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吹き始めた風が、硝子張りの窓を揺らす。沈みゆく夕陽は、辺りを橙色に染め、その姿は幻想的だ。
そして、その橙色の中にいた彼は彼女に手を差し出し言った。
「共に来い。世界を教えてやる」
荒野に高くそびえ連なるマファナ山脈。岩肌に囲まれたこの山脈は、草木がほとんど生えず、生き物も少ない。もちろん住む人など全くと言っていいほどいない。
その荒れた大地を歩く、人間の姿があった。数は二人。
「おい、ルーチェ」
低い声が名を呼んだ。男性の声と言うには、まだ低さの足りない青年の声だ。
「何?シド」
名を呼ばれた方が答える。その声は青年より高い、女性の声で、柔らかな響きのある耳障りのいい不思議な声だった。
「人が来る」
「…どうしろっていうのよ」
ルーチェの声が柔らかな響きのまま、不機嫌になった。黒い瞳で背の高いシドを見上げるその顔は、声の大人っぽさから想像するよりも幼い。
「隠れればいいだろ」
「一体どこに?」
ルーチェが更に不機嫌になる。
岩だらけのこの場所に、隠れられる場所などない。
「ったく…。仕方ねぇな…」
「仕方ないって、シドがこの道は人が来ないから行こうって言ったんだけど」
「本当に来ないんだよ、普通は」
シドがそう答え、外套の中で腰に挿してある長剣に触れた。その髪と瞳は同じ青色だ。
「私がやろうか?」
ルーチェが尋ねるが、シドは首を横に振った。
「むやみに使うな」
「あなたの服が血まみれになる」
「そんなにまみれねぇよ」
シドが端正な顔をしかめる。
「あんたの方がよっぽど残酷だ」
「失礼ね」
端から聞けば、物騒な会話を交わしているが、見たところルーチェは武器らしき物を持っているようには見えない。
ルーチェは自分の両手を見つめ、ぽつりと漏らす。
「無意識よ、ほとんど」
そう言った直後、不意に辺りが騒がしくなった。馬の足音だ。方向は後ろから。
「下がってろ」
「わかってる」
ルーチェはシドから数歩離れ、足音が近付くのを待った。
数分後、彼らは現れた。
「おやおや、まさか待たれているとはね」
馬の数は六、人間も六だった。
先頭の男が不敵に笑い、言う。
「前の町で聞いた噂は本当だな」
「あいつが"神の子"なのか?」
別の男が先頭の男に尋ねる。その視線の先にはルーチェがいた。
「……大したことないな」
ルーチェの表情が凍りついた。シドは内心ひやりとしたが、表情には出さず、動かない。
「だが、あの黒髪は珍しい」
「しかし、あいつは本当に"神の子"なのか?」
男逹の誰かが言ったあと、今までは見事に晴れ渡っていて、雲一つなかったはずの空が陰り始めた。冷たい風が吹き、風が岩に当たる不快な音が響く。
「な、何だ?」
男逹が突然の変化に戸惑いを見せる。シドは顔をしかめ、後ろを向いた。
「やめろ、ルーチェ」
「っえ!?」
シドが声を掛けると、無表情で立っていたルーチェが驚いた表情に変わる。その途端、空を覆っていた黒い雲がかき消えた。
「何だ…今のは…」
男逹は口々に言い、不安気な様子になる。しかし、先頭の男だけは不敵な笑みを崩さなかった。
「なるほど…。これが神の力か」
「そうさ。で、どうする?」
シドがにやりとし、先頭の男よりも不敵に笑う。
「決まってるさ。連れて行く」
先頭の男の言葉で、男逹は我に返り、それぞれが武器を持った。長剣、短剣、鉈、弓矢と様々だ。
「へぇ…念入りじゃん」
シドが楽しそうに言い、音もなく長剣を抜いた。
「かかれ!!」
先頭の男が怒鳴り、六頭の馬が一気にシドに向かって駆ける。
「そ、れっ!」
シドは二頭の馬から繰り出された長剣を避け、男逹が振り向いた瞬間にシドの長剣が男逹の胸を裂いた。そして止まることなく次に飛び掛かり、一人を倒すと、馬を奪い、乗る。
「ふざけんな、テメェ!」
あっという間に仲間を半分失った先頭の男は、怒り狂ったように自ら斬り掛かってきた。
「怒りは判断を鈍らせる…っと」
シドは小さく呟き、馬の背から跳んだ。
「っあ!?」
シドが急に姿を消し、見失った先頭の男は慌てて振り向こうとしたが、それは叶わなかった。体が動かないのだ。先頭の男はゆっくりと自分の胸を見る。
「がはっ…!」
シドが地上から突き出した長剣が深々と刺さっていた。先頭の男は血を吐き、馬から落ちる。
先頭の男から長剣を抜いたシドは空気の揺れを感じ、顔を左腕でかばった。
「っ!」
直後、男の放った矢が左腕を掠めた。シドが睨むと、放った本人が怯えたようにひっと小さく悲鳴を上げる。シドは溜息を吐いた。
「もういいだろ。命を粗末にするな。去れ」
残った二人の男逹はこくこくと震えながらうなずくと、先を争うようにして去っていった。
こんにちは( ´ ▽ ` )ノ作者です。ミルクです。この度は、本作を読んでいただきありがとうございます。まだ始まったばかりでよくわからないとは思いますが、どうぞよろしくお願いします!