失われた記憶〜凶兆〜
お待たせです。
「ネアト様が居なくなった?」
「うん…まあいつもの事なんだけど…今回は急と言うか…そんな素振りが見えなかったから…」
カミュはそんな事を平然と言ってのけるマトリーシェに返す言葉が無かった……
「私のせいでしょうか…?交渉交渉と煩く言いすぎたのでしょうか…」
「…別にカミュは煩くなんか無いと思うよ?…気にする事ないよ…その内帰ってくるからさ……」
むしろネアトが居なくなった事よりも 悲しそうにするカミュを見るほうが辛かった。
彼女もネアトが心配ではあったが過去にもいきなり留守にする事はあったので今回もそうなのかと思うことにした……
(…必ず一言は言ってから出かけていたのに……)
今までに無い出来事にミネルヴァの言葉が思い出され何か起こっているのでは…そんな考えが頭を過ぎった……
「…おや…カミュ…来ていたのですか…ネアトリーシェ殿はご在宅かな?」
そう言って現われたのは他でもないレイヴンであった。
「レイヴン様…それが…」
困惑するカミュは経緯を話して聞かせた。
「そうですか…すみません…もしかすると私がしつこく勧誘したからかもしれませんね…マトリーシェ殿申し訳ない…」
「いえ…」
「彼女が戻られるまで私は一旦主人の下に帰ります…私が居てはネアトリーシェ殿も帰り辛いでしょうし……カミュ…貴方は此処に残りマトリーシェ殿の手伝いをしなさい」
「…え?わ…私がですか?」
レイヴンの言葉にカミュが驚きの声を上げた。
マトリーシェも同様に驚いた…仮にも奴隷である彼をこんなも自由にさせていいのだろうかと……
「何…真面目な貴方達の事だ…このまま居なくなったりはしないでしょう…それにマトリーシェ殿一人では大変でしょう…我が主には私が話を通しておきますから……」
「え…あの…良いのでしょうか?」
「…と、言いますと?」
マトリーシェが言い辛そうにもじもじしていると納得したようにレイヴンは笑った…
「ああ…そういう事ですか…良いのではないですか?遅かれ早かれゆくゆくはこうなるのでは?」
その言葉に二人は耳まで赤くした……
その後一旦荷物を取りにレイヴンとカミュは町まで帰っていった。
マトリーシェは慌てて家の中を片付ける…
こんな経験がある筈も無くどうしていいか解らない彼女が取り合えず行ったのが姉貴分であるミネルヴァに連絡する事だった。
彼女の右の耳のイヤリングはミネルヴァとの交信に使用する魔石で出来たものだった。
取り合えず今目の前で起きた事をありのままに話した。
(どどどどどどうしよう!?ミネヴァ!!)
(落ち着いて!まずは…そうね…室内はどう?片付いてる?)
(……お世辞にも綺麗とは言えないわ…)
(マリー…今すぐに部屋を片付けるのよ!家庭的で無い女なんて思われたらお先真っ暗よ!)
(わ…わかった!ありがとうミネヴァ)
いままでは隣の作業用のスペースで一緒に居た為こちらの居住スペースには立ち入らせた事はなかったのだが……
此処に住み込みで…となると話は別だ…キッチンもバスルームも共有しなければならないだろう……
至る所にネアトの魔道書や彼女の衣服…ついでに下着なんかも散乱していた……その他にも色々と青少年には有毒な物が散乱していた……
取り合えずネアトの私物は彼女の部屋に押し込み封印の呪文で『開かずの間』に仕立て上げた。
その隣のネアトの実験室も同様に封印し立ち入り禁止にした。
彼女自身ここに長く住んでいたしネアトの手前言いづらかったが…この家はなんだか暗く薄気味が悪い……ネアトは趣味が良くない……
彼女はネアトがいない今しかない…そう考え誰にも話した事がない『創造魔法』を使用した。
「『創造「掃除者」』
彼女の手のひらに光が集まり足元に3個の円形の物体が転げ落ちた……それらが『竜巻』の魔法を発動し室内のごみはおろか食器や生活家具をも吸い込んでしまう……
全ての物が吸い込まれると次は室内を白を基調に色を変化させた……後は彼女のセンスに合う生活家具をクリエイトしたのだった。
「しし失礼しま…す」
「どど…どうぞ」
ぎこちない挨拶はまるで見合いの様な状態だった。
カミュは恐る恐る室内に入る…思えばいつもこの家の前で待ってばかりで中に入るのは初めてであった。
そこは白で統一された質素な部屋だった…
「……(創造が間に合わなくて…)何も無くて恥ずかしいな…」
「いえ…素敵なお部屋です」
カミュは感動していた…あの高額な薬を売っていたのだからその生活は貴族の様に優雅なものだろうと考えていた…
しかしこの部屋はどうだろうか?質素で素朴な女の子の部屋そのものではないか…
「この奥はネアトの部屋だから…入らないでね?おっかないから…カミュはこっちの部屋を使ってくれていいから…」
案内された部屋はマリーの部屋と同じ広さの部屋だった…同じく白で統一された清潔な空間だった。
一応彼にも伯爵邸に部屋はあったが此処まで広くはなく、相部屋であった。
「…私には勿体無い位の素敵な部屋です…ありがとうございます」
カミュは背負っていた鞄を降ろすとそう言って微笑んだ。
その笑顔を向けられ、これから毎日この笑顔を見れるのかと思うとマトリーシェも自然と笑顔になるのだった。
こうして成行きとは言え同棲生活を始める事になった二人だが、その晩は二人ともなかなか寝付けずに翌朝寝坊してしまうのだった。
「カミュ...砂糖を取ってくれる?」
「はい、マリー...あっ」
「ありが...あっ」
ふと、手がふれあいお互いに顔を赤くしてしまう………この幾度となる光景にミネルヴァは微笑ましさを通り越して既にウンザリした気持ちになって来ていた。
見れば隣のベオも似た様な顔をしていた。
いつになったら紅茶を煎れて貰えるのだろうか?
まだそんなに話を聞いていないが、何故かこの場にいる事に罪悪感を感じ始める自分が居た。
「南では遂に挙兵が起こり小さな衝突が起きているらしい………」
ベオの言葉にカミュは表情を曇らせた。
南の『魔皇帝ベルゼーブ』と『魔剣王ヴァルヴィナス』の部隊が衝突しその争乱が飛び火しつつある………ベオはそう語った。
カミュも『魔剣王』の腹心の貴族の奴隷であるため、知り合いの安否が気になっているのだった。
「……だ、大丈夫よ!カミュ……今までも衝突があったけど直ぐに収まったし……」
「うむ……その通りだ……今回も早く終結して貰わないと民の生活に支障が出るからな…」
「…はい…そうですね」
そう言ったものの、カミュの表情が晴れる事は無かった………
(何てデリカシーの無い話題を振ってくれたのよ!)
そんなセリフが似合いそうな勢いでテーブルの下でマトリーシェがベオの足を踏みつけていた。
そんなマトリーシェでさえ、この先に待ち受ける争乱の中心に自分が巻き込まれるとは夢にも思っていなかった。
GWはゾンビ状態で仕事ですのでそれ以降の更新になりそうです