少女は前進する 2
ホタルはレンの蹴りにより二メートルほど弾き飛ばされたが、割とよくある日常茶飯事なので、慣れにより直ぐに復活した。
「あ、あああああんた、何ウチが寝ている間に女の子連れ込んでるのよ!?」
「へ? ああ、この人、森で倒れてたんだよ」
「それで無理やり手攻めにしたっていうの!? あ、あんた、普段女みたいな癖にそいいう所だけ変に男みないなの!?」
「いや、手攻めって。僕は別に何も……」
「言い訳なんて聞きたくない! 処刑よ処刑! その腐った根性、叩き直してあげ――」
「うるさいわね」
と、ホタルとレンの言い合いに割って入る声があった。凛としていて、ハッキリと聞こえる声。
「あたしは食事中なのよ? 側で騒がないのが常識というものじゃないかしら?」
それは先程まで料理を食べていた金髪の少女のものだった。
因みに、テーブルにならんでいた品々は綺麗になくなっている。
「は? 何よ、食べさせてもらっている分際でその態度は? 何様のつもり?」
食べさせていたのはホタルで、むしろ自分も食べ物を頂こうとしに来たレンにそんなことを言う資格などなかったがずなのだが、誰もその件には触れなかった。
「待ちなさい」
と、再び凛とした声が響く。
「あたしに抗議したいことがあると言うなら、これで語りなさい」
そう言って、少女は壁にかけてある長剣を指さす。
「……へぇ、上等じゃないの」
レンもすっかりその気になってしまったらしい。
「いや、あの……ハァ」
いつの間にか蚊帳の外になっていたホタルの溜息が、場違いに響いた。
外のそれなりにスペースのある場所で、二人の少女は対峙していた。
レンは仕事用のハンマーを左手に持ち、手をだらんと下げた自然な構え。
金髪の少女は長剣を水平に構えている。流石に自重したのか、剣は鞘に収まったままだ。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったわね。ウチはレン。あんたは?」
「あたしはそうね」
と、一拍置いて、
「ソティよ」
と答えた。
「そう。じゃあソティ、最後まで立っていた方の勝ち。いいわね?」
「わかったわ。それでいきましょう」
それで会話は終わり、静かな空気が流れる。
勝負が始まったのかな、と事態についていけていないホタルは離れた所で、他人事のようにそう思った。
ソティが腰を少し落とし、レンに向かって駆けだす。レンは動かず、ソティをじっと見続けている。レンの手前まで来て、ソティは剣に添えていた左手を離して右手を突きだす。片手突き、の動作。それに対し、レンは突きが届く前に長剣の腹の部分をハンマーで軽く叩く。コン、という音がし、切っ先が軌道が大きくずれていく。ソティはそれによって体制を崩した。そこへ、レンは右ストレートをソティの腹に叩きこみ、彼女を2メートルほど飛翔させた。
ホタルは、国家兵士試験に受かって今は村にいない弟とそれなりの頻度でくらっていたそれの痛みを思い出し、苦い顔をしながら勝敗は決したと判断した。が、それはまだ早かった。
地面に叩き出されたソティはすぐに起き上がり、再び突進する。そして、またもや片手突きの構え。油断していたレンは動作が少し遅れたが、立て直してもう一度右ストレートを放った。リーチの長いソティの長剣の鞘が先にレンの胸の中心に突き刺さり、数瞬遅れて右ストレートが入った。両者ともに弾きとばされる。着地してすぐにレンは起き上ったが、ソティは地に体を投げ出したままだった。
結果としては、実践を想定した試合と見れば先に長剣が突き刺さったソティの勝ち、純粋な勝負と見れば最後まで立っていたレンの勝ち、という、曖昧なものとなった。が、当の本人達はというと、
「いいパンチだったわ。まだ足が震えてるわよ」
「アンタこそ、ウチの右ストレートをまともにくらって直ぐに立ち上がれた人なんて始めてよ」
とてもナチュラルに打ち解けていた。