移動
言い争っている声がする。
険悪なムードだ。何かあったのかもしれない。
言い争っている声の中には聞き覚えのない声も混じっている。誰か避難してきたんだろうか?
俺は目を開けて大きく欠伸をした。
体育館には誰もいないみたいだ。話し声は外から聞こえてきている。
話しているのは俊と凛……あとは知らない声が数人。声質からして大人の男性だろう。
(救援にきた自衛隊とか警察なら嬉しいが……それだとこんなに険悪な感じにはならないだろうし、やっぱり避難してきた人達だろうな。この混乱に乗じて好き勝手やっている奴らがここに来たとかだったら面倒くさいけど。)
凛の怒鳴り声が聞こえてくる。言い争っているのは間違いないだろう。
ここで考えていても仕方ないし、俺は外に出てみる事にした。
外に出て、まず俺が驚いたことは周囲の様子だ。
校舎の外はビルよりも大きな木が何本も生えていて、ジャングルのようになっている。
校舎もツタで覆われていて、校舎だとは分かるが、昨日とは別の建物のように見えた。
地面は昨日までアスファルトだったはずの場所が土になっていて、草花が茂っている。
いったい何をどうしたら一晩でここまで変わるんだろう?
まだ面影は残っているのでここが学校だと分かるけど、前の状態を知らない人がみたらここが学校だと分からないかもしれない。
「だから私たちは避難してきただけなんですって!」
「何で危険区域に避難してくるんだよ。ギルドカードか探索許可証を早く見せてくれないか?」
声の方を見てみると、そこには俊達と全身鎧姿の怪しい人たちが3人いた。
声を荒らげているのは凛だけで、鎧の人達は何処か呆れた感じで溜息をついている。
「どうしたの?」
「あ、黒部さん。実は……」
俺が駆けつけると俊が困った顔で説明してきた。
俊達がアプリで上げたステータスの慣らし運転をグラウンドで行っていた時にこの3人はやってきたらしい。
この3人が言うには、ここは危険区域というモンスターが徘徊しているエリアらしい。
普通は防具や武器を装備して、回復薬などの準備をしてから危険区域の探索に入る。
それなのに俊達は武器も持たず普通の服で何の警戒をしている様子もない。外見もまだ子供といっていい感じなので注意をして家に返そうとしたんだそうだ。
それに凛が反発した。家に帰りたくてもその家がゴブリンに荒らされてしまったのだ。
ここにだって必死に避難してきたというのに何処に帰れというのか、と。
凛の言っていることは分かるが、この3人の言っていることも分からないではない。
モンスターに襲われることがない安全な場所があって、普通の人達はそこで暮らしているのだとしたら、まともな防具も持っていない俺達に注意してくるのは別におかしいことじゃないからだ。
「すいません。ここが危険区域って事は安全な場所があるんですか?」
「当たり前だ。君達だって遺跡都市アウラから来たんだろう?」
「いえ、俺達はここら辺に住んでいて、突然現れたモンスターから逃げてここに来たんです。」
俺の言葉を聞いて鎧の3人はどこか納得したような顔をした。
「なるほど、あんた達は異世界人か。それなら納得だ。」
「異世界人?」
「まぁ、異世界人は俺達が勝手に呼んでいるだけだけどな。少し前からあんた達みたいなやつが沢山現れてさ。ギルドとか神殿に突然現れた時なんて大騒ぎだったぜ。」
鎧の人が言うには最近になって突然俺達みたいのが大量に現れる事件が多発しているらしい。これはもしかして異世界転移とかそういうやつなんだろうか?
いや、何ていうか鎧の人が嘘をついている感じはしないんだけど納得がいかない。
だってここら辺は少し外見が変わってしまっているけど俺が知っている中学校だし、自宅にはまだ俺の私物が沢山転がっているはずだ。
校舎には書道の授業で書いただろう文字が張り出されていたし、黒板には緊急メッセージが書き込まれていた。
やっぱりここは異世界なんかじゃないはずだ。
「まぁ、俺らも混乱してんだけどな。朝起きたら建物や地形が変わってるし、変な奴らが騒いでいるしでよ。」
建物や地形が変わってる?
やっぱり単純な異世界転移ってわけじゃなさそうだ。
「とりあえずここは危険だから早く街に避難した方がいいぞ。何だったら護衛してやってもいい。」
「俺達、お金持ってないですよ。」
「別に良いよ。子供に死なれたら目覚めが悪いから送りたいだけだし。街は近くだから1日あれば行けるだろうからな。」
俺達は鎧の人達の好意に乗っかることにした。
街に行けば知り合いに会える可能性が高いし、安全な場所があるなら俊や凛はともかく小学生達は避難させたほうがいいだろう。
鎧の人達の説明によれば、街は俺達が言うところの市役所を中心にして広がっているらしい。因みに鎧の人達は市役所を神殿、警察署をギルドと呼んでいた。外見もやっぱり変わっているんだろうか?
俺達みたいな異世界人と呼ばれている人達は一時的に神殿の保護下に入り、生活環境を整えているらしい。まだバタバタしているけど、今は大分落ち着いてきているそうだ。
俺はどうしようかな。
教会の世話になるのも良いが、ギルドに登録してレベルを上げるのも魅力的だ。
平和だったちょっと前とは違ってここにはモンスターがいる。人なんて簡単に死ぬ。
だから単純に強くならなくちゃいけない。ギルドに登録して依頼を沢山こなした方が良いのかもしれない。
勿論、教会で生活の基盤を整えてからでもそれは遅くないとは思うけど。
だけど、1回でも安全を知ってしまったら、俺はそれに甘えてしまいそうな気がする。
強くなるのを諦めてしまうと思う。それはダメだ。
・・・
「日が暮れてきたから今から野営の準備だ。悪いが手伝ってくれ。」
鎧さん達は1日で着くとか言っていたが、どうやら無理だったようだ。
まぁ、こっちには非戦闘員が俺を含めて11人もいるのだ。そいつ等をモンスターから守りながら移動してればそりゃ時間も掛かるよな。
実際はみんなゴブリン位だったら圧倒できるステータスはあるんだけど、恐怖が先に来て戦うという考えが思い浮かばないみたいだ。
というか、そんなの抜きにしても戦えないだろうな。平和な現代日本の小中学生がゴブリンを殺せるかといったら、それは無理だと思う。
いや、ゴブリンが人型だから無理とかじゃなくて、多分大きな生き物を自分の手で殺すこと自体が普通の学生には難しいだろう。
俺はトロルを殺しているけれど、あれは殺さなきゃこっちが殺されていたからだ。
誰も助けてくれる人が居なくて、自分が逃げたら他のみんなが死ぬ可能性があったからだ。
今でもトロルを攻撃したときの嫌な感触は手に残っているし、思い出しただけで吐きそうになる。
今は守ってくれる人達がいる。
ここら辺のモンスターなら簡単に殺せるだけの実力をもった人が3人もいる。
そんな状況で武器を持とうなんて考える異常者は少ないだろう。
野営の準備は薪を集めて火をつけるだけで終わった。
本来なら晩飯の為に水を汲んだりするらしいが、缶詰があったので晩飯をつくる手間がなくなったのだ。
鎧さん達は缶詰を見たことがないらしく珍しがっていた。
街まで送ってもらったら何個か報酬として渡すことにしよう。
因みに3人の名前はジョン、ケリー、ベレットというらしい。
ジョンとケリーが金髪でベレットがハゲだ。彼らは迷宮探索を主に活動しているらしい。
迷宮には危険も多いが儲けも良いらしく、冒険者の半分以上が迷宮探索で生計を立てているんだそうだ。
「護衛依頼なんかもあるけどよ、そういうのは有名な冒険者のところに直接依頼が行くからな。身入りが良いのはやっぱり迷宮探索だ。」
そういってベレットは笑った。
迷宮には財宝が眠っているし、財宝が見つからなくても迷宮に潜むモンスターの素材を売れば十分に稼ぎになる。
死ぬ可能性は高いが戦闘技術を磨くのも迷宮が一番だと言われた。
街について生活が落ち着いたら1回潜ってみるのもいいかもしれない。
俺はベレットの説明を聞きながらそう思った。
次話は1ヶ月後を予定してます。