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シドは荷物の中から短剣を取り出し、鞘から抜いた。普段は外套の中に隠し持っているものだが、今は室内なので外してあったのだ。

それからシドは短剣を右手で持ち、左腕の袖を器用に捲る。

「ちょっ…ちょっと待って!」

シドの意図を察したルーチェが慌てた様子でシドから短剣を取ろうとするが、ルーチェにあっさりと取られるようなシドではない。ひょいひょいと避けながらルーチェをいなす。

「何だよ、これで一発だろ?」

「ふざけないで!自分から怪我する人なんていないわよ!」

「ここにいるって。いいじゃねぇか、どうせ治すんだし」

「そういう問題じゃない!」

目を丸くしているソルバを置いたまま、部屋の中をシドは楽しそうに逃げ回る。

「治さないわよ、そんな傷!」

「じゃあ、悪くしろよ」

「何言ってるの!?」

「要は力が見せられればいいわけだからな。どっちでもいい」

「意味がわからない!」

シドが短剣をルーチェの届かない高さまで上げる。そのまま伸ばしたルーチェの手を、短剣を持っていない方の手で掴み、

「わっ!?」

体が回転したかと思うと、ルーチェはベッドに尻餅をついていた。

「あんたに俺を捕まえるのはまだまだ無理だな」

そう言って、シドはニヤニヤしながらルーチェを見下ろした。

「…もうっ。勝手にすれば…」

すっかり機嫌を損ねたルーチェはそっぽを向く。その表情はひどく陰っていて、不安げだ。

シドは小さく笑い、ルーチェの頭を軽く叩いた。

「…とまぁ、今はこれで構いませんか?」

袖を元に戻し、完全に放置していたソルバに顔を向けると、ソルバはやはり穏やかに笑っていた。

「はい。今のが演技だとは思えませんしね」

そう言ってルーチェを見る。

「嫌な気持ちにさせてしまい、申し訳ありません。ルーチェ様」

「様なんて付けないでください」

ルーチェは立ち上がり、ソルバの方を向いた。

「私は、様を付けられるような人間じゃありません」

「いいえ」

はっきりと否定され、予想外の返答にルーチェは戸惑った。ソルバはベッドから降りてルーチェの前に立つ。傷は完全に治してあるので、動いても問題はない。

「あなたは、間違いなく巫女姫様です」

「どうして…そんなことが言えるの。私は、姫なんかじゃない」

敬語を付けることも忘れ、ルーチェは責めるようにソルバを見上げる。シドが姫と呼ぶならば、怒ることができる。止めろと叫ぶこともできる。しかし、アストライアやソルバに怒ることも叫ぶこともできない。呼ぶなと懇願するしかない。

「長年、神に仕えているからでしょうか。感じるのです。あなたは普通の人とは違う、とても清らかなオーラに包まれていると」

ソルバはルーチェから目を反らすことなく微笑む。

「姫様と、ルーチェ様と呼ばせてください。あなたは私達の光のようなのです」

「光…」

また"光"だ。どうして自分なのだろう。どうして他の、もっと心の綺麗な人ではないのだろう。

いっそ、どこかの神殿の修道女だったらいいのだ。彼女達は神に仕え、人々の幸せを願う。その姿はこの上なく"神の子"にふさわしい。少なくとも自分よりは遥かに。

しかし、結局彼らはルーチェを姫と呼ぶ。ルーチェはどうすればいいのかわからなかった。

「光、なぁ…」

不意にシドが笑いを含んだ声で呟いた。ルーチェはソルバから目を離し、シドに体を向ける。

「何よ」

「あんたの名前、そのまんまだなと思ってさ」

「…うるさい」

ルーチェは顔を盛大にしかめ、不機嫌な顔になった。実は、ルーチェの名前には意味があった。

この大陸では神の存在が信じられている。神に未来を尋ね、神に許しを乞う。そこで、神と会話するための言葉が生まれた。

それがナイヒ語だ。ナイヒは神という意味を持っている。そのナイヒ語で、ルーチェは"光"という意味だ。そして、ナイヒ語の名を持てる人間は決まっている。

「あんたは"神の子"だからな。ナイヒ語なのは当然だろ」

からかう口調のシドをルーチェは睨み付ける。

「あなたに意味を教えたのは間違いだったわ」

「まぁまぁ。いいじゃんか。名前にそぐうような人間なんてそうそういねぇんだからさ」

さらりと言われた言葉に、ルーチェは何も言えなくなった。

シドは、ルーチェにあまり背負うなと言いたかったのだろう。

名にそぐう人間でなくていい。

それは当たり前のことだ。

だが、当たり前のことを当たり前として受け止めてもらえないのがルーチェだ。そんなルーチェを、シドは気遣ったのだろう。

「そうね」

ルーチェもシドを見ずにさらりと返す。そんなことを気付かせようとするシドではないし、気付いて礼を言うルーチェでもない。

ただ、そういった背中合わせの感覚が心地よく、ルーチェの捻た気持ちは少しだけ落ち着いた。


背中合わせって、なんか青春っぽい!

と思った関内です。

ちなみに、この「光の旅路」。読んでもらっている友人には「るーたび」と呼ばれています。光=ルーチェなので。「ひかちゅう」と呼ぶ人も約一名。どこをどうやったらそうなるのか。

彼女は出会った頃からから謎です。

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