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「神官長のソルバです。この度は私共の神殿にお越しいただき、感謝の極みにございます」

優しそうな初老の男性は、そう言ってシドとルーチェ、主にルーチェに向かって頭を下げた。

神殿の入口で、ルーチェが首に下げて隠し持っていた、"神の子"を印す金でできた紋章を見せると、見張りをしていた兵逹が血相を変えて神官長を呼んだ。

そのまま一番奥の部屋に通され、現れた神官長に深々と頭を下げられているのが、今の状況だ。

「顔を上げてください。何も説教をしに来た訳ではないのです。そんなにかしこまられては、私が困ってしまいます」

ルーチェは上品な仕草でソルバの肩に触れ、顔を上げさせる。その顔には、全てを受け入れるかのような、穏やかな笑みが浮かんでいる。ソルバは感動で言葉をなくし、何度も頷いた。

「これは失礼いたしました。それで…どのようなご用件でスピカにいらっしゃったのでしょうか?」

尋ねたソルバに、ルーチェはやはり上品な笑顔で答える。

「真都にいるだけでは、世間を知ることができません。旅をして、様々なことを体験し、皆様の幸せを願うのです」

真都とは、ルーチェが生まれ育ったところだ。神への信仰心が最も強いとされる巨大都市である。

ソルバは納得したように頷いた。

「それはそれは…。では、お部屋をご用意致しましょう」

「ありがとうございます」

二人はソルバに連れられ、更に奥にある客室に着いた。綺麗に整えられた客室は、豪華ではなくとも清潔だった。

「何かご用がありましたら、何なりとお申し付けください」

ソルバが言い、ルーチェは柔らかに微笑む。

「いえ、お気になさらず。皆様の時間のお邪魔をしてしまっては悪いので」

神殿は色々と忙しい。信者がひっきりなしに集まるからだ。慌ただしい日々に、ルーチェへの気遣いまで付け加えるのは、精神的にも辛いだろう。

「お気遣い、痛み入ります」

再び、ソルバは深々と頭を下げると、客室を出ていった。

「…もう…限界っ…」

震える声で言ったのは、神殿に入ってから一度も口を聞いていなかったシドだ。しゃがみ込み、口元を押さえている。

シドは決して気分が悪くなったわけではない。…笑っているのだ。

「あはははっ!はっ…苦しい…!いやもう、我慢すんの大変…っ!笑えて笑えて!はははっ!」

「何よ。そんなに笑うことないじゃない。これでも立ち位置は"神の子"なんだから」

ルーチェが嫌そうに溜息を吐く。

「そんなことより、これからどうするの?」

「どうするも何も、あんたの自由だよ。なんせ俺は…」

言いながらシドは立ち上がり、どっかりとベッドに腰を下ろした。

「あんたの付き人だからな」

「一体いつからそんな役目になったのよ」

ルーチェが呆れた目を向ける。シドはどこか楽しそうに笑った。

「あのソルバっていう神官からしたら、俺はお姫様の付き人だろ」

「……シド」

嫌悪を含んだルーチェの声に、シドは肩をすくめた。

「悪かったよ。じゃ、約束通り、何か食いに行くか」

「ねぇ、シド」

呼び掛けたルーチェに違和感を感じてシドはルーチェを見上げる。

シドの前に立ったルーチェは、ひどく冷たい表情をしていた。その表情から、怒らせ過ぎたかとシドは思う。

「…ルーチェ」

「あなたが私の力をどう言おうと構わない。でも、私を縛るその言葉は、二度と言わないと決めたはず。忘れたの?」

ルーチェの黒髪が風になびく。窓は開いておらず、もちろん、部屋の中に隙間などない。風はルーチェから溢れ出るように吹いている。その風はシドを囲み、身動きを取れなくする。呼吸がしにくくなり、シドは思わず喉を押さえていた。

神の力。それはルーチェが意識して操っているものではない。操ろうと思えばできるのかもしれないが、ルーチェは自らの意思で力を使うことを好まない。

それゆえに、力は感情で動く。

怒りの感情を持ったルーチェは、無意識に力を使う。それを止める術を、シドはまだ知らない。

ルーチェと出会ってから、シドはここまで強く"神の力"を感じさせられたことはなかった。それだけ、シドがルーチェに言った「お姫様」という言葉は、ルーチェにとって捨て去りたい過去なのだ。

吹き荒れる風が、戸や窓を揺らしてシドの周りの空気を奪っていくようだ。シドは苦しくなり、切れ切れに声を出す。

「ル……チェ…」

「答えて、シド」

ルーチェの声は冷たい。ルーチェはまだ子供だ。感情のままに力を使い、飲まれそうになる。シドは正直、それが恐ろしかった。

「わかっ…た。もう…言わねぇ」

シドがはっきりとそう言うと、風は収まり、呼吸ができるようになった。と、シドが安心した瞬間、今までより強い風が吹いた。

大きく戸や窓が揺れ、シドも風圧に負けて壁へ押し付けられる。

ルーチェを見ると、ルーチェは怯えていた。紋章が下げてあるはずの胸元を押さえ、立ち尽くしている。力が抑えきれずに、暴走しかけているようだ。シドは焦って、その名を呼ぶ。

「ルーチェ!」

「シド…」

ルーチェが大きく息を吐く。何かを祈るように目を閉じた。すると、強かった風が徐々に弱まり、やがて消えた。

力を使い、疲れたのか、ルーチェはその場に座り込んだ。

「大丈夫か…?」

ルーチェの呼吸が荒い。過呼吸と呼べる勢いだ。シドがベッドから降り、ルーチェに近付く。肩に触れようとして、少し前に触れるなと言われたことを思い出した。

「ルーチェ」

呼び掛けるが、ルーチェは答えることができない。

シドはそっとルーチェの背に触れる。ルーチェはぴくっと震え、拒否するようにシドの胸を片手で押した。

その瞬間、シドは寒気を覚えた。得体の知れない何かが体の中に流れ込むような感覚がしたのだ。異様な感覚に恐怖を感じ、ルーチェの背から手を離す。

「ふれ…な…いで…」

ルーチェはようやくそれだけを言うと、それから呼吸が整うまで、何も言うことはなかった。

私、人に触られるのって苦手なんです。

あ!ルーチェはそういうことじゃないですよ!

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