己の甘さと
夕です。
場所は変わって、やはり森の中。
魔道具を受けたせいで歩けないカプラを、今度はアギラが担いで、道なき道を進んでいた。
「あんたの、さっきの、何だよ」
「あん?」
もっと他の運び方があるだろうに。今のカプラは無事なほうの肩に荷物のように担がれていた。
アギラが足を進めるたびに、翼が身体に当たる。それに頭に血がのぼってしょうがない。
「能力。……人間を、その……潰してた」
疲れ果てていたが、あそこに留まる度胸はなかった。
頭を潰された人間の死体が積み重なるあそこには。
「ああ、俺の能力の話ね。んー、なんつーの? 重力をいじっただけだぜ?」
「は? なんだよそれ。簡単に言うけどそんな」
「いたた、あんまり動かないでくれますかー」
カプラはぐっと押し黙る。
軽い口調だし、自分を軽々と運んでいるが、この鳥は自分よりかなり重傷なのだ。よく見てみると着ている服もあちこち赤い染みだらけだ。今だって飛べばいいのに、こいつは飛ばない。
「……そういや、どこ向かってんの」
アギラは先程からただ一直線に進んでいる。
「どっか泊まれるとこ。ヤギ君も今日はベッドでゆっくり眠りたいでしょ」
その言葉にカプラは眉を寄せた。
泊まれるところ。宿?
「そ、そんなの、無理に決まってるだろ。人間の宿になんて」
獣人であるということがばれた瞬間に殺される。殺されるまでいかなくても追い出される。
たたでさえアギラはこんなにも目立つ翼を背中に生やしているのだ。
だが、アギラは笑って言った。
「俺はよく人間の宿に泊まるが、案外見破られないもんだぜ。ヤギ君もそのフードで角隠しときゃ大丈夫だ」
「…………。……ていうか、ヤギ君って言うな。名前は教えたはずだぞ」
「へいへい、カプラちゃん」
「やめろっ」
「い、った……暴れんなっつーの」
森を抜けた。
カプラは肩に担がれたままフードを深くかぶる。
どこかの街道に出たようだ。
といっても、周りに建物らしき建物はない。舗装されていない土の道だ。車輪の跡が残っているから、多少の馬車の行き来はあるのだろうが。
「一回下ろすぜ」
木に寄りかかれるように肩から下ろされる。
「ちょっくら道確認してくるから。カプラちゃんは休憩してなさい」
「だから、ちゃんって、え、おい!」
翼を広げたアギラが地面を蹴る。一瞬の後には空高く舞い上がっていた。
なんだ、あいつ。あり得ない。
つい先程、人間に射られて落ちてきたというのに。まだ追っ手の人間が残っているかもしれないのに。怪我、しているのに。
旋回していたアギラがある一方向へ飛んでいった。
「……オレも、飛べたらな」
走って逃げるよりも、速く、遠くへ行けるのに。
アギラのような能力があったら。
人間の矢を受けることはなかった。あの時も――あの場所に連れて行かれることも――
頭を振って思考を散らす。
ここはあの場所じゃない。忘れろ。
足に触れて、感覚が戻っていることに気づく。アギラが帰ってきたら、もう担がなくても平気だと言おう。何度も言うが、あいつのほうが重傷なのだ。
バサッ、バサッ、と力強い羽ばたきが聞こえて、カプラは顔をあげた。
「カプラちゃん、この街道沿いに宿があった。歩きだと半刻くらいで着くだろ。ちっこい宿だから…」
地面に降り立った途端、アギラがふらつく。
「おい!」
「あー…だいじょぶ。それより早く宿に辿り着かないと暗くなってきた」
カプラの手を払うと、道に沿って歩き出す。
「もう歩けるだろ? 宿までは歩け。な?」
さっさと先に行かれてしまえば、何も言えず、カプラは【身体強化】の能力を使った。能力を使うだけで随分楽だ。
鳥の足取りはフラフラとおぼつかない。時折苛立った様子で翼を羽ばたかせる。
しばらく無言でその背中を追いかけた。
アギラの言っていた宿が見えてきた。たぶん、あれのことだ。窓に明かりが灯り、煙突から煙があがっている。
カプラはアギラを追い抜いて、目の上に手を当てた。
「アギラ、あれのことか! ……アギラ?」
返事が無いことを不思議に思って振り返る。
目を閉じたアギラがうつ伏せに倒れていた。
「……っ、アギラ!」
一刻=1時間だと思ってください。