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「…それで、お酒が重要なのはわかったけど、どうやってお酒を賄賂にするの?」
「……ん?」
再び飛躍したルーチェの問いに、シドは首を捻る。
「…順を追って話してくれ」
「順?」
どうやら飛躍したことにすら気付いていないらしい。シドは呆れて溜息を吐いた。
「どうして、酒が賄賂にならないと思うんだ」
「賄賂って不当な目的で他人にお金や物を渡すことでしょ?」
「あぁ」
「だから、どうするのかなって」
説明になっていない説明に、シドは黙り込む。考えているのだ。
「…………つまり?」
結局わからず、尋ねる。これではいつもと立場が逆だ。
しかし、シドが教えるのはルーチェの知らないことで、考え方ではない。得た知識で思考を巡らせるのはルーチェだ。だから、シドがルーチェの思考回路に付いていけないのは、ある意味仕方がないことなのかもしれない。
だが、面白くないのも事実だ。
「えーっと…。何の目的でお酒を賄賂にするのかなって。お金なら色々わからなくもないけど、わざわざお酒なんでしょ?普通、お酒貰っても、はいありがとうございます。で、終わりそうな気がするんだけど…」
「あぁ、なるほど…」
ようやく合点が行く。
「どうして酒で儲けた金じゃなくて、わざわざ酒を渡すのかってことだな」
「そうよ。…私、そんなにわかりにくかった?」
「かなりな」
酒を飲もうとして、既にコップが空になっていることに気付く。追加しようとするとルーチェに睨まれた。
「まだ飲むの?」
「まだ二杯だろ」
「そう言ってすぐ二日酔いになるのは誰よ?」
「うるさい」
シドは別に酒に弱い訳ではない。ただ、どんどんと飲むので、最終的には飲み過ぎるのだ。
「何であなたはそう自制が効かないの?ここに来る前だって、一気に四人も…」
呆れたような言い方に、シドはムッとした。
「何だよそれ。あんただって何も言わなかっただろ?」
「人は必ず死ぬ。それは確かよ。でも、殺していい命があるとは言ってないわ」
「あんたの理屈は矛盾してる」
シドが珍しく不機嫌な顔になる。そして、酒を頼んだ。
「どこが?矛盾なんてしてない」
ルーチェはシチューを食べる手を止め、溜息を吐く。そんな仕草に苛ついて、シドは何も考えずに言い返した。
「自制が効かないのはあんただって同じだろ」
シチューを口に運ぼうとして、ルーチェの反応がないことに気付いた。不審に思い、顔を上げる。ルーチェははっきりと傷付いた顔をしていた。それは、シドが初めて見る表情だった。
「……一緒にしないで」
そんな表情をしたことを後悔するように、シドから目を逸らし、シチューを食べる。
シドも素直に謝れず、再開した食事は無言のまま終わった。
会話のないまま店を出て、シドとルーチェは神殿に戻る道を歩く。もう陽は沈んでいるが、大通りはまだ多くの人で賑わっていた。
ルーチェは賑わう町をキョロキョロと見回す。こんなに賑やかな町は久しぶりだ。そうやって、シドの言葉をできる限り気にしないように、周りに意識を向ける。そうしなければ、頭の中で何度も繰り返し発せられてしまう。
『自制が効かないのはあんただって同じだろ』
シドはただ単に言い返しただけのつもりだろう。しかし、その言葉は、ルーチェの胸に鋭い痛みを残した。
自制の問題ではないのだ。自制とは、効かせようと意識してできるもので、無意識とは違う。
ルーチェの場合、"神の力"は無意識に現れる。小さなかすり傷や切り傷を治したり、動物と会話することは事実として大したことではない。
幼い頃から、母親にその程度の使い方は叩き込まれていた。同じ"神の力"を持つ母親はいつも言っていた。
「あなたの力は、とても危険な力よ。でもね、だからこそ、人を助けられる力でありなさい」
ルーチェは母親の言葉に納得し、守ってきた。懸命に練習を繰り返したおかげか、人を傷付けたことは今まで一度もない。
だが、ルーチェの努力も虚しく、時たま力が暴走しかけることがあった。何の前触れもなく、急に天気が雨から晴れに変わったかと思えば、土砂降りの雨が降ったり、季節外れの大雪が降ったりする。
それは決まって、ルーチェが怒りを覚えたときだ。日常の小さな苛立ちから、大きな苛立ちまで、自分の感情が激しくなるのと比例するように、力が働くのだ。
聞けば、母親自身はそのようなことはないと言った。いわゆる、先祖返りというものらしい。
ルーチェの力は、数百年に一人と言われるほどに巨大だった。
いつの頃からか、ルーチェは感情を制御するようになった。結果、力の暴走は激減した。それが確か七つになるかならないかぐらいの年齢だったので、ルーチェは、自分でも呆れるほどに大人びてしまったと思う。