13
翌日の朝になっても、ソルバは目を覚まさなかった。
「しっかし、一体誰に刺されたんだろうな、神官長は」
窓枠に腰掛けたシドが訝しげに言った。その顔には若干の疲れが見える。昨夜、客室にはベッドが二つしかなく、一つはソルバを寝かせていたため、結局シドが椅子で寝たのだ。横になれなかったためか、熟睡できなかったらしい。
「神官の中か?」
「仮にも神に仕えてる人間よ。わざわざ神殿を血で汚すとは思えないけど…」
ルーチェがシドに言う。
「じゃあ、誰だ?」
「ソルバさんに恨みを持つ人」
「そんな人には見えないな」
「そうね。同感」
ソルバは穏やかで、物腰の柔らかい人間だ。神官として芯の通ったところがあり、人の恨みを買うとは思えない。
ルーチェは窓際の椅子に座り、考える素振りを見せた。
「外の人間?でも…そうやすやすと神殿に入ることなんて…」
基本的に、神殿は神官と許された者しか入ることはできない。二人が神殿へ入れたのも、ルーチェが"神の子"である故だ。
「誰か…ソルバさんに恨みがあって、神殿に入れる人間は…」
「恨みとは限らない」
シドが口を挟む。
「神官長が死ぬことで、何かしらの利益が生まれるからという可能性もあるぞ」
「利益?例えば?」
「わかったら苦労しねぇよ」
しばらく二人は可能性ばかりの意見を挙げ続けた。こうして、何かについて議論を交わすことはよくあった。大抵、旅の途中の暇潰しだが、結論を出すことはあまりない。それは、結論の必要性が感じられない議題ばかりだったという理由からだが。
「あーくそ。わかんねぇな」
腕を組み、天井を仰いだシドがお手上げといった風に唸った。
それからルーチェの方を向く。
「ところで、ルーチェ」
「何?」
未だ思考を巡らせていたらしいルーチェは、顔を上げないまま答えた。
「どこまで関わるつもりだ?」
シドの問い掛けに、ルーチェはゆっくりと顔を上げ、シドを見た。
「俺らがこの事件に関わる利点はない。もし想像以上に事が大きくなったら、あんたの存在がバレやすくなる上に、命の危険がないとは言い切れない。現に神官長は刺されてる」
シドの意見をじっと聞いていたルーチェは、シドを見つめたまま、静かに尋ねた。
「決定権は私?」
「あぁ」
シドが即答する。ルーチェは一瞬だけ嬉しそうな顔をした。
「なら、最後まで関わる」
「理由は?」
「私が知りたいからよ。どうしてこんなことが起こったのか」
ルーチェは思ったことを言っただけなのだが、シドはどこか面白そうに笑った。
「…何よ」
「いや?神官長を助けたいとか言わない辺り、あんたらしいなと」
「それこそ利点がないわ」
答えると、シドはやはり面白そうに小さく笑う。
「俺は、あんたが"いい子"じゃないから良かったのかもな」
「どういう意味?」
ルーチェが顔をしかめて尋ねてきたが、答えなかった。気持ちを素直に伝えるなんて、柄にもないことだ。しようとは思わない。
「………う…っ…」
部屋の奥の寝室から、小さな呻き声と、人の動く気配がした。
ルーチェが物も言わずに立ち上がり、寝室へ小走りで向かった。口には出さないが、どうやらかなり心配していたらしい。
ルーチェは、一般的な"いい子"ではないが、間違いなくいい子だ。それを言えば、本人は不本意な顔をするに違いないが。
そんなところが、シドには微笑ましかった。
シドが寝室へ行くと、ソルバは起き上がり、ルーチェに注いでもらったらしい水を飲んでいた。
「大丈夫ですか?」
「えぇ…。しかし、これは一体…どういうことでしょう」
「どういうこと、とは?」
わざとはぐらかしたシドを、ソルバは静かな眼差しで見つめる。
「私は何者かに襲われました。その時、致命傷とも言えるほどの傷を負い、意識が薄れていく中で死を覚悟しました」
語るソルバの目には、何にも誤魔化されまいという強い光が宿っていた。
「しかし、私は今生きています。傷もなぜか綺麗に治って…いや、なくなっています。これは、一体どういうことなのか、ご説明願えますか?」
シドはゆっくりと首を横に振り、微笑んだ。
「申し訳ありませんでした」
「いえ、お構いなく」
穏やかに答えるソルバは、シドがソルバを試したことに気付いていたのだろう。
「ルーチェ」
「え、どうするの?」
きょとんとしてルーチェが聞き返す。もうソルバの前で演技をするつもりはないらしい。
「力を見せられるか?」
「どうやって?」
「そうだな…」
ルーチェの力を見せるのに、一番手っ取り早い方法を考える。そして思い付いた。