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プロローグ2

「……さっきはびっくりしたよ。鳴海君が死んだ赤ちゃんの生首を持ってきたのかと思っちゃった……」


 神谷さんが疲れた顔で呟く。

 さすがにそんなことはしたくない。

 血で汚れそうだし。


「でも、本当の赤ちゃんじゃなくてよかったよね」

「そうだね」


 そう、あのベビーカーに乗っていたのは本物の赤ん坊ではなくてただの人形だった。

 赤ん坊が本物ではなかったとはいえ、一応警察には連絡しておいた。

 ベビーカーの残骸が道路で邪魔になってたし。

 大部分は粉々になっていて、人形にいたっては胴体すら見つからなかった

 割と長い時間話を聞かれて、先ほどようやく解放された。


「それにしても、鳴海君よく人形だってわかったよね。私、赤ちゃんだと思って助けに行っちゃったよ」


 少し恥ずかしげに神谷さんが言う。


「靄が見えなかったから」

「あー、そっか」


 あのベビーカーに乗った人形からは靄が見えなかった。

 そのお陰で僕は即座に神谷さんを止めることができた。

 ちなみに僕が靄を見れることについては、例の幽霊事件のときに神谷さんに説明している。


「でも、あのトラックの運転手さんもひどいよね。もし本物だったら轢き逃げだよ!」

「……」


 あのトラックか……。

 やだなー。

 何かトラックの周りにあの黒い靄が見えた気がするんだよな……。






 事情聴取に時間を取られてしまったせいで辺りはすっかり薄暗くなってしまった。

 さっきのトラックが気になった僕は大きな道路を避けて通ることにした。

 普段と違う道を通る僕を神谷さんは不思議そうな目で見ていた。


 だが、僕のこの行動は完全に裏目に出てしまったようだ。


「きゃああああああ!? 通り魔よ!」


 人通りの少ない路地を通っているときだった。

 背後から女の人の悲鳴が聞こえてきた。

 正直振り返りたくなかったが、無視すると危なそうなので仕方なく振り向く。


「…………」


 ナイフを持った男が立っていた。

 全身黒ずくめの上に帽子とマスク、サングラスを着けた滅茶苦茶怪しい男だ。

 これ以上ないほどの不審者だった。


「…………」


 そいつは無言のままこちらに近寄って来る。

 明らかに僕たちを狙っていた。


「鳴海君」


 スッと神谷さんが僕を庇うように前に出る。

 神谷さんは僕のほうに一瞬視線を向けた後、持っていたカバンを盾のように構えて通り魔を牽制する。

 今の視線は何だろうか?

 絶対にあなたを守る! って意味だろうか?

 だとしたら惚れちゃいそうだが、そんなわけはないので僕もさっさと動くことにする。

 僕は通り魔を神谷さんに任せて周囲の様子を確認した。

 何故か僕達以外の人影はまったくなく、助けを求めることはできそうにない。


 助けを呼ぶことはあきらめ、武器になるようなモノを探す。

 とはいえそんな都合良くは……みっけた。


 道の隅にボロボロの傘が捨てられているのを発見した。

 すぐにそれを回収し、具合を確かめる。

 ところどころ破れてはいるが、折れ曲がったりはしていないので十分使えそうだ。


「神谷さん、ナイフには特に気をつけて」


 僕はその傘を自分で使うようなことはせず、軽く細工をしてから神谷さんに向かって放り投げた。

 本当なら男の僕が戦うべきなんだろうけど、神谷さんのほうが確実に強い。

 神谷さんの実家は剣道を教えているそうで、彼女自身も段位を持っている。

 ちなみに、助手と呼ばれる前はブシドーと呼ばれていた。

 助手が気に入るのも仕方がないかもしれない。


「――――――ありがと」


 神谷さんはこちらを見もせずに傘をキャッチすると、小さく礼を言ってそのまま通り魔に向かって突っ込んだ。

 男らしいなー。


 この行動には通り魔も驚いたようだ。

 貸すくとサングラスで表情は読めないが、どことなく戸惑っているような雰囲気がする。

 だからだろうか、神谷さんの振るった傘はあっさりと通り魔の持っていたナイフを弾き飛ばした。

 そして、神谷さんはそこで攻撃の手を緩めたりはせず、返す刀で不審者の鳩尾に向けて突きを放った。


 しかし、


「へ? わわわ!?」


 神谷さんの突きが当たった瞬間、通り魔は空気に溶けるようにして消え、手にしていたナイフだけがその場に転がり落ちた。


「……なんだったの、今の?」


 神谷さんが釈然としない顔で呟く。

 それから、なんとなくといった様子で残されたナイフを拾い上げようとするが、僕はそれを止めた。


「どうしたの?」


 神谷さんの疑問に答えず、ナイフを凝視した。

 近くで見るとはっきり分かる。

 ナイフは黒い靄で覆われていた。

 今日の昼間、屋上の前で見たものと一緒だ。


「たぶん狙われてたの僕だ。さっきのトラックも含めて」

「なんで?」


 不思議そうな顔で聞かれる。


「今日、手紙をもらって屋上に向かったらヤバそうな黒い靄を見たんだ。それと同じ奴ががさっきの通り魔とそのナイフについてる。あと、一瞬だったから断言はできないけどトラックにもついてたきがする」

「ああ、それで屋上に行かずに戻ってきたんだ。……というか、私はそんな奴と戦ってたの?」


 神谷さんが白い目で僕を見る。

 そういうことは戦う前に言えや、と言われている気がする。


「いや、屋上にいたやつとは全然違うよ。たぶん手下か何かなんじゃないかな? 見た感じすごく弱そうだったし」


 元は同じものだと思うが、さっきの通り魔はかなり弱そうだった。

 靄も薄かったし。

 むしろ、持っていたナイフのほうが危なかった。

 こっちは屋上で見たのと同じくらいどす黒い靄がついている。

 ……この危険物、どうしようか?

 なんで一緒に消えないんだよ……。


「じゃあ、さっきのって幽霊だったの? あれ? でもそれじゃあなんで傘が当たって……。ああ、鳴海君が何かしたんだ」

「まあね」


 幽霊は物理攻撃が通じないという厄介な特徴があるが、僕自身の靄で覆えば当たるようになる。

 神谷さんがとりつかれた幽霊が相手のときは相手の防御力が高すぎて全く意味なかったけど。

 実質、初めて役に立った気がする。


「というかトラックもなんだ……。じゃあ、あのベビーカーは罠だったのかな?」

「たぶんね」

「性格悪……」


 神谷さんがげんなりしてらっしゃる。

 本物の赤ちゃん使わなかっただけマシだと思うよ。

 性格悪いのは否定しないけども。


「でも、これからどうするの? また襲われるんじゃないかな」


 神谷さんが心配そうな顔で尋ねてくる。


「んー、明日屋上に行ってみるよ。今日来なかった理由を聞かれて、手紙には日付が書かれてなかったからって言えば許してくれるかも」

「……いや、それは怒らせるだけじゃないかな」


 まあ、いきなり襲ってくる可能性が一番高いか。

 でもなんとなく大丈夫な気もするんだよなー。

 どことなく茶番っぽい感じがするし。

 通り魔よ―って言ってた人はどこ行ったんだろね?


「なんとなく大丈夫な気がするし、とりあえず行ってみるよ。殺意とかは感じないし」

「え? ナイフとかトラックとか殺す気満々じゃない?」

「…………」


 そうですね。






 結局、明日屋上に行くかどうかは保留となった。

 いるかどうかわからないし、なんだか神谷さんもついてくるつもりみたいだし。

 さすがに、狙いが僕なら神谷さんを巻き込むのは申し訳ない。

 よし、神谷さんと別れた後に一人で会いに行ってみよう。

 幽霊なら夜のほうが機嫌がよさそうだし。

 それはないか……。


 そんなことを考えている内に神谷さんの家に着いた。

 道場をやっているだけあって敷地はかなり広い。

 年代を感じる立派な日本家屋だ。


「家に着いちゃったけど、鳴海君一人で大丈夫?」


 たぶん、それは帰り道だけではなくて家に着いてからのことも心配してのセリフだろう。

 現在、僕はマンションに一人で暮らしている。

 兄弟はいないし、両親も幼いころに亡くなっているからだ。


「僕は平気だよ」


 まあ、人が多くてもあまり意味はないだろうし。


「そっか……。ホントに気を付けてね。血迷って夜中に一人で学校行ったりしちゃだめだよ?」

「あはは、そんなことしないよ」


 何故わかる……。

 さらに突っ込まれないうちにさっさと別れよう。


「それじゃあまた明日」

「……うん」


 不安そうな様子の神谷さんに見送られながら、僕はその場を後にした。


 心配してくれるのは嬉しいが、逃げるだけなら一人のほうが動きやすい。

 僕には靄が見えるから不意打ちも通用しづらいし。

 まあ、自分から向かうつもりなので関係ないけど。


「――――――るみくん!」

「ん?」


 誰かに呼ばれた気がして後ろを振り向く。

 数十メートルほどの距離を隔てて神谷さんが何か叫んでいた。

 どうやらその場でずっと見送っていてくれたようだ。

 何やら必死な形相で僕の方を指差しながら走って来る。


 いや、あれは地面を指差しているのか?

 そう判断し、下を向いて愕然とした。


「うわ……」


 僕が立っている地面はいつのまにかあのどす黒い靄で覆われていた。

 黒い靄の合間から円を描く光の線が見える。

 円の内側には光の線で謎の文字が書かれていて、マンガで見たことのある魔法陣にを思い出した。


 反射的にその場を飛び退くが、魔法陣は影のように僕を追ってきた。

 そして、次の瞬間僕の視界は暗闇で満たされた。

 最後に、誰かのあげた悲鳴のような声が聞こえた気がした……。

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