人間の女子にコクられたことなんかねえんだよ 2
そんな風に俺が小さな机と椅子を相手に格闘していると、いつの間にか梨衣里の周りには人だかりが出来ていた。
囲んでいるのは主に女子だが、男子の姿もちらほらと見える。彼らはなかなかのイケメンで、おそらく女子慣れしているのだろう。そうじゃない男子は赤い顔をしながらも、その集団を羨ましそうに眺めているだけだった。
時間が経つにつれ教室には生徒たちが増えてきている。
「十六夜さんってどこ中だったの?」
「十六夜さん、モテてたでしょう?」
「十六夜さん、いざよいりいりさんだから、いりちゃんってどうかな。そう呼んでいい?」
「じゃ私はいりいりって呼ぶー」
「十六夜さん、今日終わったらどこか行かない?」
こんな感じで梨依里は質問攻め状態である。出身中学については俺と同じだと都合が悪いので、他県のよく知らない中学校の名前を言うように教えておいた。絶対に聞かれると思ったし、最初のホームルームで自己紹介もさせられるだろうから先手を打ったというわけだ。後は特に指示はしていない。家は俺の隣で、俺とは幼馴染みとでも言っておけと伝えた程度だ。
ところがさすがに高校生ともなると、中には好奇心旺盛な奴もいるようだ。クラスでも特に体の大きさで目立っていた俺に、興味を持った数人の物好きな男女が寄ってきていた。
「えっと、久埜猪君だっけ、どこ中だったの?」
「何かスポーツやってたんでしょ? 柔道? バスケ?」
「オレ柔道部に入ろうと思ってるんだけどさ、久埜猪君もよかったら一緒に入らないか?」
「いつからそんなに大きくなったの?」
新しいクラスでいち早く何らかの地位を固めようと思ったら、俺や梨衣里のように目立つ存在を中心に集まるのが手っ取り早い。それで仲良しグループを形成してしまえば、その後の学校での生活で仲間外れになるようなこともなくなるのだ。
だが俺はそんなものの神輿として担がれるのはごめんだし、群れるのも好きではない。そして相手のことをよく知らないうちから出来上がったグループの結束は、ちょっとしたことで崩れてしまうほど脆いものだということも知っている。
「中学は森野中中、スポーツはやってなかったし部活に入る気はない。いつから大きくなったかなんて知るか」
俺は聞かれたことにだけ答えて、それ以上話をする気がないという意思表示のためそいつらからそっぽを向いた。これで俺がクラスからハブられようとどうしようと気にしない。もし陰湿なイジメでもしようというのなら返り討ちにするだけだ。
格闘技などのスポーツをやっているわけではないが、山で鍛えたこの体はそこらの奴に力やケンカで負けるほどヤワでもないのだ。
「私たちなんか久埜猪君を怒らせちゃったのかな。ごめんね」
一人の女子がそう言うと他の連中と一緒に去って行った。ここから陰口が始まるのかと思うとうんざりするが、そんな連中とつるまないのは正解だろう。
ところがふと気付くと、俺の隣に梨衣里よりは大きいが高校生にしては小柄な女子が一人佇んでいた。髪を三つ編みにした丸顔の、ちょっと可愛らしい子だ。
「あの……私は野々村恭子といいます。私も森野中中でした」
その声に俺が目を向けると、野々村はビクッとしたがさらに何か言いたげだった。
「それで、何か用か?」
「く、久埜猪君と同じ高校で……クラスも一緒になれて嬉しいです!」
野々村恭子と名乗った女子はそう言うと、頬を赤く染めて上目づかいに俺の顔を窺っているようだった。