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魔眼の使徒  作者: vata
第二章 暗き森の魔女
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挑む者達

時は数時間遡る。



 紫音はまどろみの中から覚醒した……いつの間にベッドに入ったのだろう?

やがてそこは自分の部屋でないことに気付き、先ほどまでの出来事をゆっくり思い出した。


(そうか私はマトリーシェに捕まって…)


 どうやら彼女は寝かされていたらしい……そこは氷によって作られたベットであった……しかしそれは見た目だけであり、肌触りや寝心地は上質のベッドであった。


「紫音…気が付いた様だね……」


 その声に振り返るとすぐ側にはアイリスが居た…いや見た目はアイリスだが何処か違う気がする……


「アイリス?」

「そうよ?おかしなことを言うのね……」


 そう言って彼女は微笑んだ……その笑顔を見て彼女はアイリスではないと判断する。


(……私は感情表現というものが苦手……)


常々そう言っていた彼女の表情を思い出す……こんな形で彼女の笑顔を見る事になるなんて。


「…違う…貴方はアイリスじゃな……」

「その娘はアイリス本人だよ……紫音」


 彼女の疑念を見透かしたように声がかけられた……声の聞こえた方向……

アイリスの背後に視線を向ける…

 そこは巨大な空間になっており舞踏会でも開催できそうな広さである……本来、天井があるべき場所には網の目のように張り巡らされた氷の天窓があり、そこからは美しい星空が窺えた……どうやらはここは氷の塔の最上階らしい。

その下に視線を向けるとマトリーシェをはじめとするモネリス、ルミナリスの三人が優雅にお茶を飲んでいた。


「まずは初めまして…紫音…私がマトリーシェだ…こちらはモネリスとルミナリスよ……さあ、アイリスもおいで……紫音も……」


 その言葉にアイリスは紫音に手を差し伸べる………どうやら今すぐに私をどうこうする気は無いらしいと判断しそれに従った。

席に着くとマトリーシェの合図にティーカップが動きポットが暖かい紅茶を注ぐ……昔見たアニメの世界のようだった。


「…やぁねぇ…毒なんか入ってないわよ…」


 怪訝な顔をする紫音に対してマトリーシェがそう言うとモネリス達がうふふと笑い声を上げた。

……何なの?…居心地悪い…!!


「紫音…まずは私を恐れる事無く立ち向かった貴女の勇気に敬意を…」


 マトリーシェがカップを掲げると……アイリス達がそれに続いた……誰もそのまま動かないので仕方なく私も目の前のカップを掲げた。

マトリーシェは満足そうに微笑むとカップを口にした……以外にもそれは美味しく薔薇の香りが微かに漂った。


「……美味しくて意外だったかしら?」


 その声に再び周囲が笑い私の居心地の悪さは加速する。


「今は居心地が悪いでしょうが……あなたに危害を加えるつもりは無いわ……あなた次第だけどね?……それに彼が来るまではあなたの身の安全を保証するわ……約束だしね」

「……それはどうも」


 魔女なのに律儀に約束を守るのか……意外だなと感じつつ、この状況はどうだろう?と思案する…幻術……にしては違う様な……


「ん……少し勘違いをしている様ね……ここにいるアイリスは本物よ……勿論幻術や強制の呪いのような魔法は使っていないわ……この塔はね力を集めるの…おかげで私の傷も癒えたしこの子たちを現実世界に召喚する事すらできたわ……」

「召喚?……貴女はアイリスのもう一つの人格のはずでは?」

「ん……そうか…そう思われていたのね……あなたも持っているわねチャットルーム?」


 全てを見透かす様な目に頷く事しかできなかった……よく考えたらアイリスが知っている情報だから知っていて当然の事だった。


「モネリスやルミナリスはチャットルームの存在と大きく変わらないわ……違うと言えば内包する魔力が強大すぎて人格の入れ替わりが出来る事かしら?

そもそもこの二人は本当の二人の姉の魔力の影響を大きく受けたのだから彼女達によく似た人格…とも言えるわね…それに私は人格ではなくて個人よ」

「つまり…二人の人物が一つの体に存在していると?」

「そういうことになるわね」


 そう言って手元のティーカップを口に運んだ……言われた事を考えるとモネリスやルミナリスは彼女の本当の姉達に似ている様な気がする……

私は一番知りたかった事をぶつけてみた。


「…マトリーシェ…貴女の目的は一体何なの?」

「目的?そうね……それを正直に話して貴女は信じるかしら?」

「……でも私にはそれが真実かどうかを判断するには貴女の事を知らなさ過ぎるわ……」

「………それもそうね……」


 マトリーシェは暫く考える様にすると語り始めた


「まず私はこのアイリスの中に転生した人物……それは知っているわね?」


頷く私を見て彼女は満足げに微笑んだ……でもそれが原因でアイリスは魔素の自己生成が出来なかったのだと告げた。


「そうだな……ではこの紅茶が魔素だと仮定しよう……このカップが体ならば…紅茶を注ぎ続ける状態が本来の魔界の住人の姿だ……飲んだ(消費)だけ紅茶(魔素)を注げばいいのだ……だがこの注がれた紅茶がアイリスの飲めないものだったら?紅茶はどうなる?」


 マトリーシェは自らのティーカップに紅茶を注ぎカップの淵になみなみと注いだ……そして……


「……こぼれる…」


同時に紅茶が受け皿へと伝い零れた……


「…そうだ…つまり身体から魔素が漏れ出る……つまり暴走状態だ…そうならない為にはどうしたら良い?」

「……もう紅茶を注がない?」

「そうだ…魔素を身体に作らなければ良いのだ…しかも消費する事ができない魔素が体に溢れた為、幼いアイリスの体は自身を守るために魔素の製造を停止してしまったのだ」

「……でもその魔力を消費すればアイリスの魔素が作れるのでは?何故アイリスは魔素が不足するの?辻褄が合わないじゃない…」

「良い所に気が付いたな……つまりこの娘の身体にある魔力はマトリーシェのモノなのだ…言い換えれば私の転生した身体にこの娘の魂が宿ってしまった……と言うべきか…だからアイリスには私の魔素を使うことが出来ない…」

「……嘘よ…」


思わずテーブルを叩いてしまった……その言い方ではまるで……


「勿論、アイリスが『異物』だなんて思ってはいないさ…私の身体を今まで守ってくれたのだから感謝すらしている…」


つまりマトリーシェの言わんとしている事はこうだ。

マトリーシェの身体に宿るチャットルームの主こそがアイリスであった……それがマトリーシェよりも先に目覚めてしまい自身がこの身体の持ち主と認識してしまい逆にマトリーシェがチャットルームの存在として押し込められた……しかしアイリスはその身体のその体に宿る魔素を使用する事が出来ない様だ。

そしてカイルの供給した魔力によりアイリスの魔素を作り始めた体が目覚めたマトリーシェを『異物』だと認識してしまったらしい。

今はその立場が本来の姿に戻っている為、マトリーシェは魔力も使用し魔素も体内で作られている……


「だが…思わぬ収穫もあった…モネリスとルミナリスだ……お陰で私は『三属性魔法クアッドソーサル』を手に入れたのだからな」

「そんなのって……ねぇ…アイリス…貴女はそれで良いの?」

「はい…この身体は本来はマトリーシェ様のもの…私は…」


 紫音の知っているアイリスは感情表現が出来ないハンデを持ってはいたがそれでも自分の意思で行動し行動していた……今のアイリスは……


「……見ては居られぬか……仕方が無いが事実だ」


マトリーシェがまるで心の中を見通したかの様に発言した……心地悪さはさらに強く感じた………ん?…見通す?

紫音の中で何かのパーツが組みあがった……マトリーシェとアイリス……アイリスの感情表現……先程からの居心地の悪さ……そして心を読んでいるかの様なマトリーシェ………これって……


「…まさか…ここは……」

「ほう……気付いたか…」

「……ここは貴女のチャットルームね……マトリーシェ」

「……ほぼ正解だよ…紫音……正確には現実世界だがね……このフロアーは私の魔力で満たされて居る……擬似的なチャットルームなのさ」


 擬似的であれこの感覚はチャットルームだ……思考の共有…この場合は私の思考だけが彼女に読まれているのだろう……

この違和感は以前彼女が私のチャットルームに侵入された時に感じた魔力の拮抗に近いものがあった……


「さて……私の目的が何かと聞いたね……今からそれを教えてやろう……いや、体験させてやろうではないか」


マトリーシェがテーブルの上に手をかざすと小さな光体が現われた……それは空中に浮かんでおり発光を繰り返しており………


「教えてやろう…私の呪われた生涯を……私の目的……『復讐』の理由を!」


眩い光を放ちその場に居た全員を呑み込んだ…………『記憶メモリー球体スフィア』である。










暗黒斬撃ダークネススラッシュ


 ルミナスの両手が交差され闇の刃が氷狼アイスウルフを切り裂いた………

此処は氷の塔の15階付近であった……

塔の内部は巨大な円筒上になっており各階を外壁に沿った螺旋階段で繋がれていた。

低階層では出現する魔物も雑魚であった為マードック達が殲滅していたのだが、10階を過ぎた辺りから魔物のレベルが上がった為ルミナスとネルも参戦していた……


「…ほう……ルミナス凄いな…」


 カイルは彼女が戦う所を見るのは初めてだったが冷静に敵を分析し絶妙の間合いで効果的な魔法で倒すそのスタイルは好感が持てた……

これも彼女の『カイル様に相応しい女になる努力』のお陰なのだが………


「……!!カイル様が見ている!!」


 その事を意識してしまうと急に今までの動きが嘘の様にぎこちないものになってしまった……

それでも懸命に目前の敵に魔法を放つ……


「えっとお……『ダクネフレイム


 そのぎこちない動きから放たれた暗黒の炎は緩やかな曲線を描き直撃する………キースの尻に。


「うおほほほほほほう!!」


一瞬、喜んでいるのかと思ってしまう様な悲鳴を上げてキースは悶絶した……

鉄平があわてて治療する……彼等の装備は支給品のライトアーマーだがその耐久性は決して低くは無い…今もこの階層の魔物を一撃で葬るルミナスの魔法を受けながらもキースはそこまでの大きなダメージは受けてはいなかった……


「てっ…てめぇ!!」

「すまん……手元が狂った」


 キースの怒声にも臆する事無く平然と謝罪するのだった……


「男…貴様こそお嬢様にその汚らしい尻を晒しておいて失礼ではないか?ここが魔界なら貴様はいまごろ死刑でもおかしくないのですよ?」

「……ネル・・・お前の気持は嬉しいが今のは私のミスだ……男…許せ」

「ルミナス様……ご立派になられて……男!お嬢様が謝罪されているのだぞありがたく拝聴するがいい!寧ろお嬢様の魔法を受けられた事を感謝するべきだろう?貴様のような格下がお嬢様の魔法を尻に叩き込まれるなどこの先二度とない光栄な事だぞ?末代まで誇るが良い」

「え…あ………ありがとうございます……」

「うむ」


 二人の凜とした態度に何故か従うキースを見てマードックは頭を抱えた……鉄平は苦笑いを浮かべ、伊織は険しい表情を浮かべていた。


「…何なんだあいつらは!これは遊びではないんだぞ?」

「勿論、彼女達の実力は見ての通りだし……たまに何故かさっきみたいにミスするんだけど……」


それは余りにも自覚が無いのでは?……隣のイリュは心の中でそう突っ込まずには居られなかった……


「…それはそうだが……そもそも…お前とあいつらの関係って……そこの女もそうだが……」

「……私は彼のしもべです」

「…僕……って……」


 何を考えたのか伊織の態度が挙動不審になる……


「いや…僕っていっても契約してるだから主従関係だからね?」

「!?……とっ当然だ!馬鹿にするなっ!」

「……この人絶対エロい想像してたよ」

「!!ばっばっ…馬鹿っそんな訳あるかよっ!」


 イリュの冷静な分析に耳まで真っ赤にして伊織が噛み付いた。

つい先日まで、そんな性の知識など皆無の状態の伊織だったがここ最近その知識は急激に成長していた。

『伊織に春が来た』

そんな噂が部隊内に蔓延しクレアとビルがお祝いにやってきた……

『そんなんじゃない!!』

と顔を赤くしつつ否定するツンデレぶりにクレアが難色を示した……

『伊織……貴女のようなウブなバージンガールでは相手の男性も物足り無いわよ?』


それからというものクレアの個人授業が始まったのだが……おかげで余計な知識まで身に付けてしまった。


(ん~ちょっと気になるなーと思っただけなのに…クレアのおかげで顔も見れないじゃないか…)


クレアから得た知識は伊織の幼稚な知識の遥か斜め上をぶっちぎる程の過激さで顔色を赤くしたり青くしたり……信号機みたいだとキースに笑われた程であった……その結果それまで気にならなかった野郎共に『異性』を意識してしまいぎこちない日々を送っていた。

……それはさておきこの女性とは一体どういう関係なのだろう?先ほどこの施設から救出された時は他にも数名の女性がいたと聞いた……


(みんな彼の女だったりして)


鉄平がそう言ったとき皆で笑ってしまったが……今この現状見る限りそれは笑い事では済まないような気がしてきた……

伊織の視線に気がついてかイリュがこちらに視線を向けた……2人の間に間違いなく見えない火花が散っていた瞬間だった。


(そういえばあの二人も……)


 イリュの背後にこちらに向うルミナスとネルの姿が見えた…ルミナスの態度を見ればわかる……この女も彼目当てだと!………いやっ…私はちょっと興味があるだけだからっ!!

自分の思考に対して妙な言い訳をしている時点で認めたようなものだがそれに気付くのはまだまだ先のことである。


「……カイル様いかがでしたか?」

「ん…凄いな、職業柄戦闘は苦手かと思っていたよ…」

「はい!……私は……世界で一番の(カイル様に)相応しい存在になる為に努力しましたから!」

「……そうか…」


(俺の夢は世界中の強い奴を倒して世界の王になることだ)


ルミナスの言葉がカイルの脳裏で一人の少女の言葉と重なった……


暫くあってはいないがルミナスと仲良くなれそうな気がした。


「……同じ事を言っている子が居たな……私こそが(最強の座に)相応しいって……ああ……(稽古で)よくしごかれたなあ……今度会って見るかい?」

「(貴方に)相応しい!?…しっシゴく?!…くっ(迂闊であった!カイル様程の人材を世界の女どもが放置するはず無いではないかっ!!)…わかりました……貴方がそうおっしゃるなら……どちらが(カイル様に)相応しいか…白黒つけてやります」

「…?そうか…?うん……」


 ルミナスの返事に違和感を感じながらも上階を目指す……

今後の展開が楽しみだと内心期待感溢れるネルとアーガイル……

何故か機嫌の悪いイリュと伊織……

全く話についていけない鉄平とキース………


「………先に進むぞ……」


この状況を唯一真面目にこなすマードックだけがこの危機感の無さに頭の痛い思いをするのだった。





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