記憶の命ずるままに
どうも、緋絽と申します。
なかなか展開が進みまなくてすみません!
「はいよ、日替わり定食お待ち!」
響く威勢のいい声にカプラはビクリとその身を竦ませた。
宿の食堂には多くの人間が集まっていた。外套を被っているのはカプラとアギラだけである。
アギラは頼んだ日替わり定食のおかずを見て顔をしかめ、舌打ちした。
「ちっ。鶏肉かよ。まぁ食うけど」
しかしカプラはそれに怯えずに、むしろその内容に噛みついた。
「食べんの!? 鳥だろ!?」
「何。食うよ? だって、俺肉食だからさ。今日の飯がそれしかないならそれを頼むって」
当然と言わんばかりの返答にカプラは口をつぐんだ。
自分とアギラは違う。カプラは草食動物だ。だからそう滅多に飢えることはないが、アギラは飢えるのだ。
「あぁもちろん、ヤギも食うよ?」
アギラは微笑みを浮かべてカプラにその金の瞳を向けた。
カプラは背筋を悪寒が走った気がした。
「さっ、さっさと出ようぜ、こんなところ!」
「シィー。声が大きいぞヤギ君。こんなところはないだろう」
アギラがのんびりとした口調で言う。実にまったく焦っていないのがひしひしと伝わる。
「わ、悪い……。あの、……アギラ、あんたこれからどうするんだ?」
「俺? そうだなぁ、とりあえず傷が癒えるまでどっかに隠れる。宿を出たら君は好きなとこ行けよ」
カプラは唇を引き結んだ。知らず顔が俯く。
「あ、わかった……」
「…………………君さぁ。ほんとは───」
「はいよ! 6種の野菜の彩りサラダお待ち!」
すぐ側で響いた大きな声に、ビクリとカプラが体を震わせる。その拍子にカップが倒れてカプラの外套にかかった。
「あぁ、すまないね。驚かせちゃったかい。どれ、その外套干してくるよ。脱いで───」
店員が手を伸ばして外套に手を掛けた瞬間、カプラは勢いよくその手を払った。
「さ、触るな……っ!」
店中に静寂が沈殿する。
カプラの荒い息だけが響いた。
「あーあー」
アギラが少し焦ったように小さく漏らす。
体を抱き込んで震えるカプラを一人が指差した。外套がずれ落ちた、その頭を。
「おい、あれ、角じゃないか……」
「え、……じゃあ、獣人?」
空気が変わったのがすぐにわかった。
男が近くのものを武器の代わりに握り、女が冷ややかな目をカプラ達に向ける。
カプラは肩を抱いたまま床に膝をついた。
今この瞬間を、向けられる目を、対峙する者が持つ武器を、カプラは心から恐れた。
過去の記憶の波に呑まれ、恐怖に竦み、立ち上がることすら忘れた。
「セリアンだ! 殺せ!」
振り降ろされる刃物を、それを握る腕を。
カプラは見ずに把握していた。
そして自分の体が、ひとりでに【身体強化】を使い始めるのを、カプラは知っている。そう、躾られたゆえに。
「───カプラ。君ってやつは、どこまで死にたがりなんだよ」
鷹を思わせる羽が舞う。
刃物を振りおろした人間を蹴り飛ばし、アギラがカプラを見下ろす。
「苛々すんだよな、君みたいなやつ」
解除されていく【身体強化】に、カプラは心から安堵した。もし発動されていたら、カプラにはもう止められなかった。
未だ震えているカプラに片眉を跳ねさせ、アギラは大きく溜め息を吐いた。
「なんなんだよ。…………ほら、手を出して」
アギラの言う通りに手を出すと、アギラはそれを掴んで引っ張った。
震える足のせいでよろけたカプラの腰に手を回し、カプラをしっかり抱き込む。
「鷹のセリアン……、もしかして、例の!?」
人間の言葉にちらとも興味を見せず、アギラは翼を広げた。美しい羽だった。
こうなれば無銭飲食だ。
「さよなら人間共。ただ飯くれてありがとな」
重々しい空気に相応しくないほど清々しい笑みを浮かべ、アギラはカプラを抱えたまま、扉から文字通り飛び出した。