プロローグ1
僕の名前は鳴海悠、高校のクラスメイト達からは親しみを込めて霊能探偵と呼ばれている。
勘違いしないで欲しい。
別にいじめられてるわけじゃないんだ。
僕には本当に不思議な力がある。
生き物の周りに正体不明の靄のようなものが見えるのだ。
僕自身にもその靄はあって、自分の靄なら自由自在に動かすことができる。
あまり役には立たないけど……。
ついでに幽霊っぽいものも見えたりする。
数カ月前、同じクラスの女の子が幽霊と一緒に登校してきた。
最初は気にしていなかったんだけど、どうやらその女の子は幽霊にとり憑かれていたらしい。
なんやかんやあって、僕はその幽霊をどうにかした。
どうにかした後、女の子は僕にお礼を言った。
少し恥ずかしげに可愛らしく、ありがとう霊能探偵さん、と。
我ながら中々良いシーンだったと思う。
ドラマとかならそのままエンディングが流れてもいい。
ハッピーエンドだ。
だが、彼女が僕にお礼を言ったのは早朝の教室だった。
教室内にはすでに登校していた生徒もまばらに存在していた。
人数が少なさが災いし、僕たちの会話は他のクラスメイトにも聞こえていたらしい。
僕のあだ名が決まった瞬間だった。
その日、霊能探偵鳴海悠は爆誕した。
……してしまった。
いや、確かに僕は彼女に霊能探偵だと名乗ったことがあるさ。
だけど、それは幽霊関係で精神的に消耗していた彼女に対して言ったお茶目な冗談だ。
本気で言ったわけじゃない。
彼女も僕がそう名乗ったとき笑っていた。
そう、ただの冗談だったのだ。
そして、面と向かってお礼を言うのが気恥ずかしかった彼女が僕の言った冗談を思い出して使った。
それだけの他愛ない霊能探偵発言だった。
しかし、僕のあだ名は愉快なクラスメイト達の間に速攻で広まってしまった。
うちのクラスには何故か個性的な人間が多い。
だからだろうか、うちのクラス内では変わった行動や特殊性癖が判明すればそれがあだ名になるという悪しき風潮が存在した。
それもあってほとんどの人間にはあだ名がついている。
そして、我がクラスにおいて数少ないまともな生徒である僕には正式なあだ名というものは存在しなかった。
そんな折にあったのが件の霊能探偵発言だ。
クラスメイト達の喰いつき様はそれはもう凄まじかった。
その日の放課後には「また明日な、霊能探偵!」「バイバイ、霊能探偵君!」等と声をかけられるようになっていた。
とはいえ、クラスの奴らも別に僕が本当の霊能探偵だと思っているわけではない。
ただのネタだ。
だけど、極稀に僕を本当の霊能探偵だと信じて相談してくる人がいたりする。
ある日の朝、眠い目をこすりつつ学校に辿り着き、上履きに履き替えようと靴箱を開けた僕は中にある一通の手紙に気付いた。
思わず、反射的に扉を閉めた。
ゆっくりと扉に手を掛け、もう一度扉を開く。
その中にあったのはボクの上履きと可愛らしいデザインの小さな封筒。
ふー、一気に目が覚めたぜ。
ドキドキしながら、宛名を確認するために僕はその封筒を裏返した。
『霊能探偵様へ』
……不幸の手紙をもらったような気分だった。
上がったテンションの分だけ鬱になりながらもどうにか教室まで辿り着き、崩れるように席に座った僕は嫌々ながらも手紙の内容を確認した。
差出人は書かれていない。
話があるから放課後一人で屋上に来て欲しい、そういう内容が可愛らしい丸文字で書かれていた。
一見ラブレターっぽい内容だ。
霊能探偵の文字さえなければ……!
「鳴海君おはよー。……どしたの?」
手紙を読みながら悶えていた僕に話しかけてきたのはクラスメイトの神谷由香だ。
何を隠そう、以前幽霊から助けたクラスメイトというのは彼女のことだ。
つまり、僕が霊能探偵と呼ばれるようになった諸悪の根源だ。
「え、なんで睨むの? なにこれ」
無言で神谷さんを見つめた後、僕はラブレター改め不幸の手紙を差し出した。
「わー! ラブレター!? 鳴海君にラブレター!? 一体誰が………………あ、ごめんなさい」
宛名を見て手紙の内容を悟ったのだろう。
すぐに気まずそうな顔で視線をそらし、僕に手紙を返した。
「その手紙どうするの?」
「一応行ってみる」
「私も一緒に行こうか? ほら、助手だし」
神谷さんは霊能探偵への相談が来ると積極的に手伝ってくれる。
あだ名を広める切っ掛けになった責任を感じているのかもしれない。
ちなみに、クラス内での彼女のあだ名は助手だ。
意外だけど、神谷さんは僕とは違ってそのあだ名を気に入っているみたいだ。
「いや、一人で来て欲しいって書いてるからいいよ。もしかしたら後でお願いするかも」
「わかった。なにかあったらメールしてね。お仕事がんばってください!」
そう言って神谷さんが敬礼する。
だが、断じて仕事ではない。
放課後、神谷さんに見送られつつ僕は一人で屋上へと向かった。
屋上へ続く階段を上りながら、僕は手紙の内容について考えていた。
宛名に霊能探偵とわざわざ書かれていた以上、話というのは幽霊関係だろう。
やっぱりあれだろうか。
除霊してほしいとか、そういうお願いだろうか。
正直勘弁してほしい。
僕は幽霊を見ることはできるが、それと対応できるかどうかは別だ。
特に神谷さんに取り憑いていた幽霊はヤバかった。
普通、幽霊って炎吐いたりしないよね?
最終的にはどうにかできたが、正面から戦って勝利したわけじゃない。
あいつら、こっちの攻撃は素通りするくせに向こうの攻撃は当たるとか不条理すぎるだろ……。
しかも、その辺をどうにかしても素の防御力もやたら高かったりする。
……もしかしたら、僕が見ているのは幽霊以外の何かなのかもしれない。
まあ、そんなわけでもう幽霊退治なんてもうやりたくないのだが、霊能探偵というあだ名が広まってしまった僕の元には依頼が持ち込まれてくる。
幸い、今のところはあまり強くない幽霊にしか遭遇してないので解決することができている。
だが、いつかは僕の手には負えない幽霊の相談が持ち込まれるかもしれない。
それを恐れ、僕は戦々恐々としている。
そんなことを考えている内に、僕は屋上に続く扉へとたどり着いてしまった。
うちの学校は屋上への出入りは制限されていない。
春なんかはお昼ご飯を食べるためにわざわざ集まる生徒もいるくらいだ。
なのでカギはかかっていない。
だが、僕はその扉の前で固まってしまった。
「うわぁ……」
思わず声が漏れてしまったがそれも仕方ない。
ぴったりと閉じたドア、ほとんど隙間のないはずのそこからどす黒い靄が漏れ出ていたのだ。
基本的に人間の靄は灰色だ。
たまに他の色の靄を持つ人もいたりするが、基本的には灰色が多い。
だが、幽霊の場合色の濃さに差はあるが、必ず灰色以外の色が付いている。
青、黄、赤、緑が多く、稀に白と黒もあったりする。
そして、靄の色が濃い奴ほど強い傾向にある。
あんな闇そのものの様な靄を持っているやつは見たことがない。
というか、普通は部屋の外まで靄が漏れたりしない。
普通の靄は全身を薄く包むように見える。
あれが幽霊なら確実に僕の手にはあまる。
どうしよう。
絶対に行きたくない。
………………。
……手紙というものは差出人の名前と宛名が正確でないといけない。
故に、差出人の名前すら書いてない手紙に従う必要性はないのではなかろうか。
というか、そもそも僕は霊能探偵じゃない。
「よし、帰ろう」
僕は屋上から引き返し、帰宅することにした。
「あれ、鳴海君?」
校門を出たところで後ろから声をかけられた。
振り返ると神谷さんがいた。
「屋上に行ったんじゃないの?」
神谷さんは小走りに近寄って来ると不思議そうな顔で尋ねてきた。
「なんか危なそうだったから引き返した」
僕は正直に理由を言った。
正式に仕事をしているわけじゃない。
それに、たぶん神谷さんならわかってくれるだろう。
「……そっか。まあ仕方ないよね。無理して鳴海君が怪我するのもおかしいもんね」
「さすがは助手。そう言ってくれると思ってたよ」
「ホントに助手だったらもっと解決しようとしなきゃいけないんだろうけどね……」
僕の言葉に神谷さんは苦笑する。
たぶん、正体不明の依頼人を心配する気持ちがあるのだろう。
神谷さんは優しいね。
その点、僕は全く気にならない。
実際に会っていない以上、存在しないのと大して変わらない。
まあ、流されやすくはあるから敢えて会わずに逃げ帰った部分はあるが。
そのまま神谷さんとともに帰宅する。
彼女の家は僕が一人で住んでいるマンションのすぐ近くにある。
なので、僕が彼女を幽霊から助けてからはよく一緒に帰ったりする。
「危ない!」
マンション近くの交差点で信号待ちをしていた時、神谷さんが突然叫んで道路に飛び出した。
今は車が通っていないが、当然赤信号だ。
何事かと思って彼女向かった先を見ると、道路の真ん中にベビーカー置かれていた。
赤ん坊のようなものが乗っているのが見える。
しかも、彼女が駆け出したとたんに大型トラックが角を曲がってきた。
このまま進めばベビーカーに辿り着いた神谷さんにぶつかってしまう。
「――――――」
僕は神谷さんを追いかけて道路に飛びだした。
そして、彼女に向かって飛びかかると無理やりその場に押し倒した。
「きゃあっ!?」
神谷さんが悲鳴をあげて倒れこみ、折り重なる僕たちのすぐ目の前をトラックが通過していった。
その場にあったベビーカーを轢いて。
「そんな……」
そのままトラックは走り去り、その場には粉々になったベビーカーだけが残された。
一部始終を見ていた神谷さんが僕に押し倒されたまま、青ざめた顔で悲痛そうな声を漏らす。
とりあえず、このまま道路にいると危ないので茫然とした様子の神谷さんの手を引いて歩道に戻った。
「あ、警察に連絡しないと……」
神谷さんが心ここにあらずといった様子でベビーカーの残骸を見ながら呟く。
……どうやらまだ気づいていないようだ。
まあ、赤ん坊らしきものは乗っていたし仕方ないか。
早いとこ真実を教えてあげよう。
「神谷さん、あのベビーカー赤ちゃん乗ってなかったよ」
「え?」
僕の言葉に神谷さんがこちらを振り向く。
ポカンとした顔をしている。
ちょうど信号が青になったので僕はベビーカーの残骸に近づいてあるモノを拾い、戻ってきた。
「はい」
「ひ!? …………あれ、人形?」
僕が差し出したのは、赤ん坊の代わりにベビーカーに乗っていた人形の首だった。