表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

土を食む蛇

作者: 一葉

 世の中お金だと思う。ほら、だってお金がないとごはん食べられませんし、ごはんは食べないとお腹すきますし、困ります。不思議なことに、ひとは私を守銭奴などど呼びます。同級生のいっちゃんなんて私を金の亡者だと言います。誤解です。不本意です。私はただ、ただお金が大切なだけなのです。

「それを金の亡者というんだよ」

 いっちゃんがきっぱりと断言しました。ところでいっちゃん、スカートなのに椅子の上で胡坐だと見えるよ。てか見えてるよ。てかピンクのフリル? 勝負なの?

「うっせ、姉のだよ」

 姉のとはいえひとの下着を着れるなんて、さすがいっちゃん、無神経。

「喧嘩売ってんのかてめえは」

 やだなあ、東高校最凶の女に喧嘩なんて売るわけないですよ。この間も隣の男子を血祭りしたとか。

「あいつら、私のだちとよろしくしてくれたんでね。ちょっと礼をしてやっただけさ」

 まあ、あっちもお祭りを楽しんでくれたからいいけれど、間が悪かったら退学だよ? おしかったね?

「なんだ? 退学になれば良かったみたいな言い方だな」

 ははは、やだなあ。粗暴で凶悪ないっちゃんと離れ離れになるなんてわたくし、たえられませんわ。

「そらぞらしいんだよお前は」

 いいながら、いっちゃんはサンドイッチを二口で食べてしまう。はしたない。淑女たるもの一口ずつ優雅に食べないと。あっ、レタスが机に落ちた。まあいいか三秒ルールだ。

 落ちたレタスを口にほうりこむと、いっちゃんがじっと私を見てた。やだなあ見惚れちゃって、もう照れちゃう。

「はしたない」

 ひどいな、私みたいな淑女、そうそういませんことよ。

「夫婦漫才みたいだね」

 失礼な、レディにむかって。婦婦漫才といいなさい。

「突っ込みどころがちげえよ。で、美墨君、こいつになにかよう?」

 もういっちゃん、下から上目づかいで可愛子ぶっちゃだめでしょ。美墨くん怯えてるじゃない。いっちゃんの代わりに美墨くんに微笑みかけてあげよう。美墨君は親が金持ちで見た目も美形でなんなら今のうちに既成事実を作って……うへへへへ。

「あっちゃん、よだれたれてんぞ。ああ、もう、美墨くん怯えなくていいから。ほら座って」

 くっ、いっちゃんめ、さり気なく椅子をすすめるなんて、くそう私だって女子力アピールしたいぞこんちくしょう。

「美墨くん、何でも屋のいっちゃんになんの御用?」

 美墨くん、椅子を勧められたのに困った顔をして立ったまんまだ。どうしたのかなー? 美少女二人を前に緊張してるのかなー?

「いや、ここじゃ話しにくい」

 いっちゃんは何かを察したらしくふーんと、小首をかしげた。凄いよいっちゃん、女の私からみても可愛いよ、小動物だよ、なでなでしていい?

「じゃあ、昼休みに屋上でどう?」

 おおう。屋上ときたかいっちゃん。屋上は立ち入り禁止だ。蜜月な密会にはもってこいだ。

「ああ、じゃあ屋上で」

美墨くん、そそくさと行ってしまった。もう、恥ずかしがりやさん。

「いや」

 いっちゃん、なにやら老成した若女将みたいな目でみてきた。

「お前、口とか目とか、いろんな所が緩んですごい顔になってんぞ」


 口は拭いた、目元は整えた、その他もろもろ問題なし。さあ、いつでもきやがれ! 美少年!

「なにガッツポーズしてんだお前は、怖いぞ」

 ああはは、いい男と既成事実を作るためならいくらでも怖くなってみせますわ。

「それ以上怖くなるな。ただでさえ怖いんだからなお前は」

 そうね。これ以上美しくなったら誰も近づけませんものね。

「なんでだろうな。時々、お前の頭がお花畑にみえる」

 ほほほ、わたくし、花のある女ですから。あらあらいっちゃんどうしたの? ため息なんてついて。

「黙ってさえいればな。ホント黙ってさえいれば」

 なにぶつぶつ言ってんの? ほら美墨くんが来たよ。

「ああ、ごめん、またせた」

「ああ、まった」

 もう駄目じゃないいっちゃん。こうゆう時はね、しおらしくこういってみせるの。ううん、今来たとこ。でもちょっと寂しかったかな。

「こいつの戯言はきにしないで。それで依頼は」

「いや、ちょっと先に確認したいんだけど」

 美墨くん、私をじっと見つめて迷うようなそぶりをみせる。やだなあ、愛の告白? いきなりは困るよ。でもね私、お金が大好きだからきっとお金持ちの美墨くんと上手くやっていけると思うの。

「え? いや、そうじゃなくて」

 あれ? 違うの? 

「馬鹿はちっと黙ってろ」

 そんな、馬鹿みたいに綺麗だなんて、恥ずかしい。

「美墨くん、こいつが何でも屋だっていう噂は本当よ。トイレ掃除から宿題の肩代わり、テストの予想」

 いっちゃん、一度言葉をきって口の端を吊り上げた。わあお、せくしー。

「その他諸々お金しだい。勿論、それが犯罪であってもね」

「本当、なんだな、噂だと思ってたけど」

 美墨くん、覚悟をきめた感じでどかりと座り胡坐をかく。なかなか肝が据わってそうでいい感じじゃん。

「仕事、依頼させてくれ」

「いいわよ。お代は内容を聞いてから決める。それでいいかしら」

 美墨くは神妙にうなずきました。


 雨か。

 美墨は駅前で途方にくれていた。塾を出た時すでにどんよりと曇っていた空が、ついに雨を落とした。電車に乗っている時には小雨だったのになあ、と恨みがましく空を見上げる。彼がいつも利用している自宅近くの駅は繁華街に面しておりそれなりに大きい。ビジネス街でもあるため、今の時間帯は帰宅しているサラリーマンであふれかえる。

 駅には様々な店が入っており、コンビニもあるのでビニール傘を買うてもあるのだが。

「意味ないよな」

 激しく打ち付ける雨粒は、傘もつ人々をあざ笑うかのように激しくふっている。実際、髪から水を滴らせている人も少なくない。さて、どおしたものか。共働きの両親はまだ帰っていないだろうしな。

 しばらく考えて無難な選択をする。マックで雨宿りしよう。

駅の二階にあるマックはあまり客がいなかった。おそらく客足の空隙なのだろう。コーヒーだけ頼んで窓際のカウンター席に座る。外はまだ雨が止みそうにない。道行く人達はみな足早にかけていく。何気なく視線を彷徨わせると向かい側にあるビルの前に見覚えのある顔があった。見覚えがあるというか俺の彼女、甲斐川明日菜だ。あのビルはたしか女性向けの店舗が多かったっけ。ちょっとよってみたのだが、外にでたら雨が降っていて困っているのだろう。

ほとんど反射的に携帯を取り出し、彼女の携帯へコール。彼女は少し慌てた感じで鞄から携帯を取り出した。

『美墨? どうしたの?』

 彼女は驚いているようだ。俺はようがなければ電話しないし、メールですら俺からはからは送らないから、驚いてもしかたない。普段は冷たい印象が目立つ彼女の驚く仕草が面白く、少しいたずら心を抱いてしまう。

「別にどうしてるかなって」

『そうなの? 珍しいね』

「今どこにいるの」

『え? うん? 家にいるよ?』

「え?」

『うん? どうしたの』

「いや」

 もう一度、ビルの前にいる人を確認する。間違いなく明日菜だ。大体、コールをして出るタイミングからして間違いようがない。

『雨すごいね』

「ああ、うん。そっちでもふってる?」

『うん、土砂降り』

「そっか」

 普段電話などしないので会話が続かない。実は駅にいるのだと言って驚かせるつもりだったが、明らかな嘘をつかれては種あかししにくい。適当に会話してから携帯を切る。当然、ビルの前にいる彼女も携帯を鞄にしまう。

 雨はまだ止まない。

 コーヒーを飲もうと伸ばした手は微かに震えていた。喉がみょうに渇く。どうして彼女は嘘をついたのか。浮気だろうか。いやいや、まさか。彼女とは付き合いが長い。お互い浮気とか不誠実なことはしないと確信したから付き合い始めたのだ。

 でも、女の子はわからない。男が浮気するのは大変だが、女が浮気するのは簡単だと、女友達が豪語していた。

 でもまさか明日菜に限って浮気なんてありえないと思いつつも疑心は拭えない。どちらにしろ、ちゅうぶらりんな状況は性に合わない。とにかく本人に聞くしかないだろう。彼女のもとに行こうと立ち上がる。そして、固まった。ものの見事に。

 彼女はいつの間にか現れたスーツ姿の男性と二言三言話し、嬉しそうに男性と腕を絡めた。笑いあいながら彼女が向かった先は彼女の家とは反対方向、しかもラブホテル街だった。


そのあと、俺がどうしたのか実はよく覚えていない。気付いたら彼女が男性を連れ立ってファッションホテルに入っていくところだったから、後をつけていたのだと思う。

 彼女が何をしていたのか、未だにわからない。


 おおう。ではあれですか? 美墨くんには彼女がいるわけですか? 玉の輿をいち早く手にいれるだなんて妬ましいですよ。やる女だね明日菜女子。羨ましいぜ。

「要点はそこじゃないだろ。美墨くんは甲斐川が浮気か……」

 いっちゃんは言いにくそうに咳払い。

「援助交際をしていると?」

 古いよいっちゃん。うりだよ、うり。うりっていわなきゃ。

「お前、たまに人の心を抉るよな」

 まあまあ、いいじゃありませんかうりくらい。今時、やってない子の方が珍しい。

「そっそうなのか」

「美墨くん、こいつのいうことは戯言だから」

 美墨くん、分かりやすいくらいにむねをなでおろす。うーん、分かりやすいのは良いけれど単純なのは減点対象だぞ。

「せいぜい半分くらいだ」

 うおーい。いっちゃん、フォローになってないぜ。私つっこみなれてないんだから気を付けてよ。

「半分……明日菜が…」

うわお、冗談だよ美墨くーん。そんな今にも首つってスカイツリーから飛び降りそうな顔しないで。女なんていくらでもいるんだよー。たとえば私とかあ。

「上目づかいはやめとけ。背がたけえんだからかなりむりがある」

 容赦ないないっちゃん。でも、やっぱり、そんないっちゃんが、だ・い・す・き。ハート。

「美墨くんはどうしてほしいの? 事実確認だけ?」

 完全に無視ですか。心が折れてしまいそうですよ。

「いや、もし明日菜が、その」

「うりをしてたら止めてほしい?」

 美墨くん、辛そうに頷く。ほうほうほう。でもねえ、美墨くんその後どうするの? わかれる? そこんとこ考えとかないとさあ。あとでつらいよお。

「あいつと別れるなんて無理だ」

 ホットだね美墨くん。ストーカーに多いタイプだ。

「了解。お代はどうする? あっちゃん」

 うーん。うりを辞めさせるのはやっかいですよ。でも、浮気ならこっちが首を突っ込む余地はほとんどなくて楽な仕事だし、取りあえず、これくらいでどうかなといいつつ手をパーにしてみます。

「五万か」

 うりだったら追加で十万。浮気ならいらないよお。

「わかった。それくらいなら払える」

 さすがふとっぱらあ。金持ちは羨ましいぜ。それじゃあ、一時報告は一週間後。いかがかなあ?

「わかった。よろしく頼む」

 ひゅう。さっていく背中に哀愁が漂ってるぜ。かっくいい。

「一週間? そんな短期間でいけるのか」

 なんとかなるっしょ。別件も抱えている身ですし、上手い、速い、安いの三拍子で頑張りたい所存であるわけですよ。

「真ん中しかあってねえし。しかし、一体どうすんだ? 俺は手をかさないぞ」

 ははは、そんなのいつもじゃないですか。いつだっていっちゃんは高い所から下々の人々を睥睨してます。

「私、そうゆうキャラか?」

 私と知り合った時からずっとそんなキャラだよお。

「四歳の時からか」

 うん。可愛げのない子供だったぜ。まっ、今回は私一人でなんとかなるっしょ。

「なんだ、やけに自信満々だな」

 ふっふーん。気付いてないのかにゃ? にゃははは、いっちゃんわりとお間抜けさんねえ。

「お前に言われると物凄いむかつくぞ」

 まってまっていっちゃん。私が悪かったからカッターナイフしまってよ。マジ怖いから。

「ペーパーナイフだよ」

 なんでそんな凶器もってんの。

「知ってか? ペーパーナイフは普通刃がついてねえんだが、これ、珍しいやつだからわりと鋭利な刃が……」

 笑顔怖いよ。てかマジでごめんなさいだよ。土下座しちゃうよ。

「もういいから話せよ。めんどいから」

 土下座されるのが面倒だなんていっちゃん男前。まあそれはいいとしてですね。さっきの話におかしな所があったでしょう。

「なんだ、やっぱりぐっさといったほうがよかったか」

 真顔でペーパーナイフ握らないで。ちゃんと説明すらから。

「久々に血を吸わせてやろうと思ったんだが」

 久々? なんかさりげに怖くない? まあ、うん、それはいいとしようじゃありませんか。えっとですね。じょしこーせーって、大人が考える程馬鹿じゃないじゃないですか。

「例外はあまりにもおおいがな」

 まったくだね。それでですね、馬鹿じゃないんだから何時も使っている駅の前で売りなんてしないわけですよ。特に彼氏がいるような時間帯にですよ。

「ああ、なるほど。うりにしては迂闊すぎるか。じゃあ、浮気でもないわけだな」

 そうなるっすね。どちらかってえと見せつけたかったんじゃねえかと思うわけですよ。

「見せつけるねえ。誰にだ?」

 どうなんすかねえ。そこは微妙なとこじゃないかと思うわけですよ。可能性としては彼氏に見られること、じゃあ無いんじゃないかと。

「なんでだ? 彼氏に見られる可能性が高いのに、そんな危険までおかして誰に見せたかったんだ」

 さあ? 誰でしょ。そこはもう本人に聞くしかないでしょな。

「おいおい、聞いても答えねえだろ」

 答えると思うんすねえ。私、探偵として有名ですし。女性ですし。

「つまり、彼氏に知られたなら話すってことか」

 多分ねえ。そうだと思うんすけどねえ。

「聞いてみなきゃわからねえか。よし、放課後にあたってみるか」


 放課後といえばあれですよ。部活が終わって帰ろうとしたら忘れ物に気づいて教室に戻るわけです。すると教室にはクラスのマドンナがいてドアを開けた瞬間に目があうわけです。彼女の瞳は濡れていてさっきまで泣いていたわけですよ。なにがあったのかと訪ねて励まして仲良くなってびゅーちふぉーなわけですよ。世の男子諸君は垂涎だあ。

「こいつは病気だから気にしないでやってくれ」

 やだなあいっちゃん、わたしはただ放課後にふさわしい状況について熱弁をふるってるだけだよお。

「それは病気だ。自覚をもて」

 でもでも、病気だなんて認めたらあすなっちが怯えちゃうじゃないですか。

「もう十分怖いですよ?」

 たっはー、厳しいところがまた萌える! ノンケのあたしでも陥落寸前だ。

「よく分かりませんが、私に用事があるんですよね? 教室で話せるなような内容ですか?」

 うーん、あたしは構わないけれど彼氏関連のデリケートな話しですのでかしを変えるべきかもしれないなんてうそぶいてみたり。

「そう、ですか」

 憂いをおびたその瞳、あたかも夜気を閉じ込めた黒いルビーだあ。もうずっと見つめていたいよ。

「ごめんなさい。今日は用事があるから」

「いえ、いきなりおしかけてきて、こちらこそごめんなさい」

 うっ、うしろ姿もふつくしい。なんて美貌だ明日菜嬢!

「おいこら変態、いくぞ」

 ああん、いっちゃん積極的、優しくしてよ?

「周りの視線が痛すぎんだよ。伽藍堂にいくぞ」

 でっかいマンションの前にある隠れ家的な喫茶店すね。密談にはうってつけでさあね旦那。

「黙って歩け」

 わっちゃあ黙ると死ぬんでさあ。この身にかけられた疎ましきのろい、きっと王子様のキスで覚めるはず。

「邪気眼なのかお姫様シンドロームなのかはっきりしてくれ」

 邪気眼なんて言葉を知ってるんだあ。わたしですらよくわからんのですが。おおう、歩くの早いっす。急がば回るべきっすよ。どうしてわざわざひと目につきにくい路地裏なんて歩くんすか。あっしは衆人環視にさらせない人間すか。

「見た目以外はアウトだと自覚をもて」

 そう、わたしは誰もが振り返る美少女。

「ほら、さっさと入れ。あっマスターお久しぶりです」

 やっはマスターしっぶーい。いい男だ。ブルーマウンテンよろしく。

「わたしはブレンドをお願いします。おら、さっさと座れ」

 もう座ってますよん。ほらほら、となりとなり。

「ばふばふソファを叩くな埃がたつだろ」

 なんだかんだ言いつつちゃんと隣に座ってくれるよねいっちゃんは。ほんと素敵な殿方と一緒になれてわたしは幸せです。

「誰が殿方だ。それにただの友達だろ」

「え? 君ら付き合ってなかったの?」

 やだなあマスター、乙女の恥じらいを理解しなくちゃ。

「……マスター、お願いですからまともでいてください」

「いや、僕はてっきりカップルだとばかり」

 マスターが気に病むことないですよ。わたしといっちゃんがラブラブすぎるだけなんだから。

「ははは、仲がいいのはいいことだ。それじゃあごゆっくり」

「はい、いつもありがとうございます」

 ふたりっきりになったね。どうしようか? 愛を語り合う?

「なあ、知ってるか? 寝言は寝てる間の発言なんだぜ?」

 そうなんだ。いっちゃんものしりい。

「もういい、なんか色々諦める」

 人生なんてあきらめの連続だからね。今日だってあっさり玉砕したよね。

「けんもほろろにな。とりつくしまもない。誰だったかな? 話を聞けると言った奴は」

 ほんと誰だろうね。ふざけてるよね。馬鹿な奴だよ。許せないね。でももう昔のことだから。悲しい出来事でも時がいずれ風化させていく。そう信じて生きていくしかないの。

「で、戯言はもういいか? 俺はもうこれいじょう関わるつもりはないぞ」

 わかってるわ。あなたはそうやって私をさとしてくれる。でもね、真実を追求するためには戯言も必要なの。

「それこそ戯言だろ」

 わあい、コーヒーおいしー。

「たんに気になるから聞くんだが、結局どうなんだ?」

 どうなんでしょ? もはやあたくしめには思いあたるふしもありんせん。うん? なんですか、急に髪を触るなんて破廉恥な。

「嘘をつくとき、髪が伸びるよなお前」

 うっそ、まじで! 知らなかった!

「伸びるわけないだろうが。馬鹿が」

 語るに落ちるとはこのことだ! 覚悟しろ!

「お前がな」

 ひどいわ、純真なわたしの心を蹂躙するなんて。どうしてそんな酷いことが出来るの? あなたはそれでも人間? いいえ、あなたはもう獣よ! 虎よ、タイガーになりなさい!

「すまん。ネタがわからん」

 これだから若いもんは。

「俺としてはお前が本当に女子高生なのか疑わしい」

 わたしはうら若き乙女です。まあ、それはおいといてですね。これ以上この件に踏み込むのなら、いっちゃんもかかわって頂かないと。

「協力しろと?」

 そゆこと。探偵には守秘義務がありますゆえですから、もはや相棒たるワトスンにしか話せない。さあさ、どういたしまするか。

「いいぜ」

 なっ! いっちゃん本気ですか、貴方はいつだって冷たく非道を歩む人間だったでしょう。そんなあなたがどうして人助けに手をかすなんて信じられない!

「好奇心だよ。美墨と甲斐川がどうなるか。面白そうだろ」

 よかった。いっちゃんはちゃんと非道を歩んでいるんだね。安心したよ。じゃあさっそくわたしの考えを聞かせてあげるね!

「おう」

さっぱりわかんない。

「そうか、ついにペーパーナイフの出番か」

 お願い。公共の場で凶器を出さないで。かばいきれなくなるから。

「そうだな。あの時は世話になった」

 とにかくですね。ほんとにわからないのですよ。情報が皆無なのです。カカオなくしてチョコレートは作れません。

「えっ、カカオがないとつくれないのか?」

 そうです。日本におけるチョコレートの定義を満たすにはカカオが必須です。ちなみにチョコレートを作るには特殊な機械をつかわないと不可能ですから、市販のチョコレートを使ったら手作りじゃないとかふざけたことを言う奴はぶん殴っておーけーですよ。

「ほう、結局なにも分からないのか」

 そうそう、もう一回明日菜嬢にアタックするしかないと思われたりしないとか。

「アタック? ずいぶん古い言葉を使われるんですね」

 おおう、明日菜嬢、一体何処から生えてきたとですか。

「いや、普通に入口から入ってきてたぞ。気づかなかったのか?」

 いくらあたくしでも後ろに目はついていませんことよ。おわかりかしら? あたくしはか弱い婦女子ですのよ。しかし明日菜嬢もお人が悪い。後をつけてきましたね? 攻めはいたしませぬが良い趣味ではないですなあ。

「明日菜さんとりあえずこちらに、その物体は危険物です」

 さらりときついないっちゃんは。明日菜嬢はわたくしめに用事があるのですからぜひとも隣にとしゃべっている間に向かい側に座りますかそうですか、ええ、よいのです。あたいなんて社会のごみでさあ。

「自覚をもっているのなら、なおすことを勧めます」

 まさかの毒舌いただきましたー!

「いや、ただのまっとうな意見だろ」

 だんだん人として自身がなくなってきたから本題にはいろうか。

「ええ、あまり時間がありませんから手短にお願いします」

 明日菜さんは援助交際をたしなんでいらっしゃるのでしょうか?

「それは美墨から依頼されたの?」

 そうです。

「へんな探偵ね。依頼人を簡単にあかすなんて」

 だってお判りでしょう?

「まあね。最近、美墨の様子がおかしかったし」

 どうしたのかなあ? 他に好きな人でもできたのかあ? なんて心配してたらあたいの登場というわけですか。

「そういうこと。まさか援助交際を疑われるなんて」

 むう、身に覚えはないとですか。

「あるわけないでしょう」

 それもそうっすね。けれどどうして疑われたのです? 火のないところに煙もたったりしますけれど、何か心あたりはありませんことかしら。

「あったとしても、探偵さんに話すつもりはありません。これは二人の問題です」

 さすがあすなっち、賢明なご判断。けれどもですな、何事も一人で抱え込みますと、何時か潰れてしまいますゆえに。なにせ人の業とはかくも重たきものでありまするのよ。

「肝に銘じておきます。では、用事があるので」

 ういうい、また近いうちにお会いいたしましょう。


「嘘が多いな」

 なにせ探偵ですけん。嘘を欺き、真実を嘲り、事実を嘲笑する。それこそが探偵の生き様さ。

「真実はいつも一つだろ?」

 真実なんて言葉を使うのは詐欺師だけです。よく考えてみてくださいな、真実なんて誰が設定するかで変わってしまうものでしょう? ただ一つの真実なんて狂信者がみるうたかたですよ。

「それにしたっていきなりふっかけたな」

 美墨くんには悪いですけれど手がかりがないわけですから、ふっかけて引き出すしかありますまいに。わたしはプロの探偵ではありませんからね。職業倫理もあったもんじゃなかとです。そりゃあ、どちらかがどちらかに危害を加える可能性があるのなら依頼人をあかしたりしませんよ。

「お前のせいで修羅場になりそうだが」

 疑心暗鬼まで配慮してたらきりがないですよに。しかししかし、さすがは明日菜女子でした。援助交際の疑いをかけられても顔色一つ変えない胆力、見習いたいものです。もう少し可愛げがあってくれれば、ゆさぶりがいもあるものですが。

「ありゃあ、ちょっとやそっとで揺らぐようなたまじゃないな。これいじょう突っ込んでも、得られるものはなさそうだ」

 しかりですねえ。こうなったら疑問点をもとに推理していくしかありますまい。

「疑問点?」

 そうそう、いくつかふに落ちない部分があるのですよ。たとえば美墨くんの話もおかしいですよお。どうして土砂降りの雨の中、窓越しに明日菜嬢だと判断できたのでしょうか? 窓は雨に濡れてかすんでいたはずです。

「そうだな。距離もあるし、判断するのは難しい筈だ」

 得られた情報だけを頼るなら、美墨くんは携帯を頼りに明日菜嬢だと判断したと思われますですよ。そのあと、後をおったようですが、どうせ顔はみていないでしょうし。

「だったら美墨の勘違いなのか」

 さあ? 明日菜っちもなにかしらおもいあたるふしがありそうでしたね。こうなったら、尾行でもしてみましょうか。どんなに鉄壁を誇る女でも探ってみればいがいとぼろがでるものです。

「そんなものかね」

 胡散臭そうな顔してますね。そりゃあ探せば聖人君子だっているでしょうよ。けどですしかしです、人間なんてえものは誰だって暗い一面を持っているものなのですよ。いっちゃんだって誰にも言えない秘密くらいあるでしょう?

「そりゃあまあね」

 そうでしょうそうでしょう。小学生のころにあたいとお風呂でいちゃいちゃしてたことなんて誰にも言えないでしょう。いやまって下さいコーヒーをかけようとしたでしょ? それまだ湯気がたってますよやけどしちゃいますよ謝りますよごめんなさいですよ。

「水だったらいいのか」

 勘弁してくださいマジで。

「まあ、とにかく今後の方針としては甲斐川を尾行するか?」

 そうっすねえ、それはいっちゃんにおまかせするっす。


 かくして、わたしこといっちゃんは甲斐川を尾行する羽目になってしまった。あっちゃんからおおせつかった期間は二週間。この間、甲斐川にはりついておかねばならない。面倒だけれど仕方ない給料は報酬の三割を約束してもらったし、仕事のかたわら物見遊山もできると考えれば悪くない状況である。

 甲斐川に張り付いて一週間、何事もなく無駄に時がながれた。怪しいそぶりなど一切なく、せいぜい学校帰りにファミレスによって友達と勉強したりするくらいだ。分かったことといえばホビーショップに二度訪れたことから手芸を趣味にしていること、塾には行っていないこと、この二点だけだ。一度だけ夜中にラブホテル街へと行ったのだが、女友達数人と合流してからホテル入ったのでおそらく飲み会でもやっていたのだろう。

 中間報告をしようとあっちゃんに声をかけるもなんだかんだと話しを聞こうとしない。どうも裏で何かしているようだ。拳やペーパーナイフで聞き出そうかと思ったものの、血で汚れたくないのでやめておく。

 次の一週間も何事もなかった。そもそもウリはどれくらいの間隔を開けてやるものなのか。一か月に一回だけしかしないのなら尾行する期間が短すぎたかもしれない。まあ、それを判断するのはわたしではなくあっちゃんだ。とにかく結果を報告するとしよう。


 マスター、あたし思うんです。優雅なコーヒーをいれられるのは優雅な人だけだと。マスターは見た目も優雅で喫茶店の経営者、しかも見たところ客層は常連客を主体にして安定的な売り上げをえているようす。こうなれば聞かねばならないことは一つだけ。

 マスターは年下を愛せますか?

「てめえに節操の二文字はねえのか、ああ、マスターごめんなさいこいつの戯言は耳にいれないで下さい。あっちのお客さんが呼んでるみたいですよ」

 くっ、さりげなくマスターを逃がすなんて、できる女ね、あっちゃん。でも貴女は一つ間違いをおかしているわ。あたしは節操をわきまえております。誰でもいいわけじゃあござんせん。経済力があって顔もいい人でなければいけませんことよ。

「中間報告をはじめようか」

 ほうほう、なるほどなるほど。それなりに成果ありですか。

「あん、どこが?」

 おんや、気付きませんか。とても分かりやすいではないですか。よく考えてみればわかりますよ。

「んん? 何かおかしな所があるのか?」

 おおありですよお。高校一年生の恋人同士が二週間も合わないなんてありえなくない?

「ありえなくないのか?」

 ありえないっすよお。発情期の男女が二週間も求めあわないなんて!

「そうか? わたしはせいぜい月一くらいだぞ」

 友人の性生活って、聞きたくないもんなんだね。一つ教訓になったよ。うん、まあ、いっちゃんの発情期らしからぬ言動はともかく。やっぱり二週間も学校以外で会わないなんて不自然です。特に明日菜嬢には揺さ振りをかけてます。あねさんの性格からして会わないなんて不自然すぎですよ。

「性格なんて知らないだろ」

 あたしゃ蛇の道の蛇と呼ばれた女だよ。素行調査なんておてのもんさ。あの女は中学のころ、付き合ってた男から浮気の疑いをかけられて怒り狂い、男をノックアウトして衆人環視のなか別れを宣言した女だよ。

「ぶん殴ったのか、それは勇さんだな」

 いえ、中段回し蹴りで腹を射抜いたようです。そんな凶悪な明日菜嬢がウリの疑いをかけられて何もしない、これは何かあると考えるのが自然の流れでしょ。

「しかし、電話でやりとりしたかもしれん。四六時中はりついていたわけでなし」

 そうっすね。そのへんは中間報告と共に美墨くんに確認しようではないか。実はすでに呼んであるのですよ。さらに実はアドレスをゲットずみです。この調子で美墨くんのハートをわしづかんで玉の輿です。

「いや、うちはそんなに裕福じゃないんだよ」

 のほう! あたいの後ろに立つんじゃねえよ、案外怖がりでデリケートなんだよ。

「ああ、すまん。えっと御手洗? となりいいか」

「ええ、どうぞ」

  なん……だと、あたいよりいっちゃんをとるのか。これはあれか、彼氏もちはもてるのに彼氏なしはまったくもてない恐ろしい法則ですか。自然法則に縛られるなんて人間とは不便なものです。

「たんに話す相手の向かいに座っただけだが」

「だからね美墨くん。この馬鹿の発言は本筋以外は無視して」

 わたくしにとっての本筋は玉の輿にのることなのですが。まあ、いいでしょう。中間報告をする前に二つ聞きたいのですが。

「なにかな」

 明日菜嬢に電話をかけたでしょうか。

「どうもかけにくくて、まともに話もしてないな」

もしかして、普段は彼女に電話をかけたりしないのでは?

「もともと明日菜は携帯が嫌いなんだ。友達にもアドレスすら教えてないみたいだし」

なるほど。おそらく彼女さんはウリも浮気もしとらんですよ。

「本当に?」

 はははん。嬉しそうっすねえ。まるでおやつを貰った子犬のよう。

「ちゃかさないでくれ」

 無防備に喜ぶ美少年をからかわないなんて、あっしにはできんせん。しかししかし、嘘偽りなどあろうはずがありんせん。なにせ仕事ですけん。探偵は依頼主に嘘などつくであろうか。

「そうか、よかった」

 安心するのは早とちりかも、あくまで中間報告であることをお忘れなきように。ところでそろそろ塾のお時間では。

「うん、それじゃあ失礼するよ」

 もう、美墨くんたらせっかちね。お別れの挨拶くらいしてくてもいいでしょうに。

「ちゃんとしていったじゃないか」

 ちっちっち、あまいなあ。あまあまだよ。別れの挨拶はあまーいきっすと相場は決まってるんだぜい。死地へと赴く男の背中を見送ることしかできない女の悲哀、わからいでか。

「わからんよ。わかりたくもねえよ」

 未知に対する探究心を無くしてしまったら、人間はおわりですぜ。

「じゃあ探究心とやらを発揮してやろうか」

 好奇心は猫さえ殺す凶器です。長生きしたければ自らを律し、清廉潔白に生きていくべきだと私は思います。

「てめえは誤魔化し方を覚えたほうがいい」

 ああ、罪深いわたし。嘘さえ上手に出来ないわたしを神様許して。

「どう考えてもお前に神や仏を信じる心があるとは思えんが」

 さすがいっちゃん、ついに第三の目で心の深淵を覗き込む能力を体得されましたか。

「どうしようか、ペーパーナイフが必要か」

 ごめんなさい。マジごめんなさい。ごめんなさいだからペーパーナイフをしまって下さい。てかそれはペーパーナイフにしてはでかい気がするのですが。

「気のせいだ」

 そうっすね。気のせいっす。それはそれとしてあたくしから質問させてもらってもよろしいか?

「仕事の範囲内なら」

 あすなんは携帯で電話をかけてましたか?

「いいや、監視しているあいだはかけてない」

 もしかして、いっちゃんは携帯を見なかったのでは?

「見てないな。言われてみれば変だな。メールの確認ぐらいはしそうなもんだが」

 ふーん。大体わかったよん。今回なにがおこったのか。

「ほう」

 あとは些細な確認事項があるわけですが、尾行をして動くのを待ちましょうか。

「説明は?」

 聞きたいですか? 聞きたいですよね? ですがさすがに誰かに聞かれてるかもしれない公共の場で語るには、多少デリケート過ぎる内容が含まれますゆえに、少しばかり待ってくれやがりますとうれしいわけですが。

「まあ、いいだろう」

 おんやまあ、ありがたいこってす。

「お前は思慮分別にかけるが、一線を越える奴じゃないからな」

 てれるじゃないっすか。そいじゃまあ、最後の確認にいくとしましょうか。


 夜の街は誘惑に溢れている。お金と、コツさえ知っていれば欲望を満たすのに苦労はしない。

 彼女の場合、今日は欲望を満たす側でなく、欲望に商品を提供する側だ。たいした代償は必要ない。資本は自分自身。バイトなどかったるく感じるくらいに短時間で稼げる楽な商売。もちろん、彼女だって馬鹿じゃないから常にリスクを意識してるし、安売りなんてしない。おっと、携帯がなっている。今日のお客は常連さんだから慣れたものだ。

「明日美!」

 つんざく大声が駅前に響く。彼女は舌打ちして携帯を切った。

「大声で名前を呼ばないでよ」

 けんのある目つきで明日美は声の主を睨み付けた。

「まったく、姉さんはいつもわたしの邪魔ばかり」

「当たり前でしょう!」

 ぴしゃりと、明日美の頬に平手うちが決まった。一瞬だけ通行人の視線を集めたがわれ関せずと視線が散る。

「どうして? もうやめたって言ってたのに」

 どうしてと聞かれたところで、明日美には返す言葉などない。あるのは言葉に出来ない感覚、腹の底で煮え立つ憎悪とも怒りともつかない感情だけなのだから。

「あんたさあ、どうしてわたしのこと信じるわけ?」

 だから漏れる言葉に意味はない。

「わたしはあんたと違って出来損ないなんだから。嘘くらいつくでしょ」

 意味がないのだから、どんな言葉を向けられてもかみ合わず、フラストレーションが高まっていくだけだ。やがて割れてしまうまで、凶器の言葉はとまらない、はずだった。


 あいあいあい、お二人さん、またれるが宜しかろう。喧嘩は損気。本音をぶつけあうならいざ知らず、虚言の応酬じゃあ解決するもんもしませんぜ。ここはどうかお二人とも、矛を収められるが宜しかろう。

「意味があるようで無いセリフだな」

 いっちゃんはいつも厳しい。でもあたしは負けない、世界平和のために。

「世界平和に興味があるとは、ついぞ知らなかったな」

 自分の安全のために、世界は平和でないといけません。おや、お二人さんどうなさいました? 鳩が豆鉄砲くらったような顔して。明日菜さんはあたくしが気付かないとでも? まったく甘く見られたものです。こんなの簡単な推理ですよ。

 貴方の姉妹が援助交際をしているなんてね、すぐわかります。

「だからなに?」

 明日菜嬢はお怒りですねえ。お気持ちはお察し致しますが、一人で抱え込んだところでどうなるわけでもないっしょ。余計な人に余計な心配をかける羽目になりますよ。うわおっと、今殴ろうとしましたね? したでしょ? わたしか弱いんですよ? 取扱い注意です。

「なんなのよあんたら」

 えっと、明日美さんでしたね。お答えいたしましょう。あっしは探偵を生業にしていましてな。あすなんの彼氏殿からご依頼を承りまして、明日菜嬢がウリをしていないか確認にきたわけです。あすみんには身に覚えがおありでしょう? 明日菜嬢が疑われる理由に?

「だったらなに? あんたらもわたしに説教しようっての?」

 はあ、特にあなた様のことは知ったこっちゃござんせんが。ウリでもなんでも好きなようにやればよいかと。わりをくうのはあなたご自身と、貴女の家族ですし。へるもんでなし、まあ今宵も頑張ってきてくださいな。

「ちょっと、なんなのよ、余計なこといわないで!」

 はい、わかりました。じゃあ後はお二人でご解決ください。

 老婆心ながら、口論するなら場所は選びましょうね。


「相変わらず何もない部屋だな」

 狭いからねえ。余計なものをおきたくないんす。どうせ彼氏もいませんしね。わたしの部屋にくるのはいっちゃんくらいです。今日は泊まっていけるんでしょ?

「ひっかかる言い方だが、泊まってはいく」

 じゃあ、先にお風呂に入ってくるね。

「先に説明しないなら湯船が真っ赤になるかもな」

 えー、おふざけはここまでにしてネタばらしをいたしましょうか。まずは三日におよぶ張り込みにつきあっていただき感無量です。

 さて、今回の事件を最初から説明しましょうか。

 美墨くんは明日菜嬢を見たと言ってましたが、その根拠は携帯だけです。顔を確認したわけでなし、だったら携帯の持ち主が明日菜嬢でなくてもいいなと思ったのです。

「声でわかるだろ」

 電話の声なんて、声質が似ていたらわかりませんでしょ。他人に携帯を取られたら止めるのが普通。ところが、美墨くんが目撃した時には携帯は鳴った。勿論、その時点でまだ携帯の盗難に気付いていない可能性もありましたからね、だから聞いたんですよ、携帯の利用状況を。いっちゃんは明日菜嬢が携帯を持つ姿さえみていない。不思議ですよね? 二週間も張り付いて、一度も携帯を確認しないなんてまるで携帯を持っていないみたいじゃないですか。明日菜嬢があまり携帯を使わないにしても不自然すぎます。これはもう、誰か別の人がもっていると考えた方が自然の摂理にかなうでしょ。では誰が持っているのでしょう? わっちが思うに携帯を盗まれたのなら、美墨くんに疑いをかけられた時に正直に話せばよかとですよ。ところが、美墨くんは明日菜嬢とはろくに話しもしていないようす。何故か? 簡単っす、盗まれたとは言えなかったから。言えないのは携帯の持ち主の 不名誉になるから。さすがに持ち主が誰かまではわかりませんでしたがね。まさか姉妹だったとは。

「そういえば、よく姉妹だとわかったな」

 似てましたからね。適当に言ってみたらあたっていただけです。

「でたとこ勝負だな、お前は」

とにかく、依頼は達成しましたから、明日報告して料金をいただきましょう。

「どこまで話すつもりなんだ」

 全部です。包み隠さず全部報告しますよ。

「えげつないな。甲斐川は美墨に知られたくないだろうに」

 ははん。依頼主以外のプライベートなんて構う理由もありますまいに。あたしゃ金さえ手にはいりゃあ、あとのまつりだあ。

「まちがっていないが、いいのかそれで」

 探偵はもともと他人のプライベートを調べて報告するのがお仕事です。正義の味方ぶったえせ探偵を目指すつもりはござんせんよ。

 いいですかいっちゃん、これからもあたいの調査に協力してくれるのなら肝に命じておくこってす。


 探偵が、卑しい職業であることを。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ