戦い
俺はトロルに背を向けて走り出した。
目指すのは少し先にある金物屋だ。あそこになら武器になる刃物があるかもしれない。少なくとも包丁くらいはあるだろう。
今の身体能力なら武器があればトロルとだって戦えるはずだ。
俺は走りながらスマホを操作して短剣技能と気配察知、危機察知のスキルをレベル1にする。スキルが俺にどう作用するか分からないけど、ないよりはあった方がいいだろうと思ったからだ。
スキルを取得したら何となく敵の気配らしきものが感じられるようになった。
何となく向こう側に生き物がいそうだな、くらいの感覚でしかないがこれがスキル効果ってやつだろうか?短剣の使い方も何となくだが大丈夫な気がする。
スキルを習得する時に軽く頭痛がしたけど、あれはスキルの情報が頭の中に入ってきたからなった頭痛なのかな?そうだとしたら頭の中を弄られているような気がしてちょっと気持ち悪い。まぁ、そんなのを気にしている場合じゃないけれど。
時折あるトロルの攻撃もスキルのおかげか避けることができている。
攻撃が来るたび風圧で心臓が悲鳴を上げるけど、まだ一度も攻撃は当たっていない。
商店街に入り金物屋が見えてきたので急いで飛び込む。ほかの店舗と同じように中は荒らされていて見るも無残な感じだが、食べ物を扱っている店よりは被害は少なそうだ。
俺は床に落ちている包丁を2本拾って構えた。
両方とも刺身包丁だ。薄い刃が何とも頼りないが、折れたり欠けたりしたら他の物に変えればいい。まだ金物屋の中には数十本の包丁がある。金物屋近くで戦う限り武器には困らないだろう。
トロルといっても大きさは3mそこそこの筋肉質なデブでしかない。普通の人間よりちょっとデカイだけの豚野郎だ。ビルくらいの高さがある巨人とかは無理かもしれないが、これくらいなら包丁で十分だろう。
勇気を出してトロルに向かって走ろうとした瞬間、背筋に悪寒が走る。巨大な棍棒が頭スレスレを通り過ぎた。
(怖い。でも当たってない。当たらなければどうという事はない!)
トロルの攻撃は当たらない。だが逆に俺の攻撃は吸い込まれるようにトロルの体に当たっていく。
成長させた【技】のステータスと短剣技能のおかげだろう。攻撃をするたびに包丁から伝わってくる肉を切り裂く感触に吐きそうになるが、それを無理やり押さえ込んで斬る。
「ガアァァアァアッツ!!」
トロルが怒りの咆哮を上げた。
地面を揺らし空気を震わせる。棍棒が今までで最高のスピードで振るわれる。
あれが当たったら痛いじゃ済まないだろう。俺は堪らずトロルから離れた。
俺が居た場所の地面が大きな音をたてて凹む。地面に亀裂が奔りトロルの攻撃の威力に俺は冷や汗を流した。
トロルは棍棒を振り下ろした状態から動いていない。
渾身の一撃を放って力尽きたのだろうか?それなら好都合なんだが。
止めを刺そうとトロルに近づこうとすると、トロルの体から煙が出てきた。赤い煙だ。
赤い煙はトロルを覆い隠していく。
「なんだよ、これ?」
毒ガスかもしれないので様子を見るために再び距離を取る。
赤い煙は直ぐに消えてトロルが姿を現した。全身を赤く変化させた状態で。
意味がわからない。トロルの肌の色が変化するなんてコネクトではなかったことだ。
トロルの体は緑から完全に赤に染まり、持っていた棍棒も普通の木の混紡から鉛色の混紡に変化している。
「トロルが、ハイトロルに進化した?」
赤い肌のトロルはコネクトではハイトロルといい、トロルより一段階上のモンスターだ。
ハイトロルはフィールドボスという種類のモンスターで、その分トロルよりプレイヤーに必要とされるレベルも上がる。大体レベル20代のプレイヤー達が4人1組で対応するモンスターだ。
レベル1の俺に倒せるだろうか?普通に考えて無理だろう。
確かにボーナスポイントのおかげでレベル13クラスのステータスを持ってはいるが、それでもまだ足りない。
幸運なのはトロルの時のダメージがそのままハイトロルに残っているように見えるところだろうか?HPバーが表示されている状態ならハイトロルのHPバーは確実にレッドゾーンに突入しているだろう。今なら何とか勝てる可能性はある。
逆に、今のチャンスを逃したら回復したハイトロルは更なる驚異として俺の前に立ちふさがるはずだ。やるなら今しかない。
俺は包丁を構え直しハイトロルを睨みつける。
ハイトロルの動きは怪我のせいか緩慢だ。トロルよりは早いが避けられない事はない。
皮膚の防御力が上がっているのか包丁で攻撃しても弾かれることが多くなってきたが、ダメージは少しずつ入っている……かな?入っていると思いたい。
ハイトロルはトロルと同じで防御力と攻撃力がずば抜けて高いモンスターだ。
トロルの時もそうだったが、1度でも攻撃を受ければ俺は立ち上がることができなくなるだろう。最悪ミンチになって死ぬと思う。
ハイトロルの攻撃が横を通るたびに冷や汗が出る。
実際はまだ10分も経っていないとは思うけど、もう何時間も戦っているような気がした。
足が震えて息が続かない。汗で服がべとついて気持ち悪い。
何よりトロルの返り血が臭くて吐きそうだ。
だけど、それももうすぐ終わる。
ハイトロルが膝をついてこちらを睨んでいる。ハイトロルの体は緑色の血液がそこら中から吹き出して大地を染めている。
ゲームだったら絶対に勝てない敵だった。
まず攻撃が通らなかった可能性があるし、ハイトロルの攻撃だって避け続ける事は出来なかっただろう。
でもこれはゲームじゃない。いくら防御力があっても刃物で切れば血は出るし、集中すれば攻撃だって避け続けることが出来る。
少なくともハイトロル相手になら出来た。これがドラゴンとかだったら話は違ってくるかもしれないが。
俺は血を流しすぎて立つ事すら出来なくなったハイトロルにトドメを刺すべく包丁を構える。慎重に後ろに回り込み、首筋に包丁を突きさした。
何度も何度も何度も―――
ハイトロルが動かなくなるまで何度でも。
突き刺すたびに吐きそうになるが、それを押さえ込んで目を瞑って突き刺し続ける。
ハイトロルが動かなくなった頃には俺の全身は緑で染まっていた。
ポーン、とレベルアップの音がする。
その音を聞いて安心したのか我慢できなくなって吐いた。
胃が空っぽになるまで吐いたあと俺はアプリを立ち上げる。
俺のレベルは6になっていた。
黒部 総司
職 一般人 レベル6
魔 3
力 20
技 20
防 20
速 17
ステータスポイント 65
スキル
短剣技能1 気配察知1 危機察知1
スキルポイント7