挑む者達3
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フロストワイヴァーン……氷の翼竜
ドラゴンの亜種にして翼と腕が一体型となった獰猛な生物である。
特にこの【女王】は氷の属性に特化型の稀少種であった…通常のものよりも高い魔力も保有していた…
少なくとも普通の翼竜は尾で相手を結晶化する事など出来るはずが無い。
過去幾人もの者たちが【竜殺し】を夢見てこの山に挑んだのだが再び帰って来る事は無かった。
それはこの周りにある人々の成れの果てを見れば容易に想像できる事であった。
それゆえに数百年に渡りこの山に君臨してきたのだ
翼竜から見ると彼らは今まで通りに挑んで来た身の程を知らぬ愚か者であろう……しかし現実は予想を遥かに超えた。
この者の戦闘力はどうであろうか?尾の一撃をかわす者など何年ぶりだろうか?さらにはあの炎の矢はどうだろうか?
自分を守ってきた魔力障壁はあっという間にかき消された……こんな事は初めてだった。
本能が警鐘を鳴らしているこの男は……危険だと!……と、同時に感じていた高揚感が体を支配する…
生物の闘争本能とも言える感情が堰を切ったように溢れ出した……それは「強者との邂逅」であった。
翼竜が戦いの咆哮を上げる……それは彼を【敵】と認めた証…自身と同様…いや、もしかすると強者かもしれない者との戦いの喜びの声であった
…全力で殺すと言う強烈な意思表示であった。
再び尾の強烈な一撃が彼めがけて襲いかかった……おそらくこんな物で打撃を与える事は出来ないだろう……
ならば……それはその足を止める為に繰り出された強力ななぎ払いであった。
咄嗟の判断でそれをかわすと後方に跳躍した……しかしそれを読まれていたかのように氷のブレスがその場を襲った。
先ほどまでいた場所が瞬時に凍りつく……その後もブレスの攻撃は続きある程度の距離を取ることで再び膠着状態になった。
翼竜の動きは先程とは比べ物にならない位に敏捷性が増していた。
カイルも瞬時に認識を改める…今、眼前に存在する者は決して「魔獣」という言葉で片付けてよい存在ではないと……
先の戦いで戦ったデスサイズなどとはその存在意義からして別物である。
それは己の存在に対する絶対の自信…自らの持つ力に誇りを持っているのだ……
相手が格下であれば「尾」の力で結晶にしてしまうだけである……無駄な殺生を好まないのであろう……
周囲にある無数の結晶となった人々がそれを証明していた。
「…ならば本気を出さないと失礼ってものだよな!」
カイルの纏う魔力が膨れ上がった。
翼竜の飛翔に合わせ、自らも「飛翔」の魔法で空に飛び立つ。つもりのようだ
それを悟った翼竜がその尾を振るい襲い掛かったがそれは容易に剣で弾かれる。
翼竜はそれでも彼を警戒し、上空に舞い上がる隙を窺った……自らにとって飛翔するタイミングに隙が生じる事を十分に理解しているからだ。
尾の攻撃に続き傍にあった岩を投げつける……予想道りそれは剣で一閃の元に切り伏せられたがこちらが舞い上がるタイミングを十分に得られた。
先に上空にその体を浮かべた翼竜は勝利を予感した……過去、幾多における戦闘で先に上空を制した者の勝利指数が跳ね上がる事を経験上理解していた……
あの男が飛び上がるなら尾かブレスの餌食にしたやろうと上空からその姿を虎視眈々と狙う……何故かカイルはそれを見て不敵な笑みを浮かべる……
男が飛翔する動作に入りそこに合わせて尾の一撃を見舞う………筈だった。
カイルに剣がしなりその形が連鎖剣となり尾を絡めとった。
その反動で翼竜の背中に飛び乗った…瞬時に連鎖剣『咎人の剣』を首に絡ませその動きを封じようとする。
「これで…!?」
翼竜の背でその動きを封じようとしたカイルに対して翼竜は飛行速度を上げ急上昇した……一瞬振り落とされそうになったカイルは体勢を崩しながらもその体にしがみついた。
そしてその意図を理解する…この吹雪の中高速で飛行する物体に人間がその体を晒して無事で居る筈が無い……凍てつく寒さと凄まじい重力加速の衝撃が彼の体を襲った。
(くそ!……呼吸が………)
視界の悪さに加え吹き付ける風がカイルに呼吸するゆとりを与えなかった……何とか呼吸する余裕を持ったのは束の間で直にその巨体は反転し、急下降する……そしてそのまま森に突撃する。
木々を薙倒しながら森の中を滑空する翼竜もだがカイルも同様に自身に迫る木々の枝に傷を付けられていった。
視界の悪さに加え再び進路を変更した翼竜にカイルは内心賛辞を送っていた。
今の自分に背後から尾を打ち込めば簡単に勝敗が決する事を……しかし同時に翼竜も今、彼の立つ足元に何らかの衝撃を与えれば心臓に決して少なくないダメージを与える事を……そしてお互いにそんな真似をしないという事も。
あくまでその体と技での駆け引きによる決着を望む姿はカイルには非常に好ましい物だった。
同時に翼竜にとってもこの男は過去、出合ったことの無い素晴らしい強者であった。
「……くっ!……」
一瞬の隙を突かれ、再び体に襲い掛かる重力加速の衝撃はカイルを苦しめた………
瞬間強い衝撃を受け、彼はその手に掴む剣の柄を離してしまった……
宙に放り出される瞬間に彼の目に飛び込んだのは巨大な岩山にその体を衝突させ、自らも傷を負いながらも彼を振り落とし、
その巨大な口を広げ【竜息】を放たんとする翼竜の姿であった。
彼を仕留める為には犠牲すら選択する絶対の王の威厳がそこにあった。
『やられた!』
「飛行」の魔法は振り落とされた衝撃で飛行するには魔力が安定さを失っている……今の自分は格好の【的】であった。
飛行は出来なくとも回転する体を安定させ後方の翼竜に向って体を固定し防御姿勢をとった……
(防御魔法が間にあわな……)
現前に迫る巨大な炎の塊がカイルを呑み込んだ。
「……カイル!何やってんだよ!」
それを見守っていた伊織とマードックは息を呑んだ……あの翼竜の力も驚異的だがそれと渡り合う彼の力も信じられないものだった……
長く傭兵を経験してきたマードックでさえこのような戦いは見たことが無かった……
彼は異世界【イ・ヴァリース】での戦闘経験があり、そこで敵対勢力の召喚したドラゴンと戦った経験がある……
60人居た部隊のうち8名が負傷し40名がその【竜息】で地上からその存在が消え去った。
翼竜といえどドラゴンの端くれ…その【竜息】の威力は人間にとっては驚異的だ……
だから目の前の光景が信じられなかった……あの【竜息】を受けて未だ存在するカイルの姿が。
「…馬鹿やろう!…この前とは動きが全然違うじゃないかよ!?」
伊織は戦えない自分への苛立ちと先日目の当たりにした圧倒的な彼と今、目の前で苦戦している強さのギャップに苛立ちを覚えた……
前回の事を思い出し飛び出すことを思い留まったが、あの時と今では彼の状況が全くの逆である……『相棒』に手をかけた所でその腕をイリューシャに掴まれた。
「んなっ…」
「止めておきなさい…彼を信じるなら…今は待つ事です…」
年下である筈の彼女からは有無を言わせぬほどの迫力があり伊織は思い留まった……それに…見てしまったから。
イリューシャのもう片方の手が強く握り締められていたから……その足元の雪の上に彼女の手から真紅の水滴が幾重にも滲み落ちていたから……
凛としたその横顔はふと気付けば今にも泣きそうにも見えた……
(……この娘も…耐えているのだな…)
その後方では今にも飛び出さんとするルミナスを必死に羽交い絞めで抑えるネルの姿が見えたがあえて触れない事にした。
(…あの時みたいに…さっさと決めちまえよ!……)
再び眼前の戦場に目を向けるとそう心の中でそう悪態をつくのだった。
(……障壁が何とか間に合った……左手をやられたか………)
左手に魔力を集中し障壁を展開したお陰で致命的なダメージは受けずに済んだが……左手は肘から先の感覚が無かった……上着も左半身が無残な姿となっていた……
体内の魔力が不安定になりこれ以上は滞空する事が困難の様だった……ゆっくりと地上に降下し雪の大地に足を付けた……そこは森の中にぽっかりと空いた空間だった……
相手が生きていた事自体驚きだが、相手のダメージを冷静に分析した結果そこに勝機を見い出した翼竜はその首に連鎖剣を巻き付けたままカイルの元にその巨体を躍らせた……
(……ここまでか……)
カイルはその場に膝をつき座り込んだ……「耐久」の効果が切れ凍てつく寒さが吹雪となって襲い掛かった。
翼竜は勝利を確信しその両足の爪でこの強敵を狙った……
彼は紛れも泣く『強者』であった…
この山に住み着き幾百余年……自らをここまで追い詰めた相手は皆無であった……
その戦いを制した自分にこの上ない昂ぶりを感じた……
この小さき強者にはこの爪をその体の奥深くまで突き立て、体を引き裂き最後の血の一滴まで貪ってやろう……
それでこの者は自らの中で新たな力となり共に生きて戦い続けるのだ……
これまで魔界の住人などその口に入れたことなど無かったがこの男に対しては異常なまでの征服欲が翼竜の思考を支配した……
だから気付かなかった……いや、気付けなかった……
その男の纏う魔力が黒く深く変質してゆく事に……
(……気は済んだか?……)
「……あぁ……ありがとう…アーグ…我儘言って悪かったな……」
彼の右肩にゆっくりと紋章と魔眼が浮かび上がる……傷ついていた体がみるみる癒されてゆく……アーガイルから魔力が供給され始めた証拠だった……ここが魔界である以上その効果は想像以上である。
「……俺はまだまだだったよ……あの時から…何も変わっていない……俺に守れるものは何も無いのかも知れない……」
(………)
俯いたままそう呟く彼の表情は見えない……長い銀髪が風に煽られる中、黒く染まってゆく……
(そうかもしれないし…そうでないかもしれん……だからこそ俺達が存在する…あとは任せろ!)
カイルの体から凄まじい魔力が放出され暴風となって荒れ狂い翼竜はその進路を変更せざるを得なかった。
翼竜は自らの目を疑った あの男は先程まで瀕死の重傷だった筈だ……それが今まるで別人のように平然と目の前に立ち塞がっている…
翼竜も馬鹿ではない目の前の存在が自らを遥かに凌駕した存在であると本能で感じとっていた………勝ち目は無い……そう判断した。
翼竜はこうべを垂れて服従する意思を表そうとして自らの体の異変に気付いた。
尾の先にあるあの女に取り付けられた魔法石が高周波のような音を発した
「なに?これ…!!」
伊織やマードック達は耳を塞ぎ嫌悪感を表した……イリュやルミナスも同様に耳を覆っていた。
魔法石からは凄まじい魔力が冷気となってあふれ出し、翼竜の体をみるみる覆っていった。
翼竜はその氷を振りほどこうともがいたが、なす術もなく氷の中に取り込まれやがて巨大な塊となった……それは巨大な氷の卵の様に見えた。
やがてバキバキと亀裂が走りそれは姿を現した……全身を覆う氷はハリネズミの様でその巨大な氷の翼を最大に広げ産声を上げた。
あまりの巨体に四つん這いの姿勢となり長い首が逃げる事が叶わない事を実感させた。
翼竜をコアに取り込みその生命力と魔力で体を構成した氷の竜…アイスドラゴンであった。
「……悪趣味だな……」
アーガイルはそれを見てそう言い放った……
あの翼竜には生命に対する『尊厳』があった……カイルを通して感じた翼竜との戦いは、生命と生命のぶつかり合いの中でお互いに敬意を持って全力で挑む生物の意地と誇りが感じられた……
しかし今、目の前に居るものは何だ?翼竜の命を物としか見ていない様な代物だ……果たしてこれは生命と呼べるのだろうか?
先程までカイルを追い詰めたあの王者のような威厳も生物の頂点に君臨してきたあの命の輝きなど微塵も感じられない……
ただ生命を食らい、蹂躙し破壊し尽くすだけの忌むべき存在だ……
アーガイルにとって許せなかったのは、カイルを認めた上で挑んできたあの翼竜をこんなモノの為に利用している事だった。
それが理解できたのか、アイスドラゴンは彼に向かい咆哮を上げた……両目は繋がり燃える様な真紅の光が怪しく蠢いていた…
「まるで鉄仮面だな…」
悪態をつくカイルに向け以前よりも太く、そして鋭くなった尾がその体を貫かんと襲い掛かった。
余りの巨体故に四足歩行になっており逆にそれが安定性を向上させた様だ……
尾が地面に突き刺さり周囲に土砂を巻き上げた…アーガイルはそれを難なくかわし距離をとった。
しかし直に次の攻撃が連続して襲ってきた。
(以外に敏捷性があるな……)
マトリーシェの事だ…ただ強化しただけでは無いだろう…デスサイズとの戦闘経験からそう予測し慎重に観察していたが……
巨体だから鈍い……その考えは修正した方が良さそうだと考えながら移動する……
「……引き離している?」
伊織のその問いをイリュもマードックも肯定した。
明らかにこの場から離れた場所に誘導している……自分達の事もあるがこの周囲にある無数の結晶化された住人達の事も考えての事だろう。
(……全く…大した奴だよ…お前は……)
男勝りで負けん気の強い伊織であったが、この時だけは心底感心した。
その表情を横から眺めるマードックの心配事がやや増えた瞬間でもあった。
(……それもあるけど…単純にアーガイルが本気出せないからだと思うけど……まぁいいか…)
付き合いの長いイリュだけが彼の本心に近い思考を言い当てた。
勿論こちらを気遣っての事もあるが、それ以上にアレを倒すには手加減無用である。
(それに……見せたくないんだろうな……)
急斜面を下ると眼下に廃墟が見えた……あそこなら良いだろうと考え再び「飛行」で飛び立った。
それを追う様にアイスドラゴンも翼を広げその巨躯を浮かべた。
絶え間なくその口からは「吹雪息」を放つがアーガイルは挑発するようにそれを回避するとドラゴンの周囲を飛び回った。
「これはどうかな?『雷撃槍』!」
アーガイルの手から3本のいかづちの槍が生み出され比較的弱点の多い腹に向けて打ち出された。
が………いかづちはその体に触れる寸前に分解されその表面を駆け巡り消滅した。
「……やっぱり…『雷耐性』を付与していたか…」
氷雪系にはその伝導率の高さから雷撃系の魔法が有効であった……本来の魔界生物であれば特性に特化していれば特定の弱点を有するのが定説であった。
それが自然の理であり真理である……そこには魔道の基礎、五芒星ルールが存在する。
明らかにマトリーシェの手が加えられているこの状態は望ましいものではない。
自然のバランスが崩れる事は全ての生態系の破滅を意味する……
(俺達が偉そうに言える立場じゃないがな…)
地面に着地した瞬間にその尾がその場を直撃する。
後方に伸身で回避し近場に着地した……その正面にドラゴンが轟音を上げて着地する。
再び正面からの尾の攻撃に後方に回避しようとして気付く……先程の攻撃の際、尾は地面に突き刺さったままだったと。
「!!」
反転し身を翻したが僅かに遅れ、地面から飛び出した尾が体を巻き取り拘束されてしまった。
そして目の前では氷柱が出来上がるように二本目の首が姿を現した。
翼竜の魔力と生命力を吸い上げ尾を、首を増やしているのだ……
「くっ!」
締め上げる尾の力に苦悶の表情が浮かぶ……そして双頭の竜の口からは雷撃と火炎のブレスが放たれた。
凄まじい意爆発と衝撃が周囲の森の木々を揺さぶった。
「!!何が…何が起きているの?」
ルミナスが閃光から目を背ける様に叫んだ……ネルはその彼女を守るようにし、マードックは伊織を庇うように盾となっていた。
皆、立っているのがやっとの状態の中イリュが自らのチョーカーのクリスタルを触った……
(カイル…どうか無事で…)
そう祈る様に呟いた…
2章の年内完結は無いな……とか
次回は一週間以内に更新したいと思います…