草木茂る森の主
夕です。
降り立った先は森の中だった。
再び森に逆戻りだ。しかしこうする他、人間達から逃れる術はない。人間が獣人と同じ視覚や聴覚を持っていないことが、せめてもの救いだった。
「落ち着いたかね、カプラ君」
「お、う……ごめん」
「お前は……また……」
翼をたたんだアギラが頭を振る。
今のところ、人の気配はしない。このまま森の中を進んだほうが得策か。
そう考えて森の中を進み始めたアギラの後を項垂れたカプラがつづく。
「別についてこなくてもいいんだぜ。お互い歩けるまでは回復したんだから」
う……。カプラは耳の良い鳥の獣人に聞こえないように呻く。
今まで一人でここまで逃げ切ってきたじゃないか。だからこれからも一人でやって行けるはずだ。
だけど。
前を行くアギラの背中をじっと見つめる。
「——アギラ……オレは」
「止まれ」
その続きは急に振り返ったアギラによって遮られた。大きな手で口を押さえられて、むぐ、と息が詰まる。
「早いな。人間共が来た」
「っ……」
カプラも耳を澄ます。
大人の足音がひとつ、ふたつ。いや、その後ろにさらに何人かいる。
アギラが口を押さえる手を離し、森の奥を指差す。このまま歩いて森を抜けるぞ、ということらしい。
声を潜め、足音を消して、ゆっくりとしか進めないこちらに対して、人間は走って追いかけてくる。
追いつかれる。
嫌な汗が背中を伝う。
「チッ……飛ぶぞ、掴まれ!」
限界だと判断したアギラが翼を広げる。
そしてカプラを抱え——
「うるさいなあ……迷惑です……」
「あ? なんだこりゃあ!」
飛び立とうとしたところを誰かに邪魔された。
アギラの足に植物の蔓が巻きついている。
「うわ……っ」
蔓はあり得ない速さで成長して、抱えられているカプラの身体にまで巻きつき始めた。
こんなことが出来るのは獣人しかいない。
「やめろ! オレ達は獣人だ!」
カプラは木の後ろの気配に向かって叫ぶ。
「えー……?」
のろのろと姿を現したその人物に二人は言葉を失う。
獣人だった。獣人には違いないのだが。
薄汚れた灰色の髪が背中まであり、前髪で目は隠れていた。縺れた髪からわずかに覗く獣の耳。あれは鹿の耳だ。
顔がほとんど見えないせいで年齢もよくわからない。
「……きったねぇな」
「アギラそんなこと言ってる場合じゃない! 君も! 追われてるんだ、蔓を解いて!」
足音が近い。
「獣人でしたか……。追われてる……とは? 何のことでしょう……」
追われている、と聞けば人間が思い浮かぶのは獣人ならば当然のことだろう。
だがこの鹿はのっそりした動作で首を傾げる。
「何のことって……!」
「ああ……またうるさいのが来ちゃいました」
「いたぞ! あの獣人だ!」
ビクリ、と肩が跳ねる。
アギラが舌打ちをして蔓を切ろうともがく。カプラは抱えられたまま強く目を閉じた。
このままじゃ、また。
「うるさいのは、嫌いです……。鷹さんと、ヤギさん……ちょっと巻き込みますね」
人間が矢を放つと同時に、二人と人間との間に鹿の獣人が飛び込んだ。
「……僕、ですか? 僕はディーアです」
意味もなくしゃがんだ足下の草をぶちぶち千切りながら鹿——ディーアは自己紹介する。
人間がいるにもかかわらず、こんなに落ち着いていられるのは、このディーアの能力のせいだった。
人間の矢から三人を守った、巨木。
巨大な樹木が三人の周囲を囲み、人間の侵入を防いでいた。
ディーアの能力は【植物】、如何なる場所からでも植物を生やすことが出来るらしい。
「もう少し待てば、うるさいのは……いなくなると思うんで……。いつもそうですし……」
「いつもって、お前、そんなに頻繁に襲われてんのかよ」
アギラが呆れた声で言う。
「だって……僕、この森から出たことないですから……」
この答えは二人を驚愕させた。