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道端に、少年が転がっていた。
まだ、3歳にもみたないであろう、その肢体はガリガリで、やせ細っていた。
いまにも、途切れそうなその光を人々は誰も気に止めることはしない。この世界では、飢えや貧困は当たり前だった。道端で投げ売りされている命は、ごく当然のものだったのだ。
私は、それをひどく冷めた気持ちで見ていた。
こんなの、『日本』ではありえない光景だった。
私は『日本』で死んだ。死んだはずだったのに、何故かこの倫理がズレているこの世界に産み落とされた。
もしかすると、これは夢かもしれないなんて、無駄に豪華なベッドの上で考えたのは3歳の事だったか。しかし、今でもこの夢は醒めない。
そして、この夢は私にとって酷く辛いものなんだと気づいたのは4歳の事。
それまで、会わせてもらえなかった実の姉と対面したとき、私は思い出したのだ。
「こんにちは、カエリア!私は貴方のお姉ちゃんのユリーシア、よろしくね」
「ユリーシア……なの……?本当に……?」
「えぇ、私はユリーシアよ。カエリアにずっと会いたかったの」
揺蕩う金髪に、天使のような笑顔。
ふわりと揺れる巻毛に、フリルで埋め尽くされた見るからに贅の尽くされた可愛らしいドレス。
それは、『日本』で好きだったあるゲームのとあるスチルに酷似していた。
そのゲームの名前は……『白天使の救済』
私の姉、ユリーシアが自らが持つ白魔法を使いながら黒魔法を使う魔物達と戦うアクションRPGだ。
だが、ただのRPGではない。
まず、ユリーシアが仲間に引き入れる事の出来る人物達の美麗さ、かつその身分の高さ。そして、全員男ときた。
大商人の息子から、一国の王子までその身分の高さは恐れるもの知らず。そして全員がイケメンという、徹底ぶり。そのイケメン達はユリーシアの底なしの優しさに触れ、ユリーシアに愛を紡ぐのだ。ユリーシアに愛を紡ぐイケメンは、仲間にとどまらない。
ユリーシアの、決戦に使う水晶レイピアを作る若手の鍛治職人。
魔法科学校の厳しくも優しい教師。
そして、黒魔法の使い手でもある魔王でさえも。ユリーシアに夢中だった。
しがないOLである私はその甘美な世界に浸りまくった。グッズから休日返上でイベントに通い、白レディと呼ばれるオタクをこじらせ、気づいたらこの私にとって救いようの夢に囚われていたのだ。
なにが『私にとって』救いようのない世界なのかというと……
「私……悪役じゃん……」
「カエリア?どうしたの?どこか調子でも、悪い……? 」
そう、私ことカエリアはこの世界での悪役だった。
姉と同じで白魔法の属性を持っていたが、その白魔法はまさに雀の涙。恐ろしい程、多量な白魔法を持つユリーシアと比べるとその差は歴然で。
だけどそれだけなら、まだよかった。
白魔法は幸運を呼ぶものだと言われ、白魔法の属性持ちは人々に大事にされる。白魔法を持つその人自身が幸運を運ぶシンボルだと思われているのだ。
しかし、他の火、水、風、土、光の通称五属性と呼ばれる属性を使えない。使えるのは、人間の体力のような基礎的な『無属性』の魔法だけ。
パッシブと呼ばれるそれしか使えないことに絶望したカエリアは、始めて姉と会い、劣等感にさいなまれる。
カエリアは少量の白魔法しかないのに、ユリーシアは多大な白魔法を持ち、それを鼻にもかけない。
その事実は、数少ない白魔法を持つという自慢ばかりしていたカエリアの自尊心を大きく傷つけたのだ。
そして、それからというものユリーシアを傷つけ始める。
ユリーシアが刺繍をしたハンカチをずたずたに切り裂いたり、彼女の服に水をかけたりすることは日常茶飯事だった。
しかし、ユリーシアがにこにことカエリアの肩を持ち、カエリアを守るので周囲の人々はその嫌がらせに気づく事がなく、カエリアはますますユリーシアを忌み嫌い始める。それは、仄暗い負の感情で。
遂には、ユリーシアが密かに思いを募らせたいた初恋の人である美しい幼なじみを強引に婚約者にしてしまったのだ。
日本では、ツンデレ紳士と呼ばれていたその幼なじみは、ツンツンとしたその性格の中にユリーシアへの深い愛情を持っていて、紳士かつカエリアと婚約している身でありながらユリーシアを愛してしまった気持ちを抑えきれない情熱的な部分を持ち合わせており『白天使の救済』の中でもなかなかの人気を誇っていた。私の推していたキャラの1人でもある。
そこまで考えて、絶望すらして、ふと気がついた。
どうせ夢なら、原作のカエリアのような余計な事を一切せずに、自分に生きやすい世界を作れば良いのではないか。『死亡フラグ』を避けて、生きればきっとその願いは叶う筈だ。
確か、カエリアはある時を境に白魔法が一切使えなくなり、代わりに黒魔法を使うようになってしまったのだっけ。
白魔法と対局にある黒魔法はこの国で最も嫌われる魔法である。
黒魔法を持つものは、周りに不幸を運ぶと言われており、黒魔法の属性持ちを産んだ親は早々に子供を殺める場合もあるという。常に人からいないものだと扱われ、嫌われる黒魔法適合者。
カエリアは何故、黒魔法を使うようになったのか記憶はおぼろげだ。確か市街にユリーシアと出かけた時、行き倒れている少年に手当をしたユリーシアに、偽善者と吐き捨て、その少年を蹴った時に辺りが黒い霧に覆われカエリアは白魔法を一切使えなくなった、というシナリオだったと思う。
その少年こそ、魔王と呼ばれるものであるとも知らずに、バカなカエリア。
ユーザーはこの『ざまぁ』とよばれるどんでん返しに大いに満足度した。勿論、私も。
その後、カエリアがどうなったかは知らない。
薄ぼんやりと覚えているのは、随分と酷い扱いを受けて、死んだということ。
『ざまぁ』にはよくあるそのラストは、そこまで私の心には響かなかったのか。今ではもっとやり込んでおけば良かったとため息をつく。
まぁ、夢は夢だ。
これは、夢であって現実ではないのだから。
ユリーシアとは良好な関係を築けている。勿論、彼女に対して嫌がらせなどはしていないし、無属性の魔法も努力して少しずつ魔力値が上がっている。ユリーシアから幼なじみの事を奪ったりもしていないし。
私は私にとって生きやすい世界を作り始めていた。
そんなある日、ユリーシアが言った。
「私、市街が見てみたいの」
週一投稿、頑張ります。