑って宮崎に視線を向ける。梨依里、変な質問だったら答える必要はねえからな。
「さっき久埜猪君の彼女だって言ってたけど、本当ですか?」
おいこら宮崎、そういうプライベートなことをホームルームで聞くんじゃねえよ。
そんな俺の心の叫びはどこ吹く風と、途端に教室がざわめき出す。正直言ってホームルームでの他人の自己紹介ほど退屈なものはなかったから、皆フラストレーションが溜まっていたのだと思う。女子の大半は相手が俺ということで応援ムード一色だったが、男子の冷やかしはやっかみが大半だった。
「本当ですけどかまくんが怒るので内緒です」
梨衣里まで調子に乗ってやがる。騒ぎに拍車がかかって収拾がつかない状態になってしまった。
「ほらほら皆静かに! 他のクラスもホームルーム中なんだから騒がないの!」
もう遅えよ先生。そんで梨衣里はミカンの皮絞り決定な。
それはいいとして野々村がさっきから俺の方を悲しそうな目で見てるんだが、その視線マジ痛えから勘弁してくれよ。俺なんかのどこがいいって言うんだか。梨衣里も梨衣里だ。アイツ絶対分かっててやってる。まあ野々村には悪いが早めに諦めてもらうってことなら、梨衣里の荒療治の方がむしろ効果的かも知れないけどな。