外に
ゴブリンが現れた日から3日後、偉い人達が何とかしてくれるまで続けるはずだった引き籠もり生活は早くも終了した。勿論理由は沢山ある。
まずゴブリン達が出現した次の日にガスと電気が止まってしまった。
電気が使えなくなった為、夜は暗闇に支配されることになる。
明るい内はまだ良い。読んでなかった小説が沢山あったから暇にはならなかった。
スマホの充電は一向に無くなる気配を見せない。何か動力が変わっている気がする。電話とかネットは繋がらないし、アプリもコネクトを起動してステータスをいじる以外は動かないから使い道はほとんどないけど。
夜は本当に暇になった。暗くて本も読めないし、テレビも映らないからやることがないのだ。夜8時に就寝なんて本当に久しぶりだったと思う。
ガスと電気が止まってから2日後、次は水道が止まった。
風呂に入らないのは我慢できる。でも飲み水が無くなるのはまずい。
まだ家には2リットルのペットボトルが数本あるが、これも数日で無くなってしまうだろう。食料も心許なくなってきたし、これは何とかしなくてはいけない。
そんなこんなで俺は3日間の引きこもり生活の後、家から出ることになった。
俺の家は住宅街の外れの方にある高台に建てられた一軒家だ。この数日の間モンスターが我が家を襲わなかったのは家が高台の上にあるのも大きいんだろう。こうなる前は毎日急な坂の上り下りを強いられるせいで嫌で仕方が無かったが、今となってみれば高台の上に家があって良かったと思う。
高台の上から街を見てみるが、ひどい有様だった。
遠くから見ても破壊跡がわかる。人の気配もまるでない。
住民は何処に避難しているのだろうか?警察か自衛隊が保護してくれていたらいいんだが。
取り敢えず俺は警察署を目指すことにした。
安全な場所と考えて一番に上がるのは警察、人が集まりそうなのは学校だろう。
こんな非常時だし、国家権力に守ってもらわなければ。
外の様子は様変わりしていた。高台の上から見た限りでは破壊された建物ばかりが目に入ったが、それ以上にも植物の成長が異常だった。
家の壁によく分からない草や木が生えていたり、道路の所々から草花が出てきたりしている。
(何かゲームの世界に来たみたいだ。)
ありえない事だが、ゴブリンやドラゴンが出てきているのがもう充分ありえない事なのだ。
何があってもおかしくないように思えてくる。
そもそも俺がステータスを弄って超人的な身体能力を得たのだってゲームみたいでかなり異常な事だ。
しばらく歩いてみて思ったことだが、人の気配が無くなった住宅街は驚く程に静かで不気味だ。
何時もは主婦の人達が談笑している時間帯のはずだが、そんな事をしている人は1人もいない。かわりに時々ゴブリン達が歩いているところを見かけるが。
ステータスが上がったおかげで逃げることが出来ているが、何時かは戦うことも考えないといけないだろう。その時、俺はゴブリンを躊躇いなく殺すことが出来るのだろうか?
(いや、そんな事は今考えなくてもいいか。)
俺は頭を振って考えを切り替える。まずは現状確認だ。生きている人を探そう。
俺が目指している警察署はここからだと結構距離がある。普通に歩いても2時間は掛かるだろう。
避難所として有力な場所だと思われる学校なら近場の中学校で15分位だろうか。
最終的に目指すのは警察署だが、まずは中学校に寄ってみよう。
注意深く街並みを見ていくと、明らかに前はなかったものが増えているのが分かる。
何もなかったはずの空き地には井戸があったし、竹林だった場所は森になっていた。
一番変化していた場所は交番だ。交番の面影は無くなり西部劇に出てきそうな酒場みたいな感じの建物になっていた。明らかに周囲の建物から浮いている。
正直に言うとすごい気になるが、今は他の人が多く集まっているだろう学校に急ぐのを優先した方が良いだろう。あそこまで建物が変化していると入るのもちょっと怖いし。
幸いなことに中学校と交番はかなり近い位置にある。中学校に人がいたらこの交番の事を聞いてみるのもいいかもしれない。
・・・
中学校は所々破壊されていたものの、原形は留めていた。
正門は崩れ、中庭には校舎と同じくらいの大きさがある巨木が陣とってはいたものの、それ以外は前と変わらない。
校舎の中を見てみると、人が生活していると思われる痕跡を所々見つける事ができた。
教室には毛布が畳まれて置かれているし、ゴミ箱には非常食の空箱が捨てられている。
(ここに人がいる、もしくはいたのは間違いないな。)
教室は避難してきた人の仮の住まいとして提供されているみたいだ。
普通は体育館に纏めて避難してきた人を集めそうなものだが、あいにくこの中学校の体育館はそこまで広くないから教室を使っていたんだろうな。
今は丁度昼時だ。もしかしたらどこかで炊き出しを行っているのかもしれない。
俺はそう考えて体育館に向かう。
そこに人がいなかったらグラウンドと食堂を回ってみよう。
体育館には炊き出しの跡だろう鍋や食器を発見した。
鍋は床に転がっており、食器も床に散乱している状態だったけど。
恐らくはモンスターが炊き出し中に襲ってきたんだろう。避難してきた人たちの中にステータスを弄ることに気づいた人はいなかったんだろうか?
非常事態だし、スマホを家に置いてきた人や失くした人も多いかも知れない。
世界が変質しはじめてまだ4日だ。スマホを持っていてもアプリを更新していない可能性もある。
炊き出し用の鍋に入っていたご飯は冷えているがまだ傷んでいない。
つまりここがモンスターに襲われてまだそんなに時間が経っていないということだ。
体育館は壁や床が所々破壊されているものの、血痕や死体はない。避難してきた人達はまだ生きている可能性が高いだろう。
ガタリ………
これからどうするかを考えていたら体育倉庫のほうから物音が聞こえてきた。
もしかしたらあそこに隠れている人がいるかも知れない。
倉庫の扉は固く閉ざされている。どうやら鍵が掛かっているみたいだ。
「誰かいますか?俺は黒部 総司といいます。事情を聞かせて欲しいんですが。」
軽くノックをした後、できるだけ優しい声で語りかける。
だが返事はない。本当に誰もいないのか、それとも俺のことをモンスターだと疑ってダンマリを決め込む気なのか。それは分からない。
「俺はモンスターに対抗する術も知っています。ここを開けてください。」
返事はない。だが俺の言葉に興味を持ったのかガタガタという物音は聞こえてきた。
もうちょいで何とかなりそうだな。
「あと1分だけ待ちます。出てこなかったらここに人はいなかったと考えて他の場所の探索に行かせてもらいます。最終的に俺は警察署か市役所を目指すつもりです。」
扉からガチャリという音がする。
扉を開けるとそこには10人の子供がいた。
3人はこの学校の制服を着ている事からここの学生だと分かる。
他は小学生だろう。3人の背中に隠れるようにしてこちらを見ている。
「他の人たちはどうしました?あなたたちの親は?」
「分かりません。ここに避難してきた人は100人以上いたと思いますが、昨日ゴブリンが襲ってきてバラバラになってしまいました。私たちは運良く校舎の方にいたので助かりましたが、体育館やグラウンドにいた人達の何人かはゴブリンに捕まって何処かに連れて行かれました。」
多分この集団のリーダー格だろう1人が説明をしてくれる。
山田 俊と名乗った青年はスポーツでもやっているのか、かなり鍛えられていた。
その鍛えられた肉体は制服を着ていなかったら高校生と間違えてしまう程だ。短く揃えられた短髪と爽やかなルックスから考えるにさぞ女性からモテモテだったろう。
「あの、本当にモンスターと対抗する術を知っているんですか?」
後ろの方で睨みを聞かせている少女が不機嫌そうに訊ねてくる。
彼女の名前は遠山 凛というらしい。
少し前までは美しかっただろう腰まである黒髪は洗ってないからか、かなり傷んでしまっているがそれでも美少女といえるだろう。不機嫌そうな顔でなかったら、だが。
「あぁ、ごめんね。えっと、皆のスマホは今手元にある?」
スマホがあれば例えコネクトをやっていなかったにしてもレベルを上げることで簡単にステータスを上げることができる。
それに今いるのは学生ばかりだし、コネクトはやっていると考えていいだろう。
レベルカンストはしてないにしてもレベル1ということはないはずだ。ゲームでレベル40代だったなら1人でもゴブリンを倒せるようになるだけのステータスポイントが手に入る。もし戦闘が怖いなら、スキルで補うこともできるだろう。
「スマホはありますが、みんな電池が切れてしまっています。」
「あ、そりゃそうか。充電できないとそうなるよね。」
考えてみれば停電してから数日が過ぎているのだ。スマホの充電だって切れてしまうだろう。因みに俺のスマホはコネクトをアップデートしてから電池が減らなくなった。
コネクト自体は全員プレイしているようで、一番レベルが高いのは俊の43だ。
凛は38で小学生達は25~30だった。
これならステータスを上げることが出来るようになれば、ゴブリンどころかオーガにだって負けないパーティになるだろう。
「それで、スマホをどうするんですか?まさか警察に助けを求めるとか?」
「いや、コネクトのアップデートをする。」
俺がコネクトの画面を見せて、今まで分かった事を話していく。
俄かに信じがたい話だとは思うが、俺の身体能力を見せることで何とか信じてもらうことができた。
個人差はあるが全員目を輝かせて自分のスマホを見ている。
「アップデートをすませるとスマホの充電が切れる事は無くなるみたいだから、充電器があれば何とかなると思うんだけどな。」
「それなら近所のコンビニに売っていたと思います。」
俊達は良くそこで買い食いをするらしい。充電器も売っているみたいだ。
学校から歩いて5分もしないところにあるそうなので、急いで行くことにした。
学校から歩いて5分の所にあるといってもゴブリン達が徘徊している今は何があるか分からないので俊達にはここで待機してもらう。
俊に簡単な道を聞いて外に出た。学校を出てコンビニに向かう。
コンビニはガラスが全て割られて中は荒らされていた。
幸いな事に電気製品は盗られていないようだ。店員の死体がある事も覚悟していたが、それもなかった。無事かどうかは分からないが、ここで殺されることはなかったみたいだ。
充電器を何個か拝借してコンビニから出る。
本当は食べ物とかも持って行きたかったが、全部無くなっていた。
ゴブリンが持っていったのか、人間が持っていったのか分からないが、これは仕方がないと思う。充電器が残っていただけ良しとしよう。
コンビニから出ると遠くから何かが走ってくるのが見える。
3メートル程の巨体だ。全身が緑で右手には棍棒が握られていた。
口はだらしなく開いていてヨダレが滝のように流れている。澱んだ瞳は明らかに俺をロックオンしていた。
トロル――ゲームではそう呼ばれていた緑色の巨人だ。
ゴブリンよりも強いが、レベルが10もあれば何とか倒せるモンスターでもある。
俺のステータスは大体レベル13のキャラクターと同じだ。ステータス的には問題ない。
だけど、これはゲームじゃない。現実だ。
トロルはレベル10もあれば倒せるモンスターだが、それは装備やスキルを万全にした状態ならの話だ。装備は布の服、武器なしスキルなしの俺では勝機はゼロだろう。
「くそ、どうする?」
俺は舌打ちをして眼前に迫るトロルを睨む。
幸いなことにトロルの動きは鈍い。全力で走れば逃げることも可能かもしれない。
でも逃げた場合、高確率でトロルは近場の中学校に乗り込むだろう。
学校には俊や凛がいる。会ったばかりで友人ですらないが、アイツ等が殺されるのは目覚めが悪い。
でも、トロルを倒すには防具はともかくとして武器が必要だ。
今の状態では圧倒的に攻撃力がたりない。まずは武器を探さないと。
俺はそう考えて走り出した。