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駆動聖堂

作者: RAMネコ

 世が乱れれば死が増える。

 死は、死体となり、処理をあやまればとても厄介だ。ゴーストの思考干渉は物理に影響をおよぼすし、グールやスケルトンのようにおきあがる還りしものどもは、肉と生を喰らいまわる。そして、さらなる死をふりまき、死体をつくりあげる。

 死は──生きているのだ。


 戦場跡を駆動聖堂がゆく。

 それはとてもありふれた光景であり、戦争後の戦争であった。

 教会は、教えを説くだけの場所ではない。教会の駆動聖堂たちは、金属の無限軌道式の足をキュラキュラと音たて、蒸気の炎を噴きたてながら、教会のシンボル『二重三日月』の旗をはためかせていた。

 死体から流れた血と脂、体液によって沼地のようになった土地を駆動聖堂は進む。死体が発酵してガスを発生させていたせいか、猛烈な異臭がたちこめていた。しかし鼻をまげるものはいなかった。まげる鼻がなかった。

 駆動聖堂の中におわすのは、教会の聖人。ヒトカケラの肉とともに、駆動聖堂の機械精霊として、魂板におさめられている。駆動聖堂は、聖なる棺なのだ。

 駆動聖堂がたに眼はない。それに準じれる触覚もない。しかしその足取り、踏みしめる無限軌道の進路へ迷いなかった。

 駆動聖堂がたはこの世を、太陽からの光の反射によって見ているわけではない。


──幽眼。


 万物あらゆるものに宿る、魂のゆらぎを感じ見ているのだ。

 幽眼は見ていた。

 逝きて還りしものらの揺らぎを。

 この戦場でもまた、多くの、敵味方の命を血が流れていた。駆動聖堂がたがさまよってきた戦場と、同じく。


 狂気。


 絶望。


 憎悪。


 冥府からあふれた魂の残照と思念は、現世の魂流に波をたたせていた。魂を解き放った死者に、新たな、擬念が擬似魂としてやどり、そしておきあがるのだ。

 死に還ったものたち。そのものたちを、グールと呼んだ。

 駆動聖堂の前面には、横倒しの円柱が突き出されている。その円柱には、無数のフレイルが、今は重力のままにたれさがっていた。


──処刑鉄塊。


 還ってきたものたちの体を砕く、兵器だった。

 聖人“罪の腕”がおわす駆動聖堂の幽眼は、せわしなく八方を走査する。

 義務の心に燃えていた。その心は肉体を失せてなお、みじんの揺らぎも感じさせてはいなかった。揺らがぬ心はひとえに、『教会への』忠義であるといわれるが、大きな間違いだ。だがしかし、だからと教会のいうところの『神秘に準ずれるもの』への奉仕のためというのは、必ずしも正しいものではない。これらは、教会の聖人がいかなものであることを詳しく知らない──信心の深さに関係しない誤解──がゆえの間違いだ。聖人は奉仕者にして奇跡執行者ではない。では、教会における『聖人』とは何か?それすなわち、聖なる道へたどりつけたものだ。聖なる道がどのようなものであるかは、聖人個々によって違う。ときにそれは、聖人かんで矛盾となり食い違うこともある。しかし、一つの答えが必要なのだ。聖人“罪の腕”を、聖なる道の、一つの解としよう


 生前。

“罪の腕”の右の腕、左の腕、両の腕がなかった。犯罪組織の見せしめとして、斧で斬りおとされたのだ。そして“罪の腕”は、両腕を斬りおとされた瞬間の状態のまま、悪鬼餓鬼がもうりょうばっこする貧民窟へと捨てられた。

 シの運命。

 しかしその運命を“罪の腕”は飲まなかった。腕を斬られてなお、生きのびた。生きた“罪の腕”は考えた。彼の両腕は、大善のためにふるってきた。しかし“罪の腕”は『聖なるおろかもの』ではなかった。身分不相応に全てあらゆるものを救い解決できないということを知っていた。その手は、救いを選ぶ手であったのだ。迷えるものには手を差し伸べる。転げたものにも手を伸ばす。心を殺す麻薬を売るものは鉄拳で殴り砕く。

“罪の腕”の両腕は、救いと暴力。

“罪の腕”は知っていた。

 それが、『罪』であることをだ。

 ゆえに考えたのだろう。

 罪とは悪であるのか、と。

 子を救うためにパンを恵む。

 子を救うために暴力をふるう。

 しかしその結果、知らぬどこかで食べるはずであったパンが消える。

 暴力をふるえば、ふるわれた相手を酷く傷つける。

“罪の腕”は、罪の中に生きていたのだ。そしてそれを、“罪の腕”はよく理解していた。罪では、けっしてなかった。だが罪深かった。罪深い善人。一種、矛盾した道を“罪の腕”はしめしたのだ。それは駆動聖堂と化しても色あせることのない道だった。

 変わらず罪深くあり、変わらず善人なのだ。


──ゆえに。


 屍鬼どもが、はてた戦士のむくろに群がる。肉を引きちぎり、骨を噛み砕いていた。知性のある屍鬼ではない。

 処刑鉄塊がうなりをあげていた。

 回転柱に鎖つけされた幾本ものフレイルは遠心力で伸びる。


──躊躇いないし。


 駆動聖堂が唸り声を轟かす。

 それは冷たい怒り。

 空気を轟かせる『怒り』と異音に、屍鬼たちも気づく。

 遅かった。

 瞬間。

 ふるわれたフレイルは、屍鬼の頭をぶち割った。高速鉄球は兜もろとも、肉も、骨も、一切の区別なく叩き割った。

 駆動聖堂“罪の腕”は、『正義の執行者』ではない。

 その本質は──業人。

 それこそを正解とし、理解するもの。己の武がまた、罪であることを知っていた。

 罪が執行される。

 

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