5
「おや、お出掛けですか?」
シドとルーチェが神殿の廊下を歩いていると、神官長であるソルバに会った。
「えぇ。少し散策をしようかと」
ルーチェが笑顔で答えた。その笑顔には若干の疲れが見える。
「大丈夫ですか?お疲れのように見えますが…。長旅だったのでしょうか」
ソルバは、勝手に旅の疲れだと思ったらしい。それが当然だろう。"神の力"が暴走しかけて大変だった。などと聞いて誰が信じるだろうか。そもそも、ソルバが"神の力"を本当の意味で信じているかどうかさえわからない。
「お気遣い、ありがとうございます。私は元気ですよ」
ルーチェが言うと、ソルバは安心したように微笑んだ。
「直に暗くなります。お気をつけて下さい」
「心配、ありがとうございます」
ルーチェが答え、ソルバは深々と一礼をし、去ろうとする。すると、ソルバに声を掛ける者がいた。
「神官長」
「…おや、シュグム君。どうかしましたか?」
シュグムと呼ばれた神官は、見た目からしてソルバよりも若く、三十代程に見えた。
「来客がいらして……うん?」
その場に立つ、シドとルーチェに気付いたシュグムが顔をしかめ、ソルバに尋ねる。
「この者達は?」
「真都からいらした、ルーチェ様ですよ」
「…どちら様で?」
「巫女姫様です」
ソルバの言葉にルーチェの顔が僅かにしかめられたが、既に外套を被っていたので、二人の神官は気が付かなかった。
「真都の…巫女姫?」
シュグムはルーチェを上から下まで眺め、ちらりとシドを見る。その表情はどう見ても、胡散臭そうだと言っている。
「神官長。このような正体のわからぬ小娘を神殿に入れるなど…」
「シュグム君」
文句を言い出したシュグムに、ソルバがやんわりと、しかし威圧のある声で言う。
「初めてお会いした方に、そのような態度ではいけませんよ。神官たる者、人を信じる心を持つべきです。頭から疑って掛かっては、相手に失礼ですから」
「……すみません」
シュグムは謝るが、それはルーチェにではなく、ソルバにだ。ソルバは困った顔をしてルーチェに頭を下げた。
「ご無礼をお許しください。まだ神官に成り立ての者でして…」
ルーチェはシドを窺い、シドが頷いたのを見てから、フードを外した。それから微笑む。
「とんでもありません。彼の言う通り、疑われても証明するものがありませんしね」
ルーチェの黒髪を見たシュグムはやや驚いた様子を見せたが、それよりも、ルーチェの態度の上品さに驚いたようだ。
「いえ…。確かに頭から疑うのはよくありませんでした。以後、気を付けます」
「お心遣い、感謝します」
一応の和解が成立したところで、ルーチェはフードを被り直し、ソルバの方を向く。
「それより、お客様がいらしていたのではありませんか?」
「あっ、そうです。神官長」
ルーチェの問いに、ソルバではなくシュグムが答えた。
「どなたですか?」
「ロアスト殿です」
「またですか…」
ソルバが顔をしかめる。何か事情があるらしいが、それはルーチェ逹の関わるところではない。
「お客様をお待たせしては悪いですね。では、私共はこれで」
ルーチェは二人の神官に一礼し、シドもそれに倣った。そしてそのまま歩いていった。
神殿を出て、大通りを歩く。ルーチェがシドに尋ねた。
「ロアストって誰?」
二人の歩みはいつもよりゆっくりになっている。"神の力"のせいで疲れていた上に、演技までさせられたルーチェをシドが気遣っているからだ。
ルーチェの問いに、シドは少し悩みながら答える。
「簡単に言うなら、スピカの領主だ。ここ一帯を国からの命令で統治している役人さ」
「ソルバさん、嫌そうだった」
「まぁ…そうだろうな」
「どうして?」
首を傾げたルーチェを見て、シドは小さく笑った。
「…何よ」
「あんたは、俺に質問してくるときが一番年相応の顔してるな」
「馬鹿にしてる?」
「してねぇよ。今いくつだっけ」
「……十三」
訝しげにルーチェが言い、シドは再び笑う。ルーチェがしつこく笑う理由を聞いてきたが、結局答えなかった。
次回から一週間おきになります。
毎週土曜日九時にて更新。
もしかしたら、不定期に更新あるかも。もしかしたら。