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道に少年が転がっていた。
少女は、一般的に美しいと称されるであろうその顔に疑問を浮かばせ、少年をただじっと見つめていた。
少女の名前は、ユリーシア。爵位を持つ、貴族『アルフレイム家』の双子の片割れである。そんな彼女は、同じく片割れであるカエリアにお願い……否、『わがまま』を言って市街へと降りてきたところである。
その市街の道端に、その少年は転がっていた。
ユリーシアの顔には疑問こそ浮かんでいるものの、少年の美しいとは言えない……つまり汚い身なりには嫌悪感が無かった。高位な貴族であるユリーシアだが、彼女には『悪意』というものが存在していなかった。これは、『貴族』にあってはならないことなのだろう。
普通の貴族の反応といえばユリーシアの隣にいる少年がその貴族の反応そのものだろうか。
ユリーシアのその悪意のない性格を好み、本日の騎士役を買って出たあわい恋心に目覚めつつある貴族の少年、ライトも決してユリーシアの側を離れないのだが、その顔には嫌悪感がひしと浮かんでいた。
ユリーシアの片割れのカエリアも顔に出してはいないが、張り付いた笑みを引き攣らせている。
「ねぇ、この子はどうして……こんなところで眠っているのかしら?なぜかわかる? 」
「そ、そうだね……疲れているんじゃないかな?ユリーシアも今日は眠るくらい遊ぼう、ね?さぁ行こうか」
話を振られたライトは、倒れている少年を見ようともせずにその場から離れようとした。
「で、でもふつう……道では寝ないんじゃないかしら……?ねぇ、カエリア? 」
「……市街だから、私たちとは考えが違うのですよ。きっと」
「そういうもの、なのかしら……? 」
「えぇ、だから早く行きましょう。眠っている所を邪魔してはいけませんよ」
そこまで言われたユリーシアは、もう一度少年をゆっくり見つめ、始めてその端正な顔を歪ませた。
「や、やだ……怪我をしてるじゃない……」
なるほど、少年の顔にはユリーシアにはあまり馴染みのない、生々しい大きな傷ができていた。
自分も、中庭で転んだ時は痛くて痛くて地面に倒れてしまった、だからこの子も痛くて倒れているのだろうとユリーシアは思い、そっとその少年に近づいた。
「……あなた、いたいの?」
「姉さま……! 」
言いながら、地に転がる少年の隣へと腰を下ろしたユリーシアは少年の顔を見ながら言ったが、少年の瞳は固く閉ざされたままで。ユリーシアの顔にはまた疑問が、浮かぶ。自分の言葉を無視する人間なんて、ユリーシアの周りにはいなかった。
だから、だからこそだろうか。ユリーシアは、その少年にひどく深い疑問を抱く。
それと同時に『少年の痛みを取りたい』という優しいユリーシアらしい欲望が、彼女を支配した。
腰を下ろしたままのユリーシアが少年に向かって囁く。
「いたい、わよね?」
「ユリーシア!やめてください!その子に関わらないで! 」
カエリアがユリーシアに近づき強く腕を引っ張ると、ユリーシアは顔を大きく歪めて叫ぶ。
「痛いわ! 」
「ユリーシア、落ち着いてください」
「ひどい!なんでこんなことするの……?今日のカエリアは変よ?きょろきょろしてるし、いつもみたいに優しくないもの」
瞳に若干の涙の雫を貯めたユリーシアはまんまるの瞳でカエリアのつり目をきっと睨んだ。まぁ彼女の愛くるしい容姿ではそれも可愛いものなのだが。
彼女のそんな表情を見た事のないカエリアとライトは目を奪われる。
カエリアを睨んだまま、ユリーシアは少年の頬に軽く触った。ユリーシアの暖かい手が触れた時、少年は軽く眉を上げる。どうやら少年は気を失っているのではなく、静かに自分の終わりを待っているらしい。
だが、その様子に気づく事のないユリーシアは静かに白魔法を少年に流し込み始める。
「主よ、」
ユリーシア自身、意味がよく分かっていない言葉の塊を少年に向ける。それは、静かに終わりを待っている少年にとって悪意でしかなかった。
「我らが主よ、」
「称えるべき、我らが主よ」
少年が、目を見開く。目をつぶっているユリーシアには分からないがその少年のアメジスト色の瞳は絶望に染まっていた。必死に弱った腕でユリーシアを掴もうとする。
「ユリーシア!駄目です!その少年の瞳の色は闇魔法適合者の証なの!戻って!お願いだから……! 」
「や、闇魔法だって!? 」
「や、め……」
そんな、彼女らの言葉はユリーシアには届かない。