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シドとルーチェが、目的地としていた町に到着したのは、日も暮れ始めた頃だった。

「スピカ…?」

「この町の名前だ」

「言いにくいね」

ルーチェが言い、スピカスピカ…と繰り返している。その様子が面白くてシドは小さく笑った。

スピカは、グラディール王国の最も西にある町だ。国は普通、王都から離れるほど寂れたり、貧しくなる。しかし、スピカはかなり豊かに見える。

「なぜかわかるか?」

シドがルーチェに問う。二人は整備された大通りを歩いていた。連れてきた四頭の馬は、城壁近くの馬屋に売り、しかもかなり良い値で売れたので、シドが喜んだ。

大通りは人や馬車が多く通っている。念のため、フード付きの外套を着て顔を隠していた。

シドの問いにルーチェは考える素振りを見せる。

「んー…王都との繋がりがあるから…とか?」

「うん、良い線だ。それで?」

ルーチェが眉間にしわを寄せ、真剣な顔をして考える。そんな表情はまだ幼さを感じさせる。

「…ヒントは?」

「町の名前」

シドが即答すると、ルーチェはむっとシドを睨んだ。

「聞くのをわかってたみたいね」

「わかってたからな」

澄まして言えば、ルーチェがシドの腹を殴った。軽くなので痛くはないが、ルーチェは妙なところで子供っぽい。

「怒んなよ。ヒントあげただろ」

「もうっ」

「ほら、町の名前は?」

「……スピカ」

渋々とルーチェが答える。

「意味は?」

「星の名前。乙女座」

「他には?」

ルーチェが黙る。考えているようだ。恐らく、何百という数の本の内容が彼女の頭中を駆け巡っているのだろう。ルーチェの過去を少し知っているシドはそう思った。

しばらく考え込んでいたルーチェは、はっと顔を上げた。思い付いたのだ。だが、考え込んでいたために、前から歩いてくる人に気が付かなかった。

「ルーチェ」

「…っわ!?」

シドに腕を引かれ、すんでのところで人を避けると、慌てたようにシドの手を振り払った。

「…どうした?」

振り払われたシドが怪訝な顔をする。ルーチェはいつもより険しい表情をしていた。

「私に触れてはダメ」

「……わかった。悪かった」

"神の子"であるルーチェがはっきりと禁止したのだ。何か理由があるに違いない。だから、シドは深く追及しなかった。その代わりに、話題を戻してやる。

「何かわかったのか?」

気遣われたのがわかったらしい。ルーチェは何ともいえない複雑そうな顔をした。それでも、その気遣いに乗る。

「スピカの意味。確か、ラナ語に"麦の穂"という意味があったわ」

「おっ、それで?」

「ここ、麦の生産地なのね。国全体の、とまではいかないかもしれないけど、大部分を賄ってる。だから、王都との繋がりができて豊かになるの」

どう?とルーチェはシドを見上げた。シドが笑って頷く。

「正確だ。でも、もう一つ理由がある」

「もう一つ?」

「それはな…こいつだ」

シドが立ち止まり、目の前の建物を見上げた。町で唯一の石造りの立派な建物。見れば誰もがわかる紋章を付けたその建物は、

「神殿…」

ルーチェが呟いた。その顔に表情はない。あるとすれば、拒絶。

「スピカはアストライアっていう正義の女神を祀ってるんだとさ。それで、信者が集まる」

シドの説明も聞いているかどうか定かではない。じっと睨み付けるように紋章を見ている。

シドは小さく溜息を吐いた。

「じゃ、入るぞ」

「うん……って、え!?入る!?」

「あぁ、あんたのその、」

シドがルーチェの胸元を指差す。ルーチェは反射で指差された胸元に手を当てた。シドはにやりと意地悪く笑った。

「そいつさえあれば、寝床をタダで確保できるからな」

「……知ってたの」

ざわり、と風が強くなる。穏やかな暖かい日であるにも関わらず、冷たい冬のような風が吹く。

「あぁ、知ってた」

急な天候の変化を少しも意に介さず、シドは言った。

「あんたは、俺が誰なのか忘れてないか?」

シドがゆったりと不敵に笑う。対するルーチェの表情は険しい。

「俺は"シド"だ」

それから、少し困ったように肩をすくめた。

「だから、怒んな。後で旨いもん食わせてやるから」

「あなたは本当に信用ならない」

「今更だろ?」

ぽんとルーチェの頭を軽く叩き、シドは神殿に向かう。シドには見えなかったが、ルーチェは一瞬、怯えた表情をした。

「…触るなって言ったのに…」

高く鳴る心臓にそっと手を当て、何度も深呼吸をする。そうしていると、やがて風は止んだ。

自由に天気が操れたら嬉しいかもしれませんねぇ。

ちなみにルーチェの力は魔法とは少し違います。物を浮かしたりとか、いわゆるビーム的なことはできません。神様からもらった力なので、あくまで自然に則したことしかできません。

誰も気にしないとは思いますが、念のため…。

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