第1話
愛はどこに行ったのだろう。
「愛してるわ」といってキスを落とし、そのくせすぐに男と去って行ってしまった母の口が食べてしまったのか、母が出て行ってから、馬としか会話をしなくなった父が、一番のお気に入りの馬を盗み、この世から、隣の山の崖下へ落っこちた時に、道連れとなってしまったのか。
誰にも祝福されない結婚だった。
美しく聡明で武力、魔力に共に長け、成人後には王の守護者として力を振るい、更に強い子孫を残す為、選び抜かれた相手との結婚という未来が決められている女、片や幼少期に女の家がある敷地内の馬小屋の延長線上のような場所に馬の世話係であった父に捨て置かれた男。
二人は幼い頃から恋に落ちて将来を誓い合った仲だった。
と、いう訳ではなく、
「ペルデ、愛してる。どうか私と結婚してくれ」
片膝を床に着くのは王の御前のみと教育されているにも関わらず跪き、相手の左手を取る女、ルクスの求婚を、
「別に良いけど。でも、俺、お前のこと別に愛してないぜ?」
無感動、無表情で了承しておきながら愛無しと言い切る男、ペルデ。
「かまわねぇよ、私が永遠にお前を愛し続けることに変わりは無ぇからな。んで、これで結婚が成立したってことは私達は夫婦。ずっと側を離れず何からでもお前を守ってやるよ」
応えてくれた嬉しさに大体の他人が見惚れるほどの満面の笑みで誓う。
「そうか。ありがとうルクス」
強く美しい伴侶の愛を向けられ、「あんたのシャツ、アイロンかけておいたからね」と母に言われておざなりな礼を口にする男子高校生みたいな反応を示す男、ペルデに対して恋に落ちていたのは女であるルクスただひとり。長年の片思いという訳だ。
「その結婚、許さぬ!!」
ルクスがペルデを伴ってやって来た埃っぽいが朱色を基本としたステンドグラスの美しい教会でプローポーズ&結婚をしていたら、先々々々代の王の守護者である老婆がやって来て、つまりルクスの婆婆婆婆さんなんだが、略して婆さんが、ルクスを奪いにきた彼氏面して二人の間に割って入った。
「…ババア、何のつもりだ?邪魔するなら容赦しないぞ」
ペルデに対してかける声音より獣の唸りに近い、よりいっそう低い声でルクスは邪魔者を脅す。
「早くに両親を失ったお前を教育し、面倒見て来たワシに生意気言いよる」
「ハッ!!耄碌して実力の差もわかんねぇのかババア、老いぼれ守護者だったテメェの力なんて、こっちはとっくに超えてんだよっ、なんならその生い先短い命使って、試してみるか?」
「ふんっ、長い長い時を蓄積した残りの命を使うんじゃったらもっと有効に使うわい。こんなふうになっ」
老婆の体から強烈な青い光がペルデへと放たれた。
ルクスは目の前の老婆の体を突き飛ばし、庇おうとペルデへと手を伸ばしたが間に合わず、光はペルデの体に吸い込まれ、まるで集結したかのように、額には小指の爪くらいの青い宝石。ペルデの瞳の色より濃い青。
「大丈夫か!?ぺルデ!!」
「ああ、特になんとも」
「どっか痛いところはないか!?」
心配で矢継ぎ早に質問を繰り出すルクスにペルデは首を振って答え、それを見てとりあえず安心し、ルクスは先ほど突き飛ばされたまま倒れている老婆に近寄り頭を片手で爪が食い込み血が出るほど握り締め、顔の前にぶら下げるように引き起こした。
「ババア、今ぺルデに何をしやがった?なんなら言いやすいようにその口、切り裂いてやろうか?」
腰に下げていた金の装飾を施された鞘から刃を抜いて老婆の口元へ押し付ける。
「ふはは…はぁ、言うてもお主やその男にはどうにもならぬから教えてやろう。誰かを愛せなければ死ぬ呪いじゃ。わしの残り全ての寿命を使った魔術じゃからな、いかに国で一番魔力の強いお主でも解けぬよ。奴が死ねば、愚かな恋の病も治るじゃろう。これが…わしが馬鹿な子孫に出来る最期の…ぐっ…ゲホッ」
寿命を全て使ったと言った通り、老婆は血を吐き出して事切れた。
ルクスは汚いゴミを捨てるみたくそこらに放り投げ、
「これだから長く生きてるだけでテメェは賢いんだと思い込んでいる老害は困る。殺す手間は省けたが、いらねぇ置き土産残しやがって」
「ってことは、俺はお前を愛せないと死ぬのか?んでも、今はなんともねぇな俺」
などとたいして心配でもないどこか他人事といったふうに呟くぺルデに近寄り、ルクスは刃を納め、老婆を持っていた手とは反対の手で額の石を撫で、頬を撫で、
「大丈夫だ。死ぬまで一年はあるみたいだし、必ず私が呪いを解いてみせる」
石に触れただけで死への期限を読み取り、ルクスは力強い笑みを浮かべ言い切る。
「俺をお前に惚れさせるって?」
挑発じみた笑みで聞けば、肩を竦め、
「だったらその方が良いが、ガキの頃からこれまでずっと一緒にいて惚れさせられてねぇんだ、期限付きだからって焦っても、普通は、なあ?」
含みのある言い方でもってペルデに水を向け、
「普通は?」
「ああ、そうだ。普通は無理だが、世の中には惚れ薬ってのがあるからな。私が作り方を知ってたら良かったんだが、癒し薬や爆薬なら兎も角、惚れ薬には興味無くて全然わかんねぇ。一応、秘薬だしな」
役に立てず、すまなそうに打ち明けるルクスの興味が無いと言い切ったのに対し、
「昔から好き好き言ってたお前を適当にあしらっていた俺に、惚れ薬作って使ってやろうとは思わなかったのかよ?」
疑問に思い聞けば、
「いいや。私は私がお前を愛していて、まあ、あとは知っていて貰えれば良いかと思ってたんだ。結婚しようって言ったのは、結婚適齢期になったお前を、幸せにしてくれる奴が現れないみてぇだから私が結婚して幸せにしてやろう、とな」
決意に満ちた柚子葉色の瞳を輝かせ、きっぱりと宣言するルクスの表情はとても愛情に満ちたものだ。ぺルデの記憶の中のルクスは、ずっとぺルデだけに愛を向けてくれていた。
同じものをそれ以上に返せないぺルデはほんの少しの罪悪感で溜息をこぼし、苦笑を返した。
「俺にも、お前を幸せにできると良いんだが」
「私はずっとお前に幸せにしてもらってるぜ。だってこうしてぺルデが喋って動いて笑ったりしてりゃ、幸せさ」
ルクスはぺルデを抱きしめて成長期が来ても、髭ひとつ生えなかった滑らかな白い頬にキスを落とし、
「じゃあ、ちゃちゃっと荷作りして煩い王族どもに見つからないうちに国を出ようぜ。惚れ薬を手に入れるまでの楽しい二人旅だ。結婚したから新婚旅行ってやつだな」
心底楽しそうに笑って手を引いた。ぺルデも楽しげに笑い出す。なぜなら昔から彼女と組めば、どんな大掛かりな悪巧みだろうが面白く、大成功するからだ。きっとこの旅も面白おかしいに違いないという期待でいっぱいだ。