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シドとルーチェは神殿に戻り、客室に向かう。廊下には灯りがともされているが、薄暗い。

神殿の奥に進むにつれて、ルーチェの足取りは軽くなるどころか、次第に重くなった。

胸が苦しくて吐き気がする。ロアストに触れた時に入り込んだ何かがそうさせているのだろうか。

ふらふらと歩くルーチェを見たシドは、心配そうな顔をした。

「おい、ルーチェ?ほんとに大丈夫なのか?おかしいぞ」

体を支えたいのに、ルーチェには触れるなと言われている。どうすることもできずに、シドはルーチェを見つめるしかない。それがとても歯痒かった。

ゆっくりと歩いていた二人だが、遂にルーチェは歩けなくなり、壁にもたれて座り込んだ。息は荒く、苦しそうに喘いでいる。

「ルーチェ」

呼び掛けるが、返事はない。シドはしばらくルーチェの様子を見ていたが、不意に、経験したことのある嫌な臭いがした。

「…血の臭いがする」

聖域である神殿に、血の臭いなどするはずがない。何かまずい状況が起きている予感がした。

「………血?」

きつく閉じていたルーチェの目がうっすらと開かれ、視線がシドを捕らえる。

「あぁ。…祭壇の方らしい」

「…ごめん…。連れてって…」

そう言って腕を伸ばされ、シドは若干戸惑う。

「でも、あんた、ダメだって…」

「今なら…大…丈夫…」

その言葉に疑問を感じるが、今は聞いてる場合ではない。

シドはルーチェの腕を掴み立ち上がらせると、どうしたものかと迷う。シドとルーチェの身長差で肩を組むのは無理がある。支えながら歩くこともできるが、それでは時間がかかってしまう。

「シド…早く…」

「…わかった。じっとしてろ」

結局、シドは右腕をルーチェの膝裏に入れ、左腕を背中に回した。いわゆるお姫様抱っこだ。

ルーチェに触れても、前に感じた違和感はしなかった。

そうして持ち上げたルーチェの軽さにシドは驚く。自分の腕の中で辛そうにしているルーチェは、シドが守らなくてはいけない存在であることを思い出させる。

「走るぞ」

ルーチェが頷いたのを確認し、シドは祭壇部屋へ走り出す。

シドにとってルーチェ一人を抱えて走ることは造作もないことだったが、なぜか言い様のない不安が募った。


祭壇部屋に着くと、血の臭いは一層濃くなった。

「…おかしいな。灯りがついていない…」

シドはルーチェを降ろし呟く。

廊下には灯りがついていたにも関わらず、祭壇部屋は静かな闇に包まれている。人のいる気配はしない。血の臭いをたどり、ルーチェを支えながら歩く。

広い祭壇部屋の中央まで来たときだった。暗闇に慣れてきたシドの目に、何かが写った。

「…っ!?」

そこには、人が倒れていた。

「ルーチェ。悪いが、灯りをつけられるか?」

ルーチェに尋ねると、ルーチェはこくりと頷き、部屋の松明に向かって手を伸ばす。一番端の松明から順に手を動かせば、誰も触れていない松明が順に火を灯した。

部屋が明るくなるにつれて、目の前に倒れている人間の姿が写し出された。

その人物を見て、ルーチェは凍りつき、シドは声を上げた。

「神官長!?」

そこに倒れていたのは、神官長のソルバだった。大量の血を流していて、動く気配はない。

「まずい!」

慌てて駆け寄り、確かめる。幸運にも、微かではあるが息をしていた。しかし、危ない状況であることに違いはない。どうやら腹部を短剣か何かで刺されたようだ。理由はわからないが、とりあえず命を繋ぎ止めなくてはならない。

「ルーチェ!」

シドはルーチェの名を呼んだ。だが、ルーチェは動かない。怯えたように立ち尽くしている。

「ルーチェ!」

「む…無理…っ…」

「は!?」

この状況で、一体ルーチェが何を言い出したのか、シドには理解できなかった。

「どういうことだ!」

「だって…こんな大きな怪我、治したことない!上手く力をコントロールできるかわからない!もし、もしできなかったら…!」

死なせてしまうかも。ルーチェは最後まで言わなかったが、シドにも言いたいことは伝わった。

シドはソルバから離れ、ルーチェの両肩を押さえた。ルーチェはビクリと体を震わせる。

「しっかりしろ、ルーチェ。今神官長を助けられるのはあんたしかいないんだ。いいか、落ち着け。あんたならできる。もしもの時は俺がなんとかするから」

本当にルーチェの力が暴走したらシドが止めることなどできない。しかし、シドはルーチェを安心させるために断言した。

ルーチェは俯いて服の下にある紋章を握り締めていたが、深呼吸をし、シドを見た。その瞳が静かな光を宿していることにシドは気付いた。黒いはずの瞳が今は深い藍色に見える。いや、今までルーチェの瞳をしっかりと見たことなどなかった。シドが黒色だと勝手に思っていただけだ。そして、その瞳の色はとても綺麗な色だった。

そんな、今は関係のないことを考えている間に、ルーチェはソルバに向かって歩みを進めた。


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